第1話 模擬戦
「模擬戦スタート!」
グリム先生の号令で、孤児院に住む全メンバー十四人が森の中に散らばった。
誰が最後まで残るか、森の中へ隠れて、腰につけた紐を引っ張るといったものだった。
武器はケガをさせなければ、何でもOK。
棒切れや矢がついてない弓など、皆が各々に携え、気が付くと瞬時に森の中へと消えていった。
僕は前に読んだ、東洋の偉人伝を思い出し、高い岩の上へと足を向けた。
周囲を観察し、さらなる戦略を練ろうという試みだ。
「ぬぬ!」
その道中、わずか十分ほどで僕の腰に付けた紐が引っ張られる。
本の読みすぎなのか、視界が急にぼやけて、岩の下で足を滑らせたのだ。
「はい、アプ。やっつけた」
一番体の大きいボアキンが、僕のミスを見逃す訳はなかった。
「ダメだな。アプは、頭でっかちで」
レータ同様に、僕のことをからかいながら、ボアキンは手に持った木刀を振り回す。
「次はレータが標的だな。アプは早くグリム先生のところに戻れよ」
彼は、そう僕に指示を出し、森の奥へと姿を消していった。
腰の紐を引っ張られた人は、森の入口で待つグリム先生のところへ戻る。
それがこの模擬戦のルールでもあった。
「もう負けたのか?アプは」
僕の姿を見て、グリム先生は呆れるようにため息をついた。
「レータやボアキンを見習え。ちょっとは」
そう言われ続ける中、続々と敗北者たちが森の中から姿を現した。
レータの弓に慄き、腰ひもを引っ張られたもの。そして、ボアキンの胆力に屈した者が、ほとんどだった。
「残るは、レータとボアキンだけ」
グリム先生が呟くと、その二人が森の奥から姿を現した。
最後の2人は、皆の前で決着をつけるのが、この模擬戦の習わしでもあったからだ。
「ボアキン。今日こそは負けないよ」
レータが弓を構え、ボアキンに放つも、手に持った木刀で矢を払う。
次の瞬間、ボアキンがレータに近づくも、瞬時に後ずさりし、一定の距離を保つ。
一進一退の攻防が続いていた。
「すごい」
僕が読むどんな本よりも、2人の戦いは迫力があった。
その均衡を破ったのは、ボアキンの方だった。
「この手を使いたくなかったけど…」
左手に忍ばせていた火打石で、木刀の持ち手に瞬時の炎を宿らせた。
「あやつ、持ち手に油を染み込ませた布切れを巻いておったな」
グリム先生が嬉しそうに語るのとは裏腹に、僕はレータの負けを確信した。
「いや…いや…」
炎を近づけられ、戸惑うレータにあっさりボアキンは腰の紐に触れる。
「止めてよ。ずるい!」
涙目になるレータに、ボアキンは「勝負だからな」と勝利を宣言する。
なぜか、レータは昔から炎を見ると、怯えていた。
恐らく、何かのトラウマがあるのだろうが、その理由は誰も知らなかった。
「レータは惜しい。炎を怖がる癖を克服すれば、いい戦士になるのに」
「いくらグリム先生の言うことでも、それは無理!」
模擬戦終わりの反省会で、レータはグリム先生の前で、口を尖らせていた。
「にしても、アプは…どうしたものか…」
グリム先生とみんなの呆れる眼差しが僕を貫いた。
「ま、いざとなれば私が守ってあげるから」
レータは茶目っ気たっぷりに、僕を蔑んだ。
「ふむ。案外それがいいかも。レータがアプを庇い続ければ、この国で一番の宝物をあげる」
グリム先生の冗談か本気か分からない発言に、レータは目を細めた。
「本当ですか?つまらないものだったら、グリム先生でも許しませんよ」
軽口を叩くレータに、孤児院のみんなも、「そうだ」「レータがアプを守れ」と冗談半分の冷やかしが飛んでいた。
その夜だった。
「アプ…起きて。アプ…」
真夜中、僕はレータに無理やり起こされた。
「なに…眠いんだけど!?」
「入口に誰かいる!」
レータに言われ、寝室の窓を覗くと、よく見えないが、確かに孤児院の入口に誰かがいる気配がした。
「なんかあの人、傷ついてない!?」
この時は、この人がここへ災いを招きいれるなんて思いもよらなかった。
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