第2話 ようこそ救済者教室へ


「これから君を皆に紹介する時間です。ステージに上がって、名前と目標を掲げてください」


「分かりました」


 歩夢は、同年代の人間と接した経験がほとんどなかった。

 星廻軍として関わったのは、助けた相手に対して


『大丈夫ですか?』『意識はありますか?』『何があったんですか?』


 ――この三つを使いまわす程度である。


 別に友達が欲しいと思っているわけでもない。

 自分には栄星たちがいれば十分で、学園は復讐のために利用する場所にすぎない。

 学園長が歩夢を“使う”のなら、歩夢もまた自分の目的のために学園を“使う”だけだった。


「次は、転入生の紹介に移ります」


 学園長の声とともに、歩夢はステージへ向かう。


 カーテンをくぐると、強い照明が進む道を照らした。


 下には多くの生徒が静かに座り、じっと歩夢を見つめていた。

 二階には教員と思われる数人が椅子に腰かけている。


 マイクを持った中年の進行役が、手招きして歩夢を呼んだ。


「自己紹介と目標をお願いします」


 歩夢はマイクを受け取り、「分かりました」と小さく返す。


 下にはたくさんの生徒が静かに座っており、歩夢を凝視する。


「俺の名前は透導歩夢。目標は……スターなんとかフェスティバルみたいな名前のやつで優勝すること。それと……」


 歩夢は鞄の中から先ほど拾った下着を取り出し、掲げた。


「これの持ち主を探している。桜の木の近くで拾った。誰か心当たりはないか?」


 会場は一気にざわつく。


「ちょ、ちょっと君ぃっ! そ、それを見せてくれたまえ!」


 声のした方を見ると、小太りの教師が立ち上がっていた。


「どうぞ」


 歩夢が差し出すと、教師はハァハァと息を荒げながらそれを観察し、匂いまで嗅ぎはじめた。


「うわぁ、またあの親父かよ……」

「最低……」


 生徒たちから小さな悲鳴とため息が漏れる。


「こ、これは! レイラ・ラスターユさんのパンティです!!」


 その瞬間、男子からは歓声、女子からは悲鳴が上がる。

 男子たちはほぼ一斉に同じ方向を向き、そこに座る生徒――レイラに注目した。


「で、ではレイラさんは後ほど取りに来てください! 透導君は『救済者セイヴィアクラス』へ配属されます! 皆さん、ぜひ仲良くしてあげてください! 以上で転入生挨拶を終わります!」


 進行役がそう締めると、集会はいくつかの項目を経て終了し、生徒たちは順に退出していった。


 歩夢は学園長に連れられ、教室へ向かうことになった。


「君には言いたいことが山ほどあるよ。常識というものは習わなかったのかい?」


「習いました」


「嘘をお言い!」


 学園長は声を張り上げ、続けた。


「あのデブ教師はクビにしておくとして……君の言葉遣いはなんなんだい」

「すみません。慣れてないもので」


「それに、女性の下着を全校生徒に見せびらかすなんて、どんな教育を受けてきたんだい! 本当に! 栄星の爺さんにそっくりだよ!」


「ありがとうございます!」

「褒めていません!」


 歩夢は不思議そうに首を傾げる。


「でも、目標を掲げろって。最初に達成すべき目標は、下着の持ち主に返すことだと思った」


「下着を掲げろとは言ってません! 持ち主の気持ちを考えなさいって言ってるんだよ!」


「もろちん考えた。見つかって良かったって思うかと」

「そんな単純なことじゃありません!! もっと人の気持ちを学びなさい!」


「はぁ……」


 歩夢は歩夢なりに考えた結果だったが、学園長にはまったく通じていないようだ。


「ほら、着いたよ。学園の案内はクラスメイトにやってもらい。私はここまでだよ。約束は守ってもらうからね」


「分かりました」

「本当に分かってるのかい?」


 学園長は念押しする。


「軍人だったことと、復讐するってことを言わないようにする」


「そう。私は気にしないけど、他の人は気にするからね。あと言葉遣いもコロコロ変わって変だよ」


「すみません。栄星さんたち以外と話すのが慣れてなくて」

「早く慣れて下さい」

「はい」


 学園長がドアをノックすると、「はーい!」と爽やかな男性の声が返ってきた。


「ムヘッド先生。転入生をお連れしました」


 足音が近づき、勢いよくドアが開く。


 姿を現したのは、若い男性教師と思われる人物だった。


 彼は歩夢の右腕に一瞬だけ視線を止めたが、すぐに左手を握り、満面の笑顔で言った。


「やぁやぁやぁ! こんにちは! 待ってたよ! 僕はムヘッド・クルマード。この救済者クラスの担任だよ! よろしくね!」


 勢いよく腕を上下に振られ、歩夢は少し戸惑う。


「ども。お世話になります」


 ムヘッドはやや太めの体型に銀色のメガネ、チリチリとした髪が特徴的な男性だった。


「では、ムヘッド先生。彼をよろしくお願いします」


 学園長が告げると、ムヘッドは「あ、学園長。いらっしゃったんですね! 了解です! お任せください!」と笑顔で答えた。


 学園長は眉間に皺を寄せ、「さっき声かけたでしょ」とぼそりと言い残して去っていった。


「じゃあ、中に入ろう。みんなが待っているよ」

「はい、失礼します」


 こうして、歩夢の学園生活は幕を開けようとしていた。

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