第18話 タイゾーの原点

タイゾーは器用にイワシを手開きにする。身がやわらかいので優しく扱わなければ身崩れしてしまう。1ケース30尾入りを夢中で仕込む。

 

 頭と内臓を取ったイワシを水洗いしたら、腹を手前にして持ち、左の親指を腹の中に入れ、背骨のすぐ上に身と背骨が分かれるようにグッと押し込む。

 押し込んだ右親指を背骨に沿うように頭側に動かす。次に左親指を尾っぽの方に動かし身を開く。腹開きされたら、やさしく背骨を外す。それを30回繰り返すわけだ。

 

 何かに夢中な時はタイゾーにとって楽しい時間だ。このイワシを刺身で売るか?パン粉つけて揚げるか?

 この鮮度と脂のノリはぜひ刺身で提供したい。

 仕入れに応じた売り方を考えるのも楽しい。


 佐山店長のときはまったく裁量権がなかった。佐山は若いタイゾーを奴隷化し、自分の手足として使うことしか考えていなかった。


 最初の出会いからぶつかってしまったのが大きいのだろう。


 タイゾーは高卒新卒で株式会社スタイルイーツに入社して4年経つ。

 ずっとこのサイタマ新都心オオミヤ店勤務だ。

 

 最初の店長の羽鳥さんは良かった。引っ込み思案な自分でもお客様の前では明るく堂々と振舞えるように育ててくれた。自分が料理好きで手先が器用なところは誰よりも認めてくれた。

 

 いま思えば高校を出たばかりのガキんちょなのに、自分の時間を犠牲にしてまで手取り足取り細かく教えてくれたものだ。自分がアルバイト達に教える立場となったのでよく分かる。

 ヒトにシゴトを教えるのは大変な労力を使う。

 そんなの面倒くさいし自分でやちゃった方が早い。

 「覚えたければ自分で見て覚えな。」という世界でもある。


 その最初の店長、羽鳥さんは手腕を買われ、居酒屋”新世紀”シンジュク3丁目店に移動したのち、1年後に亡くなった。

 居酒屋”新世紀”シンジュク3丁目店は当社売上第1位の年間3億5千万円を誇るメガ店舗だ。


 羽鳥さんは糖尿もちだったので不摂生がたたって脳梗塞になったのが死因だとカイシャは語った。

 

 ウソに決まってんだろ。激務で過労がたたったに決まってる。

 羽鳥さんは独身だった。

 訴えられそうになる前にカイシャは相当なお見舞金を羽鳥さんの親御さんに渡したので、事が大きくならなかったという黒い噂が流れている。

 

 あんないいヒトが……。

 なおさら、つぎの店長佐山のクズぶりが際立ったのは言うまでもない。


 羽鳥さんは接客の極意を教えてくれた。お客様に怒られてオレが腐っているとき羽鳥さんは教えてくれた。

 「タイゾー、店はステージ、お前は役者だ。接客力は演技力だぞ。」

 

 「接客でクレームもらう従業員てのはな、だいたい地でお客様に接しちゃってるんだ。

 われわれは銭もらってハタラいてるんだから。シゴト中に素でいるなんてのは失礼の極みなんだよ。演技しなきゃ。

 星の数ほどある飲食店の中から偶然にも居酒屋”新世紀”サイタマ新都心オオミヤ店にたどりついてきたお客様の奇跡に贖うあがなためにな。」


 最後は意味が良くわからなかったけど、ココロにしみた。われわれは、砂の数ほどある店の中から、奇跡的にうちの店を選んで来てくれたお客さまを歓待しなければならない。


 最近はカズト店長が同じようなことを言うので、羽鳥店長のことを思い出すことが多いのかな?


 「タイゾーさんの接客は素晴らしい。お客様を優しい目で見ていらっしゃる。ホールに出るとすぐにその笑顔の演技ができるね。」

 カズトには良く褒めてもらえる。

 


 イワシの仕込みを片付けたら、本日の朝礼をして営業を始めよう。


 サイタマ新都心オオミヤ店は本日も満員御礼。


 最近はアディーに刺身場を任せて、タイゾーはホールに出る。


 満員のお客様がうまくさばけて、お店がつつがなく廻っている時は一従業員としても楽しい。


 「あんちゃん、これ頼んでないで。」

 コワモテでガタイの良いサラリーマンに呼び止められた。

 「確認します。少しお時間頂けますか。」


 「お時間ないから言うとるんや。」

 あれ、突っかかってきた。お客様の態度からも不穏な空気感がにじみ出ている。


 「申し訳ございません。すぐにそちらの品を下げさせて頂きます。」

 タイゾーが笑顔を張り付けて間違えた商品をさげようとしてそのお客様と相対した。


 「なんで、違うもん持って来たん、理由を教えてくれや。」

 そのお客様はタイゾーを凝視し値踏みしている。ヤバイ方向に流れはじめている。


 タイゾーはさらに厚い笑顔を張り付ける。

 「間違った本人に聞いてみないとわかりませんが、卓番を勘違いしまったのかもしれません。商品を持ち帰って調べます。申し訳ございませんでした。」


 「おいあんちゃん、その商品気付いたの5分くらいしてからなんで、さんざんわれわれの飛沫が飛び交った後やけど、それそのまま持って行くんかい?オレコロナ持ちかも知らんで。」


 「そーですねー。」そういわれるとちょっと悩んでしまう。


 「置いていけや。逆にそれそのまま持ってたらネットで拡散するデ。」


 そこまで言うと脅しじゃないか。

 仕方ない。

 タイゾーはさらに強引に自分の顔に笑顔の型を貼り付けた。


 「では、こちらお客様でお召し上がりください。」


 あとでカズト店長に報告しなければならない。

 でも、たいがいあのロボット店長はその場に居なくても、店で起きていることをすべて把握している。

 そう思って天井の方をみると小型のホバーパイルダーが旋回しているじゃないか。


 タイゾーは少しほっとした。その場を離れしばらくは他のお客様のところに商品を運んでいると、あのお客さんの卓番の呼び出し番号が鳴っている。


 また一番近くに居てしまったので、タイゾーが行った。

 飛んで火に入るのは、百も承知だ。


 「おっ、さっきのあんちゃん、話しがはえーや。この刺し盛りのトクトクお得セット見てみい。こんな長い髪の毛が入ってるで。」女性の髪の毛だろうか。かなり長い髪の毛を見せられた。

 「どないなっとるんや、この店の衛生管理は。」


 「大変申し訳ございません。」

 「どうしてくれるん、や。」

「こちらの商品お取替えします。すぐ作り直すので少しだけお待ちいただけますか。」

 「すぐゆうても、10分・15分はかかるんやろ。待ちたくないんや。これサービスしてくれればいいで。」


 タイゾーは揺れる。向こうの言うままにするのも気が進まない。

 このお客様のガラが悪く、言葉づかいや態度が横柄だからだろう。

 

 ほんとうに、髪の毛が入っていたのか?隣のロングヘア―の女性の髪の毛の可能性が高いのではないか。


 コワモテのサラリーマンの隣で、言ってみれば80年代風のボディコン服を着た女性が佇んでいる。


 しかし、タイゾーには入社時に受けた研修の言葉が頭から抜けない習性がある。

 1. お客様の言うことは常に正しい。

 2. もし、違うと思った場合は、1に戻れ。


 お客様を疑ってかかったら始まらないので、言うことに従うしかない。

 ココロの声が顔に出ないように一所懸命笑顔を貼り付けてお客様に対峙する。


「かしこまりました。こちらのモリモリオトクセットはサービスさせていただきます。」


 納得はいかないが仕方がない。お客様の言うことを否定してはいけない。

 また、見た目で判断してはいけない。


 しかし多分、このお客様はサイタマトライビトだ。


 ここ2年でサイタマ市は、人口が大爆発した。


 2年前、トウキョウダイバで原因不明の放射能拡散があった。微量ではあったが風評被害もありトウキョウ南部に住んでいたヒトの多くはサイタマに流入した。


 だから、ここ2年でサイタマに流入してきたヒトを揶揄してサイタマトライビトと呼ぶ。


 以前からサイタマにいるヒトたちは、自らをサイタマネイティブと呼ぶ。

 コトバ遊びの段階ではあるが、サイマタ人のなかでビミョーな差別意識を醸成している。


 サイマタトライビトは、トウキョウから流れてきた人が多い。

 精神的にも経済的にも大変な思いをしているので精神的に病んでいる場合も多く、ガラが悪い、気が荒いなどと言われる。


 このカスハラ的なクレームの付け方はサイマタトライビトであろう。


 最近特に話題に上がるので意識しだしたが、よく考えると、この前カズトが店長宣言したときのきっかけになる文句を言ったお客様もサイマタトライビトの臭いがする。


 自分だけでは対処しきることが出来ない、カスハラレベルのクレームが増加しているのだ。


 今回の件もはっきり言ってカスハラだ。

 しかし、こちらからことを荒げるわけにはいかない。商品のサービスで納まるのならそれで妥協してことを進めて行かないと、他のお客様へのサービスがとどこおる。


 タイゾーは一礼をして、その場を立ち去ろうとした。

 「あんちゃん、話しが分かるなー。よく見ると男前だしメガネが似合うねー。ここで何年くら勤めてるの?」

「4年くらいになります。」

 「男前だから彼女おるんでしょう。」

 「彼女はおりませんし、男前ではありません。」

 タイゾーは自分の顔は1つ1つのパーツが小さくあっさり顔なのでぜんぜん自信がない。

 このお客さん自分をかまいたいだけなのだ。

 「あんちゃん、笑顔がステキだぜ。あのおっぱいの大きい店員の娘と付き合ってるんじゃないの?」

 あおいのことか。完全にかまわれている。あおいはイケメンの悠斗あたりとがお似合いで自分なんかでは釣り合わない。

 

 「ねーカッコイイお兄さん、このビールと唐揚げも返品てことにしといてよ。このビールなんか泡が全然なかったし、唐揚げなんか中が冷たかったのよ。」

 80年代ワンレンボディコン風の連れも参戦してきた。

 ビールは最速でカズトが運んでるし、ラフマンも熟練しており、唐揚げが冷たいなんてこともまずありえない。


 「私たちクレーマーじゃないよね。個人的な感想を述べているだけだからね。でもこのこと今投稿してるけどね。」と言いながらワンレングスの長い髪をかき上げながらスマホをポチポチ打ち込む。

 「店長にバレなきゃいいじゃない。あんたバイトでしょ。打ち込まなくていいから生中2つ持ってきて」


 「それはできません。」タイゾーはきっぱり言う。

 「おまえバカじゃないの。店の犬になっても給料上がんないよ。バカまじめか?」


 「おまえオレのこと知らないの?見たことない?」

 急にそんなことを言われるのでタイゾーはマジマジとそのクレーマーの顔を観察した。


 クッキリ大きな目と大きな鼻が目につく。金髪のツンツンヘアーでダボダボのシャツとズボンのいかにも派手ないで立ちだ。

 「おまえYouTubeとか見ないんか?オレ今話題のトライ系ユーチューバーなんだけどな。サイタマに住んでるのにオレ知らないなんて、おまえモグリだな。オレたち敵に廻したら大変だよ。このことも拡散するからね。登録者が多いから仕方ないんだよねー。拡散になっちゃうのよ。」と言いながら視線はスマホにある。


 もはや完全に脅しだ。タイゾーがヒトの良さそうなのを見越してかまっている。

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