第9話 初瀬の脚本と彼女の悩み


 九月も中旬にさしかかり、学園祭まで一ヶ月を切ったことで、各クラスや各部活動が、それぞれの出し物の準備を本格的に始める中、うちのクラスも、無事文芸部の部長である初瀬先輩に演劇の脚本を書いてもらえることになった。

 その脚本が依頼してから数日後には出来上がってきたことにより、コピーしてクラスメイト全員に配布され、各々自宅に持ち帰り、一日かけてそれを読んでくることになった。


 初瀬先輩の書いた脚本のあらすじとはこういった感じだ。


 魔法の存在する世界に、一人の落ちこぼれの少年がいた。

 周りの誰もが魔法を使えるのに、なぜか彼だけが使えない。

 そのため、酷い迫害を受け、もう嫌だと少年は高い崖から身を投げようとするが、恐怖で身をすくめて躊躇する彼の前に、一人の見知らぬ少女が現れ、「あなたには素晴らしい能力が眠っている。私なら、その能力を開花させることができるかもしれない」と言って、自害しようとするのを止める。

 そうして二人で、眠っている魔法の能力を覚醒させるために、色々と試行錯誤し、ついに少年は強大な魔法の力に目覚めるのだが、それと同時に、少女はその存在を消されそうになる。

 その行為は、禁忌に触れるものだったのだ。

 悲しむ少年に、少女は、その秘めていた好意を伝え、彼も同じ想いだったと、二人は抱きしめ合いながらキスを交わす。

 その直後、少女は、少年の前から霧のように消え失せてしまう。

 だが、そこで物語は終わりとはならず、その後、しばらくは失意に沈んでいた少年だが、ある決意をして立ち直り、長い時間をかけて研鑽を積み、ついに古の大魔法を甦らせることに成功し、一度はその存在を消されていた少女を復活させ、感動の再会を果たしてハッピーエンド──


 タイトルは、『魔法が使えない少年の起こした奇跡』。


 その物語は、キスシーンもあって盛り上がりそうだとクラスメイト達にも好評で、その配役を決めるために、再び話し合いの場が設けられる事になった。


 その結果、主人公の少年とヒロインの少女は、満場一致で周防と上澄に決まった。

 周防は得意げに、「観客を魅了して沸かせ、最優秀賞をとってやる」と息巻いていたが、上澄は、皆の期待に応えられるように頑張るとは言うものの、どこか自信のなさも滲ませているようだった。


 そうして、他の配役や、監督、演出、裏方等も決まり、さっそく今日の放課後から、その演劇の練習が始められる事になった。



 放課後となり、裏方となった俺は、他のクラスメイト達が楽しげに会話しながら作業をするのとは離れた教室の隅っこで、一人黙々と舞台装置を作っていた。

 役者達は、机をどけてスペースを広くとった教室の前方で、台本を片手に演じながら、監督や演出に指導を受けている。

 監督は、演劇部の女子が務めているため、その指導も板についたものだ。


 そうやって練習風景を眺めながら作業を進めていると、教室に初瀬先輩が訪れた。


「やってるね。私の書いた脚本はどうだった?」

「とても面白かったです。喜びと悲しみが入り混じった起伏のあるストーリーで、思わず登場人物達に感情移入してしまいました。よくたった数日であれだけの深い物語を完成させましたね」

「前に書いた短編小説を元にして、ちょっといじるだけで良かったからね。それ程手間はかからなかったよ。ところで新道君。周防君がどこにいるのか、君、知らない?」

「ああ、周防なら今あっちで演技の指導を受けていて──って、あれ、いない?」


 先程までいたはずなのに、今は休憩に入ったらしく、教室の中に周防の姿はなかった。


「今は休憩時間みたいでどこかに行ったみたいですね。何か用があったんですか?」

「うん。彼も文芸部の部員で、学園祭で配布する部誌に短編小説を書いてもらう事になっているんだけど、昨日渡されたその原稿の内容がちょっとね······」

「そんなに酷かったんですか?」

「そうだね······あれを文芸部の作品だとして掲載するのはさすがに憚られるかな。まるで綺麗な花畑を踏み荒らす害獣と一緒だね。以前はそんな事なかったんだけど、まるで人が変わったみたい」

「そうなんですね······」


 ──あいつは元ヒキニートだから、まともな文章なんて書けなくても無理はないか······


「困ったなぁ。部の実績を作るためにも、部誌は何としてでも完成させないといけないのに······」

「それなら、俺が文芸部に入部して、代わりに書きましょうか? これでもそれなりに文章を書いた経験があるんで」

「良いの!? 正直、そうしてもらえると凄く助かるよ。実は今年部員が入って実績を上げられなければ、廃部にせざるを得ないって言われてるんだ。君が入部して部誌を完成させて学園祭で配布できれば、廃部を免れられるかもしれない」

「初瀬先輩の助けになれるなら、喜んでやりまづよ」

「ありがとう。普段の活動は、週に一回だけだから、それ程負担にはならないから安心して」

「はい。これからよろしくお願いします」


 初瀬先輩が困っているのを黙って見過ごす事は出来ないからな。

 俺が周防だった時も、文芸部で小説を書いたりはしていたし、その時に培ったスキルを使えば短編小説の一つくらい書けるだろう。

 周防の役目を奪う形になってしまったが、しかたない。

 あいつの文才が壊滅的なのが悪いんだからな。


 ──文芸部に入った事で、これから初瀬先輩との関わりも増えていきそうだな······


 俺は意図せず訪れた状況に、少し嬉しい気持ちになっていた。



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