第9話 「君は、エルフという種族を滅ぼすつもりかい?」


『エルフという種族を滅ぼすつもりか?』


 一個人に向けられる問いではない。

 国家の代表か、軍の最高指揮官に突きつける類のものだ。

 それでもアンヌは真面目に考え込んだ。実行できる力があるがゆえに。


「条件付きでノー。現時点のわたくしの標的は、わたくしに領民を献上せよと脅迫してきたリアド湖畔の森のエルフのみ。ただし、あなた達があのエルフ達とつるんで敵に回るなら戦わざるを得ない」

「そうか。とりあえずは安心したよ」


 ジーボルグは微笑したが、その目はまだ笑ってはいなかった。


「続けて問いたい。君の中にある、『殺すか殺さないかの基準』についてだ。

 『強い者は弱い者を殺しても良い』、イエスかノーか?」

「ノー」

「『弱い者は殺されても仕方はない?』」

「イエスともノーとも言えない」

「その心は?」

「弱者は強者に生殺与奪の権を握られる。世界の現実はそうなっている」

「『人を殺す際、殺される覚悟は必要か?』」

「イエス」

「『自分が殺される覚悟なしに他人を殺す者をどう思うか?』」

「『殺されても仕方がない』と思う」

「『自分も殺される覚悟があれば他人を殺してもいいか?』」

「ノー。明確にノー」


 断固たる拒絶。ジーボルグは興味深げにアンヌを見た。


「しかし君は人を、今回の場合はエルフを殺している。相手に殺されるだけの非があるにしろだ」

「覚悟は殺人の免罪符ではないわ。どんな理由があろうと殺人許可証はあってはならない。その上で、殺人を重ねた私は地獄に堕ちると確信している」

「ではさらに問おう。『自分の領民1万人のために他国の国民10万人を皆殺しにしていいのか?』」

「場合による。侵略戦争を仕掛けた側は侵略し返されても文句は言えない。言ったとしても聞いてやらない」

「変わらないなあ……」


 ひとしきり聞くと、ジーボルグは目を細めて微笑んだ。

 紅茶をすすり、旨そうに焼き菓子をかじる。


「君は変わらず美しい。その思想も、優しさも、苛烈さも」

「今の問答で優しさを感じる要素なんてあったかしら?」

「僕にとってはね。ジュリエッタ姐さんも同じ感想を持つと思うよ」


 アンヌも紅茶を飲み、チョコレートケーキを切り分けて口に入れた。


「もしも君が正義を標榜していたら、どうしようかと思っていた。その時は全面戦争になるだろうから。でも違った。君は昔と変わらず正義の御旗を掲げることはない。少なくとも現段階において、僕らは話し合える」


 それは危険な発言だった。

 皮肉とも、当てこすりともとれる。あるいはアンヌを愚弄していると取らても不思議ではない。

 アンヌはジーボルグの碧い瞳を覗き込み、薄く笑った。

 そこには覚悟があった。アンヌと同じ、本物の覚悟が。200年以上も昔に組んだ時と同じように。


「そうね。これからもそうであることを願うわ」

「 “集落”の奴らは、君のルールを踏み越えた。だから報復された。僕らはまだ踏み越えてない。だから対話できる。そこまでは了解した。

 ではこの件、どう幕引きする? 君は最終的には、“集落”のエルフ全てを皆殺しにするつもりか? 責任能力のない幼子も含めて――1人残らず?」

「そうね……」


 アンヌは少しだけ考え、静かに答えた。


「6歳以下は見逃してもいいと思ってる」

「6歳以下。7歳以上がダメな理由はあるのかい?」

「わたくしが自らの意志で、『意思疎通のできる相手』を殺したのが7歳になってからだった。その時の相手は魔族だったけど」

「生の体験か。例えばだが、10歳に引き上げるつもりは?」

「ない。それとガキは残酷だから。6歳以下の子供でも、人間の奴隷を自らの意思でひどい目に合わせた者は殺さざるを得ない」


 アンヌの黄土色の瞳は断固たる意志を宿していた。

 こうなったアンヌは、金や権力は逆効果。情ですらも動かせない。止められるのは力だけだ。それも、彼女を上回るほどの力。

 その力を、ジーボルグ側は持っていなかった。


「そこを止めようとしたら、こちらも殺される覚悟が必要になるか」

「当然」

「仕方ないな。ともあれ、我々は責任能力のない“集落”の子供たちは保護したい。

 ただ、その子供たちが成長して君への復讐をたくらんだ場合、その子を育てた我々の国はどのような責任に問われる? 

 そこははっきりさせておきたい。難民を迎え入れる以上は国民に準じる扱いになる。育てれば情も移る。君と喧嘩するなら切り捨てる、と簡単に割り切れなくなる。しかし君とは戦いたくない」

「ふふふ」


 アンヌは笑う。


「先々まで頭が回るところは好きよ。ほんと、立派な皇帝様になったわね」

「教皇だから」

「あっ。失礼。わざと間違えてるわけじゃないのよ、本当よ」

「余計にタチが悪いと思うけど」

「話を戻しましょう。

 子供達には復讐する権利がある。わたくし個人だけを狙うならその子を排除して終わり。殺さないで済むなら殺さないで返すわ。

 でも、わたくし以外の者に、例えば領民や、わたくしの屋敷の人間、その他わたくし以外の人間にいやがらせの刃を向けるなら、刃を向けた者は殺す。

 それと暴力以外の絡め手、たとえば貿易封鎖とかの非殺傷的な方法での報復なら都度都度考えて“平和的”に対応するわ。

 わたくしの暴力は、理不尽な暴力に対してしか用いない」

「妥当な落としどころだ。できれば書面にして欲しい。写しを作って難民を保護してもいいという国の王たちに回覧したい」

「お安い御用よ」


 交渉がまとまり、アンヌは笑った。ジーボルグも苦い笑みを浮かべた。

 全員は救えない――ここまでが限界だと飲み込んだ、為政者の笑みだった。


「ああそれと、言い忘れていたがアンヌ。

 我々エルフ族は、人間族よりも成長が遅い。これはいいかな?」

「ええ。常識でしょう。それが何?」

「人間で6歳相当に成長するまで、エルフの場合は産まれてから15年かかる。ここもいいかな?」


 そこまで言われて、アンヌは苦笑とも微笑ともつかぬ顔になった。一本とられたという顔だ。


「いいわ。人間換算で6歳相当。産まれてから15歳以下のエルフは見逃してもいい。譲歩しましょう」

「良かった。死人は少ない方がいい」

「でもねジグ。あなた、さっきからずっと、私が“集落”の連中に勝つ前提で話をしているけど――」


 遠くへ、リアド湖畔の森の方角に視線を向け、アンヌがつぶやいた。


「あいつらが勝つことも有りうるのよ」

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