第2話 最初の友達
宇城伊織と廊下を歩く。
「帰り、一緒でいいか? 転校生を放置ってのも、なんか嫌だしさ」
「……別にいいけど」
「……そういや久遠、もうクラスの人間、だいたい把握した?」
「いや、まだ全然。名前と顔、半分も一致してない」
「だよな。まぁ、うちのクラス、ちょっとキャラ濃いの多いし」
「例えば?」
「例えば……ほら、目の前のあいつ」
伊織が顎で示した先には、友達と話している男子の姿があった。
「……誰だ?」
なるべく平静を装って、短く返す。
「天城晴翔」
「結構有名人だぞ。中学のときからサッカーやっててさ。真面目だし、面倒見もいいし……」
「ふーん」
伊織は続ける。
「それでも有名な1番の理由は、白鷺澪ちゃんの幼馴染って理由かな。周りからの注目もすごいんだよな。本人はあんまり気にしてないっぽいけど」
(天城晴翔……主人公、だよな)
ヒロインの幼馴染で、幼稚園の頃からずっと好きな男。
物語の“主人公役”でありながら、強引さが目立ち、人気投票では賛否が分かれていた人物。
……そして、転生した俺にとって、警戒対象。
「久遠ってさ、運動できんの? 体格いいし、なんかスポーツやってた?」
不意の質問に、俺は肩をすくめる。
「前は……帰宅部。運動は、まあ、そこそこ」
「へぇ! なんかサッカー部にスカウトされそうな見た目だけどな」
伊織は、悪気のない笑い方をする。
その軽さが、不思議と心地よかった。
下駄箱の前で靴を履き替えていると、ふわりと甘い香りが通り過ぎた。
白鷺 澪。
長い黒髪がさらりと揺れ、
彼女はひとり、うつむきながら丁寧にローファーを揃えていた。
伊織が小声で言う。
「澪ちゃん、美人だろ? 俺の彼女の親友なんだよ」
「……彼女?」
「あ、まだ言ってなかった! 桐谷朱璃って子。同じクラスにいるよ」
あの落ち着いた雰囲気の美人か。
(つまり……白鷺澪の一番近い場所にいるのが、伊織の彼女)
それは、俺にとってかなり重要な情報だった。俺の記憶にはなかったから。
(俺の出現って……作品の筋書きに、影響してるのか?)
転校生キャラの俺は、本来“何も起きない”役割のはず。
それなのに――
今日一日で何度か視線を感じた。
俺はただの転校生で、しかも初日。珍しいから、少し目に入っただけだろう。
クラスに新しい顔が来れば、誰だって一度や二度は見てしまう。
それ以上でも、それ以下でもない。
明日になれば、きっともう、彼女に見られることもなくなるだろう。
「よし、帰るか!」
伊織の明るい声が、思考を切り裂いた。
俺たちは並んで昇降口を出る。
歩き出すと、伊織はボールを蹴るみたいな軽さで話し始めた。
「久遠はスポーツやらないって言ってたけどさ、もし興味あったらサッカー部見学来いよ。ウチの学校、県内じゃまあまあ強いんだぜ?」
「へぇ。伊織がエースなんだろ?」
「お、知ってた? ……って言いたいけど、今年は一年が強くてさ。俺、ポジション取られそうでさ〜」
笑いながらも、どこか悔しさが滲んでいる。
(こういうリアルな部分……ラノベじゃ、あんまり描かれてなかったよな)
伊織の“人間っぽさ”が見えて、俺は少しだけ好感を持った。
「そういや久遠。学校案内のとき言いそびれたんだけど……」
「?」
「“黒川”って教師には気をつけろ。社会の。機嫌悪いとマジで誰にでも怒鳴るから」
「あー……そういう教師、どこにでもいるな」
「いるけど、黒川は別格。俺去年、“遅刻ギリでセーフだったのに怒られた側”だからな?」
「理不尽すぎだろ」
「だろ? でも成績だけはガチで上がるんだよ。怒られながらな」
くだらないのに、妙に共感できる話だった。
校門を出た瞬間、春なのに妙に暑い風が吹く。
「……なぁ、久遠。ちょっと寄り道しね?」
伊織が指さしたのは、学校近くのコンビニ。
「暑すぎて、アイス食いたい」
「……まあ、いいけど」
店内の冷気に、思わず肩の力が抜ける。
アイスコーナーの前で伊織が立ち止まり、「どれにすっかな〜」と悩んでいる。
俺は無難にチョコバーを手に取った。
「決まったか?」
「うーん……じゃあ、同じやつで」
レジに向かう途中、伊織がポケットを探って、ぴたりと動きを止めた。
「……あ。財布、ねぇ」
「……は?」
「やっべ……昼休みに彼女にジュース奢って、そのまま置き忘れたかも……」
本気で焦った顔。
(……なんか、放っておけないんだよな、こういうやつ)
俺は小さくため息をつき、会計を済ませた。
外に出て、アイスの封を開けながら言う。
「ほら。落とすなよ」
「え、マジ? いいの?」
「大した額じゃないだろ」
「いや……恩人すぎん!? 久遠、いいやつだな!!」
伊織は、子どもみたいに無邪気に笑った。
その笑顔は、作中で主人公を支えていた“相棒ポジ”のそれと、まったく同じだった。
(……こういう距離感なんだな、伊織って)
アイスをかじりながら、並んで歩く。
「久遠、クラスでも評判いいぞ。『落ち着いててカッコよくね?』って女子が言ってた」
「……嘘つけ」
「ほんとほんと。てか、澪ちゃんも見てたしな」
「……白鷺さん?」
「うん。なんか気にしてた感じだったけど……気のせいかもな!」
俺はアイスをかじりながら、視線を前に向ける。
(……伊織。思ったより、いいやつだ)
駅前で、伊織が手を振る。
「よし! また明日な、久遠!」
俺も軽く片手を上げて応えた。
――本来なら、“何も起きないはず”の転校初日。
だが、こうして誰かと並んで帰っている。前世と比べても、いい学校生活を送れるかな。
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