第4話 心の木枯らし
その夜は、いつもより風の音が鋭かった。
店の外壁をかすめるたび、風は細い笛のように鳴り、
ミルは棚の上で眉間にしわを寄せるように耳を倒した。
扉がバタンと揺れ、冷たい空気が押し寄せる。
入ってきたのは、肩をぎゅっと縮めた中年の男性だった。
「……すみません、開いてますか」
声はかすれていて、風の音に少し飲み込まれていた。
ミルはひらりとカウンターへ降り、
椅子をちょん、と前足で押した。
「風が心まで冷やす前に、座るにゃ。」
男性はゆっくり腰を下ろし、
両手でマフラーを解きながら、深い息を吐いた。
「職場で……ずっと避けられている気がして。
挨拶しても返事が薄いし、
話しかけても短く終わらされる。
自分が何を悪くしたのか、わからなくて。」
ミルはカウンターの端に落ちていた糸くずを前足で転がし、
ぽとりと男性の手元へ近づけてから顔を上げた。
「にんげんはにゃ、心に風が吹くとき
まわりのちょっとした表情まで、
自分への評価だと受け取ってしまうにゃ。」
男性ははっと目を伏せ、
しばらくして小さく笑った。
「……全部、悪いほうに思い込んでました。
ただの勘違いだったのかもしれませんね。」
ミルはそっと近づいて、
男性の手の甲に尻尾をふわりと触れさせた。
「木枯らしはにゃ、
葉っぱを全部落とすために吹くんじゃないにゃ。
春を迎える準備を、こっそり手伝ってるだけにゃ。」
男性はその言葉にしばし沈黙し、
やがて表情がゆっくり緩んだ。
「……なんだか、少しだけあったかくなりました。」
ミルは満足げにひとつ小さく喉を鳴らし、
カウンターの奥から 魚型クッキーをぽろん、と押し出した。
軽い甘い香りが、風の冷たさをひと呼吸だけ遠ざける。
〈冷たい風は長く続かないにゃ。
心にも、季節はちゃんと巡るにゃ〉
男性が立ち上がるころには、
外の風はさっきよりも少しだけ弱まっていた。
扉が閉まると、
ミルは棚の上で丸くなり、
前足でほわんと顔をひと撫でしてから目を閉じた。
まるで「今日はここまでにゃ」と静かに締めくくるように。
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