第7話 「あなたが喜んでくれることを祈ります」

 寒さと息苦しさに押し潰され、アランは自分が死ぬのだと思った。だが突然息苦しさから解放され、大きく咳き込んだ。身体はどこかに浮いていて不安定だ。震える手を動かすと、何かを掴んだ。縋る思いでそれを握り、上手く動かない身体を近づけた。

 はっと目を開けると、アランは壊れた小舟の破片にしがみついて、川を流れているところだった。

(何が……どう、なって……)

 荒い息すらも冷たい。より状況を把握しようと目を動かすが、川と壊れた小舟とその破片たちがあるだけで何も分からない。虚ろな脳を動かすが、たったそれだけでまた限界を迎えたらしい。アランの意識は再び闇へと戻った。

 しばらくして、アランの意識は闇から浮上する。最初にアランが分かったのは、何か温かいものに包まれているということだった。身体に浮遊感は無いが、柔らかいものの上に寝転んでいるようだ。嗅いだこともない華やかな香りがする。ゆっくりと瞼を開けると、均一に白く塗られた天井が目に入った。

(何だ、ここ)

 起き上がろうとして、身体のあちこちが痛み、元の位置に戻る。柔らかい枕が頭を受け止め、ぼすんと音がした。どうやらベッドの上にいるらしい。それも、かなり上等で広いものだ。目だけを動かして周りを見る。壁には植物の模様が描かれた壁紙が貼られ、燭台が取り付けられている。ベッドから離れたところには、小さなテーブルが一つと椅子が二脚置かれていた。天井は高く、窓は一般的な木窓ではなく硝子窓だ。外には木々の立つ庭が広がり、空は夏の青空で、太陽が白い光を降らせていた。窓の両端には厚い布が一枚ずつ垂らされており、貴族の護衛をした時に聞いたカーテンだと気づく。つまり、アランは今、貴族の屋敷の、ある一室にいるようだった。

 周りから音は聞こえない。アランの呼吸音と小さな心臓音だけが聞こえていた。状況が理解出来ない。どうして自分はこんなところにいるのだろう。最後の記憶は、おそらく夢かもしれないが、川に流されていたもののはず。その前は──。

 思い出そうとしたその時、ようやく別の音が聞こえてきた。部屋の外だ。音の軽さからして女性のものだ。重厚な扉が、そっと開かれる。軋む音の鳴らない扉を見るのは初めてだった。

「入るわよ〜、っと」

 女性の小声だ。声の主は扉の隙間から身を滑り込ませると、軽い足取りでベッドまで近づいて来た。そして、アランの青い目と目が合う。アランは彼女の容姿を見て、後頭部を殴られたような思いになった。

「わっ!何だ、起きてたのね。やっぱりベルトランの子じゃない」

 白い髪。黄色の目。十代の少女。黄色の目には、アランの憔悴しきった顔が映っていた。

「……あ…………」

 アランの喉の奥から、声が漏れ出た。

「あ、ああ!!あああっ!!」

「えっ、何、どうしたの!?」

 思い出した。アランは守れなかったのだ。死んだのだ。姉は、ミレーヌは、首を切り落とされた!

 ベッドの中で頭を抱え、泣き声を上げるアランに彼女は困惑している。止めたくとも、アランでもどうしようもできないものだった。

「姉ちゃん、ああ、ごめんなさい!俺、何も、う、ああっ!!あああっ!!」

 そこにいるのは姉ではない。だが、彼女の黄色の目に見られると、姉に見つめられていると錯覚してしまう。

 彼女はひくついた笑顔で、無理矢理口を動かし続けていた。

「やだやだやだ、本当にどうしたの?私、何かしちゃった?ああもう、そんなに騒がないで。今、とっても怖い人がいるんだから!聞かれたらどんな──」

 彼女の声に被さるように、扉が強く叩かれた。

「何を騒いでいるんですか!次期当主としての矜恃はどうしましたか!」

「ああん、もう!来ちゃった!」

 彼女は扉に向かって声を張り上げる。

「どこをどう聞いたら私が騒いでいると思うの!?男の子の声じゃない!」

「その男の子というのを騒がせているのはあなたでしょう!入りますよ!」

「お祖母様、待って、彼とっても混乱してるみたいだから刺激しない方が──!!」

 彼女は扉の鍵を締めようとしたが、それより先に扉が開いてしまう。入って来たのは、細身のドレスを纏った老女だった。彼女もまた、白い髪と黄色の目を持っている。そしてその姿を、アランは知っていた。アランの喉が絞まる。「ひっ」と高い声が出た。それから呼吸が浅く激しくなって、胸が苦しくなる。

「過呼吸!?お祖母様、あなたが刺激するから!」

「私に言っている場合ですか!ブランケットで口を塞いであげなさい」

 老女に指示を出され、彼女はブランケットの端でアランの口と鼻を包み込むように塞いだ。少しずつアランの呼吸も治まり、胸の苦しさも薄れてく。目からは数滴の涙が零れ、視界は歪んでいた。

「お、落ち着いた……?」

 彼女がアランの顔を覗き込む。アランは咳をして、弱々しく頷いた。

「良かったーっ!」

 彼女は安堵の息を吐くと、アランにブランケットを掛け直した。それに老女が厳しい顔で尋ねる。

「マエリス、説明なさい。彼は誰です?ベルトランの者のようですが、私は彼を見たことがありませんよ」

「きっと野良の子よ」

 彼女──マエリスはアランの腹の辺りを厚くて軽いブランケットの上から叩く。それはとても優しくて、頭を撫でられた時と同じ気分になる。

「君も大変だったわね。ここはブランシェ領オルクスよ。覚えてる?川を流されていたのよ。私が見つけなきゃ、君はまだ川の中で、今頃は魚になっていたかもね」

「……川?」

 掠れた声で聞き返すと、マエリスは「そうよ」と頷いた。

「舟が壊れてたわ。事故に遭ったの?」

「事故……?違う、俺、俺は……」

 青い目は、揺れながら老女へと向いた。老女は常に眉根を寄せている。その眉が、ぴくりと跳ねた。

「あなた、どこかで……」

「あら。お祖母様、知り合いなの?じゃあ野良の子じゃないのね」

「いいえ。ベルトラン家との場で彼を見たことが無いのは確かです。けれど……」

 二人の会話をよそに、アランはもう一度起き上がろうとした。気づいたマエリスが慌てて止める。

「何をしているの?君、身体中が痣だらけだったのよ。お医者様にもまだ診てもらってないの。ちゃんと寝てて」

 アランは髪が乱れるのも構わずに首を横に振った。この時、髪紐が解けているのに気づいた。流されている時に取れたのかもしれない。

 アランは両手をついて何とか上半身を起こし、老女と目を合わせた。それから頭を下げた。

「ごめっ、ごめんなさい……!」

 老女は目を丸くし、マエリスは困惑の声を上げた。

「どうしたの?君、うちのお祖母様と知り合い?ええ?もう訳分かんないわっ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!俺のせいなんです!」

「何を謝っているのか分かりません。落ち着きなさい」

 老女に窘められる。彼女に視線を寄越され、マエリスはアランを強制的に寝かせた。老女はベッドに近寄ると、アランに尋ねた。

「何があったというのですか?そしてあなたはいったい……」

 アランの口の中は乾いていた。唾をもう何度も飲み込んでいたからだ。いや、もしかしたら唾ではなく、胃液だったかもしれない。涙の滲む目で老女を見上げ、重々しく口を開いた。

「俺は、アラン・ペリエです」──老女がハッと息を飲んだ音がした。「ミレーヌの血の繋がらない弟です」

「えっ、ミレーヌって私の行方不明の従姉妹の名前よ!なんで君が?」

「マエリス、今は黙りなさい!……あなたは、あの子の?嗚呼、それではあなたは、あの時に後ろに庇われていた子ね?」

 老女は胸を手で押さえ、血の気の引いた顔をしてさらに尋ねた。

「あの子に、ミレーヌに、何かあったの?」

 アランの沈黙に、老女は口を押さえる。彼女には察することができたのだろう。だが、言葉には出さず、ただアランの口から聞く真相を待っていた。

 温かいベッドにいるはずなのに震えは止まらず、寒かった。アランの指先が助けを求めるように白いシーツを握った。

「姉ちゃんは……ミレーヌは……」

 たった一言が、まるで鉛のように重かった。しかし言わなければならない。アランがこの人からミレーヌを奪ったのだ。アランが握るシーツの皺が、一層濃くなった。

「殺されました」

 それを聞いた途端、老女は後ろにフラついた。マエリスが「お祖母様っ!」と駆け寄って支える。

「そんな……ミレーヌまで……?嗚呼、あの時に……あの時に連れ戻せていれば……!!」

「ごめんなさい、俺のせいなんです!俺がいたから、姉ちゃんはずっとあの町にいるって言ってくれたんです!俺の……俺のせいで……!!」

「何ということ……どうしてこのような……何故……嗚於、ミレーヌ……っ!!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 泣き崩れた老女と、謝り続けるアランに挟まれて、マエリスも泣きそうな表情になっていた。

「お祖母様も君も!落ち着いて!何が何だか分からないわよっ!」

 彼女の悲痛な叫びは、少なくとも老女を我に返したようだった。涙を拭いて、老女はよろりと立ち上がった。咳払いをして呼吸を整えたが、声から震えは消えなかった。

「アランさん。ミレーヌは、いったい何者に殺されたのです?何があったのですか?」

 アランは謝罪する声を止めて、囁くように、路地裏での出来事を語った。嗚咽や混乱も混じり、要領の得ない説明だったが、ミレーヌが怪しい男たちによって殺され、その男たちは依頼によって実行したことは理解してくれた。そして男たちに依頼をしたのはガルニエ公爵だ。その名の意味を、アランはちゃんと覚えていた。

「ガルニエ公爵って、エトワール叔母様の嫁ぎ先じゃない……じゃあ、私の従姉妹は父親に殺されたっていうの……?」

 マエリスは信じたくないようだった。アランもこのような現実を信じたくはなかった。しかし、目を瞑ると、無残な姿となってしまった姉が過ぎる。目を背けるなと、現実を見ろと強く主張しているようだった。

「お祖母様……っ!やっぱり中央はもう、私達のこと……!」

「……ええ、そうでしょうね」

 頷いた老女の目には未だ涙が滲んだままだったが、先ほどとはどこか温度が違った。マエリスは両手で顔を覆い啜り泣いた。その声がミレーヌに似ていて、アランの胸は締め付けられる。二人の話は分からないが、どうにか慰めたかった。そうすれば、少しでも楽になれる気がした。だが、アランより先に老女が口を開く。今度はアランに向けられたものだった。

「アランさん、紹介が遅れましたね。私はマチルド・ブランシェ。今代のブランシェ家当主です。この子はマエリス・ブランシェ。私の孫で、次期ブランシェ家当主です。そしてミレーヌは、私の娘であるエトワールの子。私の孫です」

 目を伏せて彼女は続ける。

「……あの子があなたの姉になるまでの期間、何があったのか私には知り得ません。けれど、あの子はあの町を自分の場所だと言い、周りも受け入れた様子だった。それは決して悪いことではありません。あの子を独りにせずにいてくれたことに、祖母として、ブランシェ家当主として感謝を」

「……違う。俺は……」

「否定はお止めなさい。あなただけでなく、聞いているこちらも傷つくものですから」

 アランは唇を噛んだ。そうしないと、また否定の言葉が出る気がしたからだ。マチルドの顔はもう見れなかった。彼女はどんな表情で言っているか知る術は無い。

「まずは、あなたは身体を休めなさい。いいですね。余計なことを考えれば、それだけ治りは遅くなりますからね」

 アランが頷いたのを見ると、マチルドはマエリスを伴って部屋を出て行った。扉が閉じると、あとはまた無音に戻る。

 考えたくなくても、余計なことというものは脳を埋め尽くすものだ。目を瞑っても開けても、アランの心は疲弊するばかりだった。疲れで強制的に眠りに落ちるまで、アランは心の中で己を責め続けた。

 あの時、剣を持っていれば。あの時、一緒に逃げていれば。あの時、家を出るのを止められていれば。あの時、あの時、あの時──。

 どれだけ考えても、もうやり直せないというのに。

 目を開けると、アランは暗闇の中にいた。いつの間にか眠っていたようだ。窓から淡い月明かりが差しているのを見て、ようやく今が夜なのだと知る。起き上がる気力も湧かず、ぼうっと天井を見上げていた。

(俺は何で生きているんだろう?)

 ふと疑問が湧く。あの時、アランは男たちに殺されなかった。彼らは剣を持っているのにも関わらず、アランにそれを向けずに、ただ素手と足で暴力を奮っただけだった。そのまま放っておけば死んだかもしれないが、彼らはそうせず、わざわざ舟に乗せて川へと流した。もしかしたら彼らとは別の誰かがやったかもしれないが、それもおかしな話だ。路地裏で倒れている人間をわざわざ舟まで運ぶだろうか。

 アプリクスのすぐそばには南の方へと川が流れている。あの路地裏は川への近道でもあった。だがその川の中は岩も多く、橋もあるから桟橋も舟も無かったはずだ。

(誰かがこのためだけに舟を用意した……?)

 結局途中で岩にぶつかったのか壊れてしまったようだが、明らかにアランを生かす意図を感じられる。これもガルニエ公爵の依頼だというのか。だとしたら何故。実の娘を殺し、アランを生かす理由とは何だ。

 分からないことだらけだった。答えを見つけたくとも、情報が足りない。マエリスとマチルドは、アランよりかは知っているようだった。明日、聞かなければならない。アランは拳を握る。もう何も変えられないのなら、姉の無念を晴らし、彼女の転生に支障がないようにすべきだろう。そう、今のアランがすべきことは、復讐だ。

 外でフクロウが鳴く。月は雲に隠れて光を閉じた。暗い夜が、アランを包み込んでいた。

 肺の底から息を吐き出し、天井を見上げる。涙は滲んでいないのに、視界がぐにゃりと歪む。歪みを消すために瞬きをして──次に目を開けた時には、朝になっていた。

「…………あ、れ」

 またいつの間にか眠っていたらしい。昨日よりも痛みは引いており、アランはゆっくりと上半身を起こした。自分の身体を見下ろして、今更ながら服が新しいものに変わっていることに気づいた。柔らかいのにサラサラとした手触りで、平民が着ていて良いものではなかった。皺を作らないように注意して、ヘッドボードへ頭と背中を預けた。肺の中に籠っていた空気が口から漏れる。ブランケットを臍の下まで引き上げた。朝の祈りの言葉を口にすることは、頭からすっぽりと抜けていた。

 外からは鳥の鳴き声が聞こえる。昨日のことが嘘だったように、ここは平和だった。しかしアランの胸の奥はそこから程遠いところにいた。

 復讐をしなければならない。姉を殺した者に、姉が許せなかった国に。そうしなければ、姉はこの世を魂となって彷徨い続け、転生も出来ない。アランの罪も許されないのだ。

 アランは暗い思考の海へと落ちていく。まずは何をすればいいのか──その意識を引き止めたのは、控えめに扉を叩く音だった。返事をすると、音に違わない控えめさで扉が開かれた。部屋に入って来たのはマエリスだった。

 持つ色はミレーヌと同じだが、こうして改めて見ると全く似ていなかった。ミレーヌの目が垂れていたことに対して彼女の目はつり気味であるし、ミレーヌの髪は背中半ばほどあり、胸の前で結んでいたが、彼女の髪は腰近くまで伸び、数束に分けられて、螺旋を描く形になっている。そして頭の左には青い髪紐が結ばれ、彼女が動くたびに揺れ動いていた。

「おはよう。起きていたのね」

「おはよう。昨日は……その、ごめん」

「……しょうがないわよ。むしろ、今が落ち着き過ぎて驚いてるくらい。ねえ、ご飯はここでいいわよね?食堂まで歩けないでしょ」

「うん、それでいいよ」

「それじゃあ後で誰かに運ばせるわね」

「うん」

 喉にひりつく痛みがあって、アランは眉根を寄せた。長く喋るのは避けた方が良いかもしれない。

 アランの表情を見て何を思ったのか、マエリスは椅子をベッドのそばまで持って来た。椅子に座り、アランに話しかける。

「君は、何で自分が助かったと思う?」

「マエリス……マエリス様に助けてもらったから、じゃないんですか?」

「マエリスでいいわ。私、堅苦しいのってどうも苦手なの」

 変な貴族だ。そういうところは、ミレーヌに似ている。

「普通の人間だったら助かってないわよ。昨日の君の話が本当なら、あの川の上流は水の中が岩だらけって話でしょ。舟が壊れて投げ出された時に、岩に頭を打って死んじゃっていたかも。そうじゃなくても、溺れていたでしょうね」

「……何が言いたいんだ?」

 彼女は自分の膝に頬杖をついた。螺旋状に整えられた長い髪がふわりと揺れて、花のような匂いがした。

「君、眷族って知ってる?」

「けんぞく……?」

 聞いたことも無い言葉だった。言葉を話し始めたばかりの子どものように、拙い発音で繰り返す。どんな意味なのか推測すらできず、アランは首を傾げた。

「君、やっぱり野良の子なんだ」

「何の話?」

「じゃあ特例貴族は知ってる?」

 畳み掛けるような質問に、今度は頷きを返した。

「ブランシェ家とベルトラン家、だろ」

「うんうん。王国民なら知ってるわよね」

「それで……」

 アランは痛む喉を庇うように、もしくは過ぎ去った暖かい過去を懐かしむように、細い声で言った。

「……ブランシェ家の人は、みんな白い髪と黄色の目を持っていて、ベルトラン家の人は、みんな黒い髪と青色の目を持っている」

 初めて会った時、ミレーヌが教えてくれたことだ。あの時には既に彼女はボロボロで、それは何も見た目のことだけではなかったのだと、昨日の叫びを聞いて知った。もっと早く知っていたら、何か変わったはずだ。

「驚いた。君、平民として過ごしていたのに、よく知っていたわね」

 アランは無意識に落ちていた視線を上げ、マエリスを見た。彼女は意外そうな顔をしていた。

「……聞いたから。……姉ちゃん──ミレーヌに」

「あ……そう、なの。そうよね。あの子も教育を受けていただろうし……」

 マエリスは頬杖をつくのを止めて身体を起こすと、膝の上で手を握った。彼女は間を置いてから話を戻す。

「……ブランシェ家やベルトラン家の人の子であっても、必ずその色が出るわけではない、というのは知ってる?」

 首を横に振って返した。

「さすがにここからは知らないのね。私たちのこの色は、血を引いていても、そう出るものじゃない。だからこそ、この色が出たら両家の中で周知する必要があるの。この色が出たということは、眷族としての力を持っているということだから」

「そのケンゾクって、いったい何なんだ?」

 マエリスは姿勢を正し、誇らしげに答えた。

「始祖様の分身よ」




 アランの身体の痛みはほとんど引いていた。良い環境で三日間休んだことと、医者に臭い薬を塗ってもらったおかげだ。当分は医者の顔を見たくない。

 午後の明るい時間、アランはベッドの上で上半身を起こしていた。

「随分と良くなったわね。もうベッドを出ても良いんじゃないかしら」

 アランの部屋でコーヒーを飲みながらマエリスが言った。彼女はこれまで見た中で一番綺麗な笑みを、彼女の向かい側へと向けた。

「レコット様もそう思いませんか?」

 昼の光すらも弾き返す美貌を持った男が、ついとアランへと視線を滑らせた。アレクシ以上の長身であるのに威圧感が無いのは、その黄色の目が常に慈愛に満ちているからだ。蜂蜜のような甘さをもって、その目がふんわりと細められる。黒い革手袋に包まれた手で、胸の前に垂らした長い白髪を払った。

「ええ。でもあなたが望むなら、いつまでもここにいていいのよ、アランちゃん」

 女性のような口調で、彼は歌うように喋る。彼の名前はレコット。ブランシェ家の始祖だ。彼は一昨日この屋敷──ブランシェ家の迎賓館にふらりとやって来て、アランのことを知ると、この部屋に頻繁に顔を出した。

 アランの「そういうわけには……」と返す言葉は、レコットに話しかけるマエリスの声に掻き消される。アランはぼんやりと、和やかにコーヒーを嗜む二人の様子を眺めた。

 マエリスに助けられて二日目の朝。アランは始祖と眷族、セネテーラ王国との関わりについて教えられた。

 話はセネテーラ王国の建国時まで遡る。隣の大国ウェントース皇国で皇位継承権を巡る争いが起きた。第一位継承権を持っていた第一皇子が敗れ、彼とその一派は皇国を追われる身となった。彼らが逃げ込んだ先は、当時魔境と呼ばれた皇国の西に広がる山岳地帯。彼らが足を踏み入れると、奥からひとりの老人が降りてきた。老人は逃げて来た彼らに話を聞くと、山岳地帯の中央を人が住めるよう一瞬にして削った。老人はその後、皇子たちの建国のため、二人の青年を残して去った。この時の青年というのが、ブランシェ家とベルトラン家の先祖である。彼らはウェントース皇国とは何ら関わりのない血脈であるため、皇国を追われた第一皇子派の貴族たちとは別の身分「特例貴族」を与えられた。その後、青年の子孫たちは王国を見守り、時には助言をして、国の平穏を保つ役割を果たしている──というのが、一般的な建国の話である。

 マルグリットによれば、建国の老人は「魔女」と呼ばれる少女であり、彼女は魔法の力によって人間とは別の時間を歩まされていた。不老となって数百年の時が過ぎた彼女が争いを避けて山に籠っているところに、皇子一派が来たのだ。魔女は彼らに同情して建国を助けたが、心はすでに疲れきっていた。建国を見届けると、幼い頃に魔法で生み出した友人二人を置いて、この世を去った。魔女は転生を信じず、身体を燃やすことなく土に埋められたので、魂はこの地で眠りについた。この魔女の友人二人というのが、建国の二人の青年であり、特例貴族の始祖である。魔法で生み出された二人は、魔女同様に不死ではないが不老だった。彼らは魔女の魂が眠るこの国の土地に争いを持ち込ませないため、自分の分身を生み出して、平穏を維持することに努めた。

 そしてこの分身のことを眷族と呼ぶ。眷族は人間との交配を繰り返して力を弱めていった。彼らもまた不老で、魔女の魂の眠るこの地に居る限り、魔女の魂によって自然に助けられる存在だった。時代を下ると寿命は人に近くなり、不老の力も弱まったが、眷族は眷族。人間ではない。眷族かどうかを知るのに、成長を見守るまでもない。眷族は始祖の外見的特徴を持って生まれる。

 ベルトラン家の始祖ネーレスは黒い髪と青色の目を持っていた。ブランシェ家の始祖レコットは白い髪と黄色の目を持っていた。

『だから、君は眷族なの』

 アランの髪と目を示してマエリスは断言した。

『君はベルトラン家に生まれた人間の子孫で、彼らの中に宿ったまま目を覚まさなかった眷族の種が、時代を経て花開いた子』

 そういった眷族は、両家から離れ過ぎてしまっているため、発見が遅れる。眷族としての教育をされないまま人間たちに囲まれて育った眷族のことを、彼らは「野良の子」と呼んだ。

『そして両家は、本邸に離れた町に迎賓館を持つの。本邸には眷族教育を受けに来た子たちがいるし、何より大切な存在である始祖様が暮らしているから』

 アランが今いるこの迎賓館は、「人間」を本邸に近づけさせないための場所だった。マエリスとマチルドがこの館にいるのは、アランが拾われる先日までここで人間と会う予定があったからだ。そして本邸に帰るその日、迎賓館のある町オルクス近くの川にて、マエリスがアランを発見した。

 眷族だの始祖だの魔法だの、荒唐無稽な話だと笑い捨てられたら良かったが、アランにはその話が正しいという確信があった。明らかに遅い成長、自然は有り得ない色の組み合わせ、有り得ない状況での生存。

『風が良い感じに吹くわね〜!おかげで百発百中!風は私のために吹くっ!』

『風を読むのが上手いんだろ。ほら次、アラン。お前もやってみろ』

『アランも良い風が吹くわよ!……ほら!的ど真ん中じゃない!あなたのために風が吹いたのよ!』

『嘘だろ、本当に初心者か!?』

 弓をアレクシに習い始めたあの時。風を読むのが上手いからだと、才能だと思っていたが、あれもそういうことだったのだ。

 アランは、人間ではない。アランは眷族という、自然に存在しないものなのだ。

(そんなの、居て良いわけがない……)

 目の前でお茶をする二人。どちらも人間にしか見えないのに人間ではない。片方は数百年の時を生きる、正真正銘の──。

「アランちゃん、寝てばかりで体力が落ちちゃったかしら?」

 レコットが優しく尋ねる。アランは「いいえ」と首を横に振った。

「ちょっと、考え事してて……」

「色々なことがあったんだものね。ネーレスちゃんから連絡が来るまで、きっとまだあるわ。焦らず、ゆっくり、思うようにしたら良いわよ。ただ、考え事ばかりじゃダメ。頭が休まらないもの」

 彼は生きてきた年月が長いせいか、とてもおっとりとしていた。本当に同じ世界に生きているのか疑問に思い──否、彼は、彼らは、アランとは同じ世界に生きていない。

 腹いっぱいの食事を三回摂るだけでなく、コーヒーを嗜み、油の残量も気にせずランプを使い、教会外では高価な蝋燭も使う。平民に欲しいものが、ミレーヌが国に求めたものが、この貴族の世界にはあった。だからこそ、ミレーヌをアプリクスに留めてしまったことを酷く後悔している。無理にでもブランシェ家に戻していれば。自分の姉になどならなければ。姉は。ミレーヌは……。だが、アランは知っている。アランよりも悲しむ人がいるのだ。

 ミレーヌの祖母マチルドは、最初に会ったきり部屋に籠っていた。マエリスによればレコットに挨拶はしたらしいが、食事の席にも姿を見せていないという。

「──ちゃん、アランちゃん」

「あ、はい!」

 何度か呼ばれていたことに気づき、慌てて返事をした。アランを呼んでいたのはレコットで、マエリスは唇を尖らせてアランを見ていた。

「顔色が悪いわ。休める時に休んだ方が良いわよ」

「でも、もう十分──」

「ダメよ」

 レコットは柔らかい表情ではあったが、目はそうではなかった。

「ダメ。色々なことがあった後は、もっと休むべきなの。子守唄を歌ってあげましょうか?」

「い、いいです。大丈夫です」

「あら、そう?あたしの歌、ネーレスちゃんに褒められるんだけど……まあいいわ」

 レコットが立ち上がって、アランのそばへと寄って来る。身体が固まって、アランはまともに彼の顔を見れなかった。頭に手のひらが置かれると、触れられたところからじわりと温もりが伝わってくる。緊張が消え、頭がぼんやりとし始めた。瞼が重くなり、瞬きが長くなる。

「顔を見に来て正解ね。やっぱりあなた、危ない状況だもの」

「あ、れ……おれ……」

 口も回らなくなった。起きていたい、眠りたくない。眠れば夢を見る。その抵抗も次第に消えていく。

「あなたの始祖じゃないから、無理矢理になっちゃって、ごめんなさいね」

(俺、何をしてたんだっけ。俺はどうして……)

 重い頭がふらりと揺れて、何か温かいものに支えられた感覚があった後、アランの意識は夢へと落ちていった。

 この三日、アランは唐突に気絶したり、すぐに眠くなったりすることが多かった。意識が落ちて目を覚ます度に、自分の感情が暴れ、それに比例して感覚が遠くなっていくのを感じていた。身体と心が同じ場所から離れているようだった。それからさらに三日進む。そして次に目覚めた時、アランはこれが現実なのか夢なのかも分からなくなっていた。ただ思考だけはハッキリしていて、水の中を揺蕩うような感覚の中、脳は文字で埋めつくされた。レコットが言っていた危ない状況とはこれのことなのだ。でもアランにはどうすることもできない。そんなことよりもこの身体を動かして、復讐をしなければ。方法は、もうミレーヌが示してくれていた。

(反乱軍に入って、王様を殺さなきゃ)

 剣と弓を手に入れなければならない。この屋敷を出て、町へ、外へ、反乱軍のもとへ。反乱軍は、カフェにいる。

 アランの身体はベッドを出た。靴を履き、寝乱れた姿のまま部屋の外へと出る。目の前には長い廊下が広がっていた。この迎賓館は単純な造りをしている。歩いていれば、すぐに玄関へと辿り着く。朝の光が、高い窓から射し込んでいる。光の中、アランは扉へと手をかけた。重たい音を立てて、扉が開かれる。それはアランが開けたわけではなく、外側から開かれたものだった。

「朝から来たよ〜──って……」

 その目を見た時、その声を聞いた時、その存在を感じた時、アランの身体に心が近づいた。久しぶりに息をしたような感覚だったが、その割には自分の呼吸音が穏やかなことに気づいた。

「君……」

 目の前のその人は、アランの身体の奥を覗くように凝視した。

「……君が、手紙の子?」

 その人は、アランと同じ色を持っていた。顔立ちも、どこかアランに似ていた。黒色の髪は長く、前髪は眉の上で切られて左右に分けられ、横髪より後ろの髪が、垂れ耳兎の耳のように跳ねている。丸い青色の目は、いつまでもアランに向いていた。小さな唇は弧を描き、細い首が傾げられる。

「じゃあ、玄関にいるのはおかしいね?」

 十を迎えたばかりの少女のようなその人は、小さな手でアランの胸当たりを軽く押した。

(あ、また落ちる)

 そうしたらやはり、アランの意識はすとんと落ちた。




 誰かが泣いている声を聞いた気がした。背中から刺されたような気がした。誰かが謝っている声を聞いた気がした。正面から抱きしめられた気がした。

 でも全部夢だ。

 アランは目を開けた。感覚は近く、感情も暴れていない。ただの静寂が身体の中にあった。絡まっていた糸が解けたように、全てがすっきりしていた。自分は今、またあの部屋の広いベッドの上にいる。上半身を起こして手のひらに額を押し付け、深々と息を吐く。アランは自分に呆れていた。

「また気絶したのかよ、俺」

「そうだよ〜。床に頭強く打ってたけど、大丈夫?」

「わあっ!?」

 真横から声がして、アランは反対側に倒れた。アランの隣では、ベルトランの特徴を持った幼い少女がベッドに寝転がって腹を抱え笑っていた。

「そんなに驚くなんて、リアクションが大きい子だね〜」

 アランは起き上がってベッドの上に座った。

「り、りあく……何が大きいって?」

「大袈裟ってこと!」

 少女も起き上がって、アランと膝を突き合わせ、彼を間近で見つめた。

「わあ、ここまで血が濃い子は久しぶりかもしれないね。君、アランって名前でしょ?聞いてるよー」

「えっと、君は?」

「誰でしょーか!」

 不自然なほど明るい人だった。賑やかそうであるのに、子どもの強がりを見ている気分にさせられる。この人を悲しませてはならないと、本能が言っていた。

「ベルトラン家の人じゃ……そういえば、レコットさんが手紙……あ」

 自分で言いながらアランは少女の正体に思い当たった。

「ネーレス?ベルトラン家の始祖の」

 つまり、アランの始祖で、人間ではない存在だ。

 少女は大きく頷いて、満面の笑みで口を開いた。

「そーです、ネーレスちゃんです!レコットの頼みで、君を一時回復させるために来ました!優しさの塊ちゃんですっ」

 アランの両手を自分のそれで取り、さらに顔を近づける。

「シャットダウンさせたけど、調子はどう?」

 また知らない言葉だった。どう返事をすればいいか分からず固まっていると、ネーレスは「あ、やっちゃった」と言って小さな舌を出した。

「えへへ、君に会ってから懐かしい言葉ばかり使っちゃうね」

「えっと……」

「強制的に君を眠らせたんだけど、調子はどうって聞きたかったの!」

 ネーレスの手はレコットのものよりも温かく、柔らかかった。安心感があり、幸福感も湧いてくる。これが始祖の力なのだろうか。

「調子は良い、です。身体ももう痛いところが無いし、変な感覚も無いし」

「それは良かった!でも、ネーレスが出来るのはそれだけだから、あとは君自身で解決するしかないね」

「あと?」

「感情のこと!」

 ネーレスの手がアランの手から離れた。投げ出された手は、ベッドへと落ちる。

「ネーレスたちは眷族ちゃんたちの感情を長時間弄れないの。君はこの後、また元の危ない状態に戻るだろうね。でも、本当の本当に危険な状態になるまでの時間稼ぎにはなったんだよ」

 言っている意味はよく分からなかったが、感情を弄るなどという言葉が出たことで、アランは自分も目の前の人も普通の人間ではないのだと改めて突きつけられた。

「ああ、そっか。君は眷族ちゃんとして色々教えられてないから、混乱してるよね。野良の子は、眷族ちゃんだって知らされると、いつもこうなるの。でもねえ、眷族ちゃんの教育なんて、ネーレスやったことないからなぁ」

 ずきりと頭が痛む。まともに動き出した頭が、この数日で溜め込んだ知識をしっかりと吸収し始めたらしい。

「最近の情報量が多すぎるせいで……頭が……」

「痛いの!?大丈夫?さっきマエリスに頭痛薬もお願いしておけば良かったねぇ。メイドさん呼ぶのもなぁ、申し訳無いし……。そだそだ、睡眠ってね、一番よく効く薬なんだよー!眠る?」

「もう眠りたくない……。ここ数日眠ることばかりだ」

「わあ、インフルエンザの時みたいだね」

「いんふ、えん……何?」

「それともコロナか!」

「何?」

「あっ、レコットにも教えて来なくちゃ!アランが元気になりましたーって!言わなきゃなのに忘れてたよーっ」

「え、ま、ちょっ──!」

 アランの伸ばした手は彼女の髪にかすりもしなかった。冬の風のような素早さで、ネーレスは部屋を出て行った。取り残されたアランは、ぽつりと呟いた。

「出て行っていいかな……」

 伸ばしていた手を下ろし、手のひらを見つめる。もう何日剣を握っていないだろう。前よりも柔らかくなっている気がして、唇を噛む。こんな手じゃ誰も殺せない。

(ネーレスさんが戻って来たら、ここを出るって言わないと)

 そう思った時、部屋の向こうから、ネーレスの「えーっ!?」という大声が微かに聞こえてきた。言葉までは聞き取れなかったが、大声で話をしているようだ。しばらくして、アランの部屋の扉はマチルドという意外な人物によって開かれた。

 久しぶりに見たマチルドは明らかに憔悴していた。老いた顔はさらに皺を深くし、唇はキツく結ばれている。だが目だけは爛々と輝き、それが酷く恐ろしかった。彼女の後ろには、マエリスがいる。始祖の二人はいなかった。

 彼女らが入ると、最後に入ったマエリスによって扉が閉められる。マチルドは動揺しているアランを、しっかりと見据えた。

「アランさん。ミレーヌを殺した者はガルニエ公爵の名を出したのですよね?間違いはありませんね」

 瞬きが異様に少ない。よく見れば白目が充血していた。

「は、はい」

 アランも思わず吃るというものだ。マチルドは重く頷くと、マエリスの方を振り返った。

「マエリス、先方にお伝えして。ブランシェ家はその血が続く限り、反乱軍に協力すると」

 アランの目が見開く。彼女は何と言った──!?

「はい、お祖母様」

 マエリスは頭を下げ、部屋を出て行った。駆ける足音は、すぐに聞こえなくなった。しかしそんなことを気にかけている場合ではない。重い足取りで部屋を出ようとするマチルドの背中に、素足であることを気にせずにベッドから降りて、アランは声を投げた。

「マチルドさん!反乱軍って、今、反乱軍って言いましたか!?」

「ええ」

 足を止め、こちらを振り返えらずに彼女は肯定する。

「先方って、あれですか、俺が助けられる前にここに来てた人ですか?マエリスから聞きました!」

「……あなたは、覚えが良いのね」

 唾を飲み込むことも忘れてアランは言う。

「教えてください。そうなんですか!?」

「ええ。そうです。反乱軍の方が、協力を仰いで来ました」

「じゃあ……じゃあ!!」

 アランは前に一歩踏み出した。

「俺も反乱軍に入れるように伝えてください!!」

 声が部屋に響いて、沈黙が落ちる。マチルドの肩が次第に震え始めた。アランは何も言わなかった。何と声をかけたら良いか分からなかったから、などという理由ではない。返事を待っていたからだ。

「それは……あの子のためですか……?」

 マチルドの声は低かった。

「姉ちゃんのためでもあるし、姉ちゃんの願いでもあります」

 アランは服の胸の辺りの握った。

「姉ちゃんは反乱軍に入ろうとしていました。俺は姉ちゃんの魂のためにも、姉ちゃんがしたかったことをしたい!そして、姉ちゃんを苦しめた奴らを、俺がこの手で──」

 マチルドが勢い良く、身体ごと振り返った。

「よろしい!あなたがしかと成し遂げるのです!あの子の代わりに!」

 アランの両肩を掴み、爪を立てる。

「この地の動乱を、不幸を、悪を!全て我らが、血を以って消し去るのです!嗚呼、人間に甘い顔などするのでは無かった……ッ!!」

 彼女の震えが手を伝ってアランへと響く。

 アランは頭の片隅で気づいていた。マチルドは正気ではない。始祖たちにもどうにもできないほど、彼女は失い過ぎたのだ。

「さあ、靴を履きなさい!あなたも、応接室へ!」

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