悪役令嬢ですが、元医者なので追放されても診療スキルで成り上がります!

春生直

悪役令嬢の追放

第1話 悪役令嬢の追放

「まさか、あの魔女を呼び戻すなんて! あまつさえ陛下を診させるだなんて、正気の沙汰とは思えない!」


 白い大理石の回廊を抜けた最奥にある、王様の部屋。

 その部屋の扉の奥から、そんな声がする。


 今では、妙な懐かしさすら覚える響き。

 去年、私との婚約を解消し、辺境へと追放したフレデリック王子の声だ。


 ——そう、私はここ、コールラント王国の王宮に帰って来た。

 以前は、フレデリック王子の婚約者として。

 今は、王を診る医者として。


 私は深呼吸をして、その重い扉を開ける。

 金髪の縦ロールを揺らし、大きな深い青の瞳に、弧を描かせて。


 ぎい、という物々しい音と共に扉が開き、あの憎き王子の姿が現れた。

 長いスカートの裾をつまみ上げ、優雅に挨拶をする。


「ごきげんよう、殿下。陛下がお呼びとのことで、帰って参りましたわ」


 不敵な笑みを浮かべ、かつての婚約者の顔を見つめる。

 明るい金髪に、空色の瞳の、いかにも王子といった風体の男。

 しかしその実態は、とんでもなく阿呆で傲慢な人間だった。


 婚約していた時は、ずっとこの男の機嫌を伺って、耐えてきた。

 しかし、もう私は貴方の言いなりになる婚約者ではない。


「……お前は、ビアトリスっ……!」


 悔しそうに、フレデリックは顔を歪ませる。

 袖にした女に頼らなければならない事態になるだなんて、さぞ惨めな気持ちだろう。


 王は難病に悩まされ、王都の医者は皆、匙を投げたらしい。

 だから、王を治すため、私は呼び戻されたのだ。

 南の辺境から、ここ王宮へと。


 さあ、私を捨てたことを、心の底から後悔するがいい。

 

 私は光り輝く王の部屋で、とびっきりの笑顔を浮かべた。


「その謎、解いてみせましょう」


☆☆☆☆☆


 話は、一年前に遡る。


「侯爵令嬢ビアトリス・ダルマニャック! 度重なる悪事のため、君との婚約を破棄する! そして、この王都から追放とする!」


 忘れもしない、その日は冷たく雪が降っていて、王都中が銀色に染まっていた。


 貴族の子弟が通う、王都の学院での卒業パーティー。

 そんなめでたい日に、私は、この国——コールラント王国の王子である、フレデリック王子に婚約を破棄されていた。


 きらびやかな会場の中心で、彼の王子然とした麗しい顔には、私に対する憎悪がありありと浮かんでいた。


 そんなことをいきなり言われれば、びっくりするのが人情というものだが、私は不思議と冷静だった。

 来たるべき追放イベントが来た、それだけだった。


「——わかりましたわ」


 物わかり良く頭を下げると、思っていた反応を違ったのか、彼は怪訝な顔をした。


 ここは生前やっていた、中世ヨーロッパを舞台とした乙女ゲームの世界で、私は前世の記憶がある。

 いわゆる、転生者というやつだ。


 転生する前、私はとある病院に勤める医者だった。

 医者の仕事は激務である。眠れなかった当直明けの頭で帰宅する中、不運にもトラックに轢かれて死んでしまったのだ。


 ——そして目が覚めたら、この侯爵令嬢ビアトリス・ダルマニャックの身体に転生していた。


 ここが生前プレイしたことのある乙女ゲームの世界だ、と気づいたのは、五才の時だった。

 家同士の結びつきを深めるため、この国の王子である、フレデリック・アヴェーヌと婚約したのである。


 その名前にどうも既視感があって、記憶を探ると——どうも、激務で疲れ果てていた前世で、その当時はまっていた乙女ゲームの攻略キャラクターらしい。

 彼はメインキャラクターの一人で、彼のルートだと、主人公のヒロインは身分差を乗り越えて彼と結婚し、王妃になる。


 そして、ビアトリス・ダルマニャックという名前は——そこで婚約破棄の上、辺境に追放される、悪役令嬢の名前だった。


 それに気づいてからというもの、いつか追放されても生きていけるよう、私はこの世界で医者としてやっていくための術を身につけた。


 しかも、婚約者のフレデリック王子というのが、ゲームとは違って、顔だけの嫌な奴だった、というのが拍車をかけた。

 王都の学院では、試験の度に追試になるほど頭が悪いくせに、私の態度が気に入らないと言っては、公衆の面前で罵倒される日々。


 最初は、これでも育ててくれた両親にも申し訳ないし、婚約破棄されないように、フレデリックの機嫌を頑張って取ろうとしてきたのだ。

 追試の課題を代わりにやったり、舞踏会で罵倒されても、彼のことを褒めそやしたり——

 しかし、積み重なる嫌がらせに、途中でとうとう堪忍袋の緒が切れた。


 もう、追放されても良いや。

 そう思うようになったのである。


 そういう訳で私は、前世の知識を参照しながら、この世界でもできる薬の作り方について、勉強に励んできた。


 植物や鉱物、そして毒の知識まで。

 あらゆることを調べ上げ、なんとかこの世界でも診療ができるレベルにまでなった。


 しかし、どうもそれが裏目に出てしまったらしい。

 怪しげな薬ばかり作っていたし、元からいかにも悪そうな、悪人面をしていたので──王子の悪口も相まって、人は私を「魔女」と呼ぶようになった。


 そして、やはり十六歳の夏、乙女ゲームの主人公が現れた。

 彼女はエレンという名前で、私やフレデリックの通う、王都の学院に転校してきたのだ。

 黒髪に黒い瞳の、儚げな容姿の女。


 ゲームの原作通り、彼女とフレデリックは、たちまち恋に落ちた。


 そして、やはり原作通り、彼女の身には、様々な不運が降りかかった。

 階段からの転落、ドレスを台無しにされるなど──原作では、私ビアトリスの手引きによるものとされているが、私は誓って何もしていない。


 しかし、王子は魔女である私の呪いだと、大声で吹聴した。

 エレンとの関係に嫉妬した私が、魔術を使ったに違いない、と。


 原作通りに追放フラグを回収してしまった、という訳だ。


「せめてもの温情だ——どこに追放されるかは選ばせてやろう」


 フレデリックがエレンを右腕で抱きしめながら言う。

 何なんだ、この茶番は。

 しかし、最後まで気丈に振舞うのが、悪役としての矜持というものだろう。


「……それであれば、薬草の取れる南の辺境に飛ばしてください」


 追放されることは、あらかじめ想定していた。

 そして、コールラント王国のどの辺りの植生が、薬に一番役立ちそうか、調べておいたのだ。


 こういう時、手に職があると助かる。

 元医者のスキルを活かして、今度こそ堅実に生きてみせる!


 ──そして、いつかこの勘違い浮かれ王子を、ぶちのめす。


 会場の陰で笑う銀髪の影があったことは、この時の私には、知る由もなかった。


☆☆☆☆☆


 お父様とお母様にはたいそう泣かれたが、王子の命令に逆らうわけにはいかない。

 私は、王子に伝えた希望の通り、南の辺境伯の屋敷に追放されることになった。

 

 馬車で長時間揺られて、私は南の辺境伯——ルーカス伯爵の屋敷に到着した。

 そこは、うっそうと茂る森の中の、小さな館だった。

 白い壁に赤い屋根の、こじんまりとした建物。


 馬車を降りると、待ち構えていた使用人が、扉を開けてくれた。

 中に入ると、辺境伯のご夫婦とその息子が迎え入れてくれる。

 白髪交じりの優しそうな顔のご夫婦に、筋骨隆々とした息子。


 ここでの人間関係でも失敗する訳にはいかないので、礼儀正しくあらねばなるまい。


「はじめまして、ビアトリス・ダルマニャックと申します。ご迷惑をおかけすることも多いでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします」


 この日のために、貴族然とした格好はやめた。

 金髪縦ロールはポニーテールにまとめ、前髪は目にかからないようにする。華美なドレスではなく、落ち着いた色調の簡素な服で。


 王都の屋敷にいる時は、侍女にされるがままの悪役令嬢然とした華やかな格好をしていたが、ここからは、医者として生きていくのだ。

 信頼に足る見た目の方が良いだろう。


「ようこそ、ビアトリス。よろしくお願いいたしますね」


 伯爵夫婦は、にこやかに手を広げた。

 ひとまず、反応は悪くなさそうだ。


「ずいぶん細い身体だな! 鍛えていないから、追放なんかされるんじゃないのか?」

「これ、アラン!」


 黒い短髪に黒い瞳の、彼らの息子はアランというらしい。

 脳筋っぽいが、仲良くなれるだろうか。だいぶ不安だ。


 そうして、私のルーカス辺境伯の屋敷での暮らしが始まった。


 しかし、薬でも作って、人の役に立ち、平穏に生きていこうと思ったのに——そうはいかないらしい。


 次々と、難解な事件は舞い込んだ。



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