終末世界のおっさん旅行記

熊吉(モノカキグマ)

・1-1 第1話 「過去と今」

 西暦二〇八七年十二月一日、午前五時四十一分十九秒、降下開始。

 侵入高度、五十メートル。

 低高度パラシュート抽出システム(LAPES)にて、輸送機から投下。


 作戦は単純シンプルだった。

 多方向からの巡航ミサイル・ドローンによる飽和攻撃により、目標の対空防衛網を麻痺させ、その間に空挺強襲。

 十五分で任務を遂行し、夜明けとともに、三十キロメートル遠方に展開した砲兵部隊の掩護射撃を受けつつ撤退。

 奪取した貴重なデータを持ち帰る。


 ツクバ・サーバー強襲作戦。

 この数年前、人類に対して一斉に反旗を翻した人工知能の拠点のひとつとなっていた場所から、その機密情報を引き出すというミッション。


 攻撃を計画した人類軍の準備は入念だった。

 陽動のために多数のミサイルとドローンを用意しただけでなく、敵にハッキングを行い、時間になったら作動するプログラムを忍ばせ、一時的に目標の電力システムをダウンさせる手筈てはずまで整えていた。

 実行部隊に選ばれた兵士たちも、実戦経験を積み、戦果を挙げていた優秀な者ばかり。

 この以前に別の場所で同様の任務を遂行し、成功させた経験を持つ指揮官をトップにすえ、後方からの支援バックアップ態勢も万全に整えられていた。


 だが、———失敗した。

 AI側が人類側の動きを事前に察知し、罠を仕掛けていたからだ。


 まず、ハッキングによって仕掛けることに成功したと思い込んでいた、時間と同時に電力システムをダウンさせるプログラムが無力化されていた。

 それどころか、相手が支配するネットに侵入した際に、逆に、こちら側にウイルスが仕込まれており、肝心なタイミングで発症して、通信がダウンし、指揮系統が混乱。

 さらに、この影響と、敵の電子戦により、自動制御で突入する予定だったドローンが暴走してあらぬ方向に飛び去り無力化。

 発射された巡航ミサイルもその大半が迎撃され、意味を成さなかった。


 このような有様であったのにもかかわらず、強襲部隊は降下に成功した。

 なぜなら、———敵が意図して反撃をしなかったからだ。


 一度降下した陸戦部隊は、地上を移動する以外にはない。

 つまり、懐に飛び込んで来た彼らはAIたちにとって、じっくり、ゆっくりといたぶることのできる、絶好の獲物になる。


 罠だ。

 そう直感した実戦部隊の隊長は即座に撤退を決断したが、待ちかまえていた敵の集中攻撃は避けられなかった。


 人工知能(AI)によって自律制御された、無人の戦闘機械群。

 時に自爆さえ躊躇ためらわない、心を持たない冷酷なマシンの攻撃によって、部隊の仲間は一人、また一人、と、失われていった。

 砲兵からの援護射撃を得られるようになるまでの十五分間は、地獄と化した。


 その情景は、まぶたを閉じると、今でも浮かんでくる———。

 断末魔の悲鳴も。

 死期を悟った戦友の、最期の言葉も。


「……な~んも、残ってないのな」


 かつての戦場。

 そこを訪れた一人の放浪者は、どこかぼんやりとした表情で、つまらなさそうにそう呟いていた。


 旅塵にまみれ、乾燥した空気に長くさらされたためにくすんだ赤茶色の短髪に、無造作に生えた無精ひげ、人懐っこそうな印象のこげ茶色の瞳。

 左の側頭部に目立つ傷跡を持つ。

 身長は百七十二センチほどで、全身は筋肉質。

 肉付きが悪いわけではないが、余計な贅肉ぜいにくはすべて削ぎ落とされている。

 少しだけ姿勢が悪い。

 上半身には作業用のシャツとジャケットを身に着け、下半身は頑丈でポケットの多いカーゴパンツと、つま先に保護材が追加されたブーツ。

 そしてその外側に、荒野で生き抜くために便利な、周囲の土の色に同化する生地で作られた無地のポンチョをまとっている。

 全体的に保護色で、迷彩効果をある程度は発揮されるだろう。

 外見上の年齢は、四十歳前後。

 少し茫洋ぼうようとしたところはあるが、不思議と気さくで、話しかけやすい雰囲気を持った中年男性。


 彼が見つめる先には、本当に何も残っていない。

 AIの拠点となっていた巨大なデータセンターも、エネルギープラントも、重層的な防衛システムも、無数の自律兵器も。

 そして、そこで散っていった人類側の兵士たちの面影も。


 あるのは破壊され尽くした荒野だけだ。


 覚えている。

 はっきりと思い起こすことができる。


 ただし、断片的に。

 部分、部分は、いやに鮮明で、昨日のことのようなのに。

 それ以外はぼんやりとしていて、おぼろで、実感がない。


 確かに自分はここにいて、すべてを経験したはずなのに。

 記憶が曖昧あいまいで、欠落している。


「……まぁ、何十人も[前]の、オリジナルの[俺]のことだしなぁ」


 それも当然だ。

 せっかく失った過去につながるヒントを探してここまでやって来たのに、何も得ることの無かった放浪者は、残念そうに呟くと立ち上がり、周囲を見渡す。


 一面の荒野が広がっていた。

 色彩に乏しく、灰色や、乾燥した土の色ばかりが目立つ、不毛の大地。


 人類側の呼称、電脳戦争。

 AI側の呼称、生存戦争。


 両者の間で長期間続いた大戦により、地球は徹底的に破壊しつくされ、汚染され、文明は衰退した。


 かつて[ニホン]と呼ばれる国家があり、緑が豊かで、大勢が暮らしていた地域。

 そこには焼き尽くされた廃墟と、枯れた大地が広がり、生気を感じられない渇いた風が吹いている。


 放浪者が微かに覚えている記憶の中にある景色とは、似ても似つかない。

 だが、確かにつながっている、未来の、終末世界。


 太陽が傾き、西の地平線が茜色になり、山々の陰が青とも紫ともつかない色彩を帯びた暗い灰色に染まり始める。


 その中に、いくつかのわだちと足跡が延びている。

 数台の車両が通過した形跡。

 一般的な乗用車の大きさのものが数台と、大型のトラックが何台か。

 それと、歩行戦闘車両(WFV)と呼ばれる、全高が九メートルほどになる人型機動兵器の足跡。


 くり返された攻防戦の結果、すべてが残骸と化し、強固な鉄筋コンクリート製の要塞のようであったデータセンターには巨大なクレーターが刻まれ、鉄骨と破壊された機械メカが乱雑に散らばる荒廃の中から、彼らはなにかを見つけ、持ち帰ったのだろう。

 わだちと足跡は南の方角からやって来て、しばらくこの辺りに留まり、探索をし、そして、いくつかの重そうなものを獲得して、また南の方角に戻った形跡があった。


 放浪者にとっては、今回の探訪は無駄足だった。

 ただし、今のところは。


 あるいは、この痕跡を残して行った者たちが持ち去った過去の文明の遺産の中に、失った自分自身の記憶につながる[何か]があるのかもしれない。

 あるいは、何もないのかもしれない。


 望み薄だったが、試してみるだけの時間はあった。


「ま、自由に、気楽にやらせてもらうさ。

 どうせ、世界、滅んじまったんだからな」


 放浪者は寂しさと自嘲の入り混じった笑みを浮かべると。

 自身の旅の脚に使っている小型の四輪駆動車へと向かい、ゆっくりと歩いて行った。

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