第2話 最初の友達

教室を出て昇降口へ向かう廊下には、放課後のざわめきが満ちていた。

転校初日は、気疲れが大きい。


(とりあえず……今日は真っ直ぐ帰って曲でもいじるか)


そう思った矢先、背後から名前を呼ぶ声が響いた。


「おーい、久遠!」


振り返ると、

さっき自己紹介のあとに話しかけてきた男子──宇城伊織が手を振っていた。


爽やかな笑顔で、まっすぐ距離を詰めてくる。


「帰り、一緒でいいか? 転校生放置ってのもなんか嫌だしさ」


「……別にいいけど」


自然体で気取らない。

サッカー部のエースなだけあって明るくて、周りに人が集まりそうなタイプだ。


(作中でも、こいつは“主人公の相棒ポジ”だったな)


宇城伊織。

あのゲーム内では、天城晴翔の信頼できる親友。


その名前を思い浮かべた途端――

心の奥で小さなざらつきが生まれた。


(天城晴翔……主人公、だよな)


ヒロインの幼馴染で、

澪を幼稚園からずっと好きな人物。

ライトノベルの“主人公役”でありながら、

どこか強引で、好かれない人からは嫌われやすかった人物。


転生した逢人にとって唯一の警戒対象でもある。


「久遠ってさ、運動できんの? 体格いいし、なんかスポーツやってた?」


不意の質問に、逢人は肩を竦める。


「前は……帰宅部。運動はまあ、そこまで」


「へぇ! なんかサッカー部にスカウトされそうな見た目だけどな」


伊織は悪気のない笑い方をする。

その軽さが不思議と心地よかった。


下駄箱の前で靴を履き替えていると、ふわりと甘い香りが通り過ぎた。


白鷺澪だ。


長い黒髪がさらりと揺れ、

彼女はひとり、うつむきながら丁寧にローファーを揃えていた。


伊織が小声で言う。


「澪ちゃん、美人だろ?俺の彼女の親友なんだよ」


「……彼女?」


「あ、まだ言ってなかった!

 桐谷朱璃って子。クラス違うけど、昼休みに来てただろ?」


あの落ち着いた雰囲気の美人か。


(つまり、澪の一番近い場所にいるのが……伊織の彼女)


それは逢人にとって重要な情報だった。

彼女経由で、澪の感情がバレる可能性が出てくる。


そしてもうひとつ。


ヒロインの幼馴染である天城晴翔は、まだ教室で会っていないが、

このあと登場するはずだ。


(俺の出現って……作品の筋書きに影響してるのか?)


転校生キャラは、本来“何も起きない”キャラのはず。


だが澪の視線が時々こっちを向いていることに、

逢人は薄く気づいていた。


それがただの好奇心なのか、

それとも──


「よし、帰るか!」


伊織の明るい声が思考を切り裂く。


二人は並んで昇降口を出た。


青空の下、春風が気まぐれに吹いた。


逢人は小さく息を吐いた。

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