第一話 『発掘されしは古代機神』

 まず、結論から言おう。

 哀れな死を遂げた僕は、記憶を保持したまま転生した。


 近年の創作物で、浴びるほど見てきた設定だ。


 しかしながら、現在の状況は、僕の知るそれとは、少し違う。


 今の僕は、何故か閉じ込められていた。


「……もっとこう、赤ちゃんからやり直すとか、悪役だったキャラに突然前世の記憶が蘇るとか、そういうもんじゃないの?」


 僕は、金属質な壁や床をコンコンと叩きながら、虚空に向けて疑問を放り投げた。


 当然ながら、誰も返さない。いや、返してくれそうな人達はいるのだ。


 僕の正面、そこだけは、分厚いガラスが張られている。何故か向こう側は少し暗いが、半目になればハッキリと見通すことができた。


 白衣のおじさん、スーツのナイスガイ、全身ローブの怪しげな巨漢……。


 なんだろう、悪の組織っぽい。


 ということは、僕はこの人達に捕まっている存在なのだろうか。


 ペタペタと足音を鳴らし、部屋の隅からガラスの方へ歩いていく。


 彼らは僕に興味が無いのか、僕の動きにも気付くことなく話し込んでいた。


 だが、気付いてもらわないと困るのだ。僕は、自分が今、何者なのかすら知らないのだから。


 ──だから、ガラスを叩いてこちらに注意を向けさせようとした。




 ☆☆☆




 ──学園都市リュセル、センユウ学園学区、地下五千メートル地点。


 そこで、遂に古代機神らしき存在が発掘されたという報告を受けた時、“灰籠り”のムジナは思わず笑みを浮かべた。


 数年間探し求めていた、神代に生み出されたという最強の古代兵器。


 それがようやく、見つかった。


 ムジナは全ての仕事の予定をキャンセルし、すぐに地下採掘場に併設された研究所へと向かった。


 そして、統括責任者のサトウに案内されたムジナは、念願の古代機神との対面を果たす。


 ──それは、一見すればただの少女であった。


 眩しいほどの白髪、簡素な貫頭衣、小さな躯体。


「おい、本当にコイツが例の兵器であってんだろうな?」


「えぇ、えぇ。 もちろんわたくし共も、最初は目を疑いましたよ。──まさか、かつて地上の八割を焼き払ったと謳われる伝説の古代兵器が、このような少女の姿をしているとは」


「性能テストは?」


「まだ何も。しかしながら、先程行った機械分析と、そのデータを使ったシミュレーションによれば、少なくともかの【天空堕とし】や【魔鋼戦線】にすら劣らぬ戦闘能力を──」


 サトウが興奮気味に語っている、その時だった。


 ──轟音。


 まるで、間近で雷が落ちたような衝撃が、二人を襲った。


 目を白黒させて周囲を見渡したムジナが、あってはならない光景を目にしてしまう。


「……マジか」


 先程まで、眠っているように見えた、活動停止中の機神。


 それが、金色の瞳をもって、こちらを静かに見つめている。


 マジックミラーになっているはずの強化ガラスだ。絶対に、向こうからこちらを視認することはできない。


「だったらどうして……俺と目が合ってやがる……ッ!」


 肌が粟立つ感覚。ムジナは咄嗟に、サトウの襟元を掴みながら、後ろへ飛び退いた。


 直後。


 機神がゆっくりと、ガラスに手を張り付ける。


 少女の小さな五指がぺたりと押し付けられただけ。それだけで、戦車砲にすら耐えうる強化ガラスが、木っ端微塵に砕け散った。


 無数の破片が、室内にいた研究員やムジナ達を襲う。


「防げッ、T-01!」


 命令を聞き、ムジナの傍らに立っていたローブの巨漢が動き出す。


 T-01と呼ばれたそれの身体が、内側から膨れ上がり、ローブを突き破って無数の腕が現れる。


 ──生体兵器、アルティメット・タイタンT-01


 それは、Aランクの戦術級異能を持った、近接戦特化の素体学生を改造して生み出した、ムジナの用心棒だ。


 一体で街ひとつを陥落させる怪物が、その異形の身体をもって、ガラス片を残さず殴り消す。


 その間、僅かコンマ一秒。


「T-01、アイツを制圧しろォッ!」


 ムジナの血を吐くような叫びを聞き入れたT-01は、古代機神に向けて伸縮する腕を伸ばす。


「ゴギ、ゴギギ、オォッ──」


 触れれば、鋼鉄だろうが耐久特化の異能者だろうが、問答無用で砕いてしまう“破壊”の異能。


 それが乗せられた拳が、機神の眼前まで迫った。


「…………気持ち悪い」


 対する機神は、ただ一言嫌悪の言葉を呟くと、拳を手の甲で弾いた。


 たったそれだけ。


 それだけで、いとも容易く怪物の腕が一つ消失した。


 継いで襲い来る無数の拳も、次々と軽く逸らされてしまう。


「……馬鹿な……ッ! クソッ! T-01、リミッター解除だ! 全力でテメェの異──は?」


 叫ぶムジナの傍に、何かが降ってくる。


 べちゃり、と音を立てて地に落ちたそれは、T-01の頭部であった。


 生命活動を停止した巨躯が、前のめりに倒れ伏す。ムジナは咄嗟に、懐の拳銃を掴もうとした。


「──いけないなぁ、それは。ボクに向けるつもりだったのかい?」


「ッ!?」


 後ろから、肩に手を置かれた。極度の緊張に、完全に動きを止めてしまう。


 いつの間にか死んでいたサトウの血が、尻餅を着くムジナのズボンを濡らしていく。


「ここはどこで、キミ達が何者なのか……ボクに、教えてくれないかな?」


「……はっ、馬鹿が。?」


 機神の白い手が、黒い手袋を嵌めた手に掴まれる。


 ──ムジナの異能アビリティ、【強制圧者スタナー


 触れた者の動作を制限し、力を奪い取る力。


「……これでテメェはもう、ここから出れねぇ。出れねぇ奴が、何かを知る必要もねぇ」


 ムジナは死を覚悟し、その上で異能を発動した。


 応援が駆け付けるまで、命を賭して機神を拘束するつもり──否、本当は分かっている。


「──あぁ、そう。じゃあいいや」


 先程、T-01が放った絶対破壊の異能を、この機神は意にも介していなかった。


 それはひとえに、規格が違いすぎるが故のこと。


 二次元の存在がどう足掻いても三次元へ影響を及ぼせないように。


 矮小な人間の力では、神の写し身と呼ばれた古代兵器に対して、何ら影響を与えることはできないのだ。


「がはっ」


 ムジナの腹に穴が空く。機神は既に、彼に興味を失い、部屋から出ようとしていた。


「クソッ……こんなとこで、終わりなのか……ッ!」


 四肢から力が抜けていく。それでも彼は、懸命に腕を伸ばそうとする。


 ──あれが。あれが無ければ、世界は。


 無情にも、機神の背中は消えていく。


 それが、完全に見えなくなると同時。


 彼は最期まで目を見開き、無念に歪んだ顔のまま息絶えた。




 ☆☆☆




 部屋から出た先には、一本道の廊下が続いていた。


 僕は相変わらず、素足のままに突き進む。


 途中、警備ロボットみたいなやつや、さっき倒した気持ち悪い改造人間モドキなんかが襲ってきた。


 もちろん、出来る限りスタイリッシュに、そして余裕な感じで潰しておいたよ。


 いやぁ、新しい身体は実に素晴らしいね。


 銃弾なんかじゃ傷一つつかないし、何か能力的なのを使われても全く効かない。まさに無敵だ。


 でも、殴る蹴るだけじゃ最強キャラには程遠い。それに、ロールプレイもまだまだだ。


 色々と考えながら、僕は遂に研究所らしき場所を抜ける。


「──うわぁ、なにこれ」


 外だと思って出た場所は、巨大な大空洞だった。


 そこかしこに掘削用の機材が置かれていて、遠くの方には走って逃げている作業員のような人達も見える。


 しかし、一体どうして僕はこんな場所に?


 閉じ込められてた感じ、実験体とか……いや、それならこんな地下にいるのがおかしいか。


 モヤモヤとしながら、僕は先程遠目に見えた、はるか上へと続くエレベーターのようなものに搭乗する。


「……えーっと、多分ここかな?」


 普通のエレベーターと違い、ボタンが少ない操作盤を適当に触ると、それは動き出した。


「異世界なのかな……いや、でも流石にこの感じは現代かな……うーん」


 近頃は、ダンジョンものなんて概念も流行っていると聞く。


 だったらここは、ダンジョンだったりするのだろうか。


 でも、どんな世界でもやることは決まっている。


 目指すは最強。


 それも、底が見えない圧倒的強者ポジだ。

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