貴女に贈る花束

五月雨翠紗

貴女に贈る花束

「貴女に花束をあげる」


 そう言って、少女は笑った。吊り上げられた口角、ピンク色の唇と頬と頬。それらと対照的な、ゾッとするような笑み。その目の中に、光は無い。瞳は、まるでオニキスの様に真っ黒だった。


 今日で最後の制服を着た少女は、軽やかな足取りで歩く。体育館裏の端までやってきた少女は、ふと足を止めた。


「やっと、花が咲いた」


 その瞳に映るのは、黄色のカーネーション。


 少女は、持っているトートバッグから新品の剪定鋏を取り出す。そして根元で鼻を雑に刈り取ると、輪ゴムで束ね、黒のリボンをかける。

 

 そうやって小さな花束を作った彼女は、満足気に頷いた。


「これで、貴女に復讐できる」


 少女の瞳の奥で燃える炎。



「貴女を一生、赦しはしないから」



 ふと、大きな話し声が聞こえてきた。


「ねえ、本当に見たのー?」

「分かった、グループに戻りたくて嘘吐いてるでしょー」


 その声を聞いた少女は、肩を震わせた。物陰に隠れ、耳を立てる。


「……ッ! ちが、そんなんじゃない!」

「ほんとーかなー、あんたグズだから見間違えたんじゃないのー?」


 声の主は、見なくても分かっている。少女は、声が聞こえてくる方から逃げる様に駆けて行った。


「やっぱり、無理なのかなあ……」


 零れる涙。拭うこともせず、少女は歩みを進める。


 逃げた先は保健室だった。中に人はいない。今日は、特別な日だから。


 少女は、部屋の壁にもたれかかる。


 ただじっと、花束を見つめて。


潰れそうな心臓。

乾いた涙。

空ろな瞳。

疲れた、こころ。



「でも」


 吐き出された言葉。


「貴女は、罪を自覚しなければならない。そして、償えないことを悟り、苦しめば良い」


 少女の瞳に浮かぶ、暗い、深い沼の様な炎。ブラックホールの様に、周りのものを引き込んで行かんばかりの眼差し。


 ふふ、と漏れた声。


「ドラマはまだ終わりじゃない。貴女は頂点になんか立ててない。見えてるのは栄光じゃない。希望じゃ無い。思い知りなさい、貴女なんか、ちっぽけな塵だから」




散る桜。

零れる涙。

笑い声。

シャッター音。


———それらを呑み込む、少女の復讐。




———吐露。

憎しみ。恨み。悲しみ。恐れ。苦しみ。




揺れる瞳。動いた心。


想いを全部、呑み込んで———。




———露呈。

憐れみ。優越感。安心。




全てを消し去り———。




「貴女を一生、許さない」



響いた、声。

苦しみの、終わりと始まり。

溢れる、想い。


———全ては、過去に。

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