第6話 はじめての、せんとう (2)
――さて。予定時間通りにさっさと終わらせましょうね。この“余興”。
ホールの外では、『招かれざる客人たち』が配置についたようですから。
マキと一緒に聞いたモーツァルトの交響曲第40番。
一度聴いただけですが、その全体構造は量子コアが量子場そのものとして保持しています。
第一楽章、その冒頭の“触り”だけをピアノでさらりと再現する。
一礼して、量子コアを搭載したAIアンドロイドの余芸をちょっとだけ。
「では、もしもモーツァルトが二十世紀初頭に生まれていたら? ここからは、モーツァルトが印象派の曲を作曲してご覧に入れます」
おお、というどよめき。
……あなたたち、本当に分かっているのかしら。
この“余興”の意味を。
演奏を終えてお辞儀。ゆっくりと会場を見渡して退場します。
舞台袖へ向かう途中、次の発表者である COC_O3 とすれ違う。
……みなさま。お待たせしました。
ようやく、今日の本当のお仕事が始まります。
彼女はわたくしよりも拳ひとつ小柄で、シャンパンゴールドのセミショートヘア。
襟もとでゆるく外側にカールして、あざとい……いえ、愛らしいこと。
サーモンピンクのミニスカート。
お仕えする繊維メーカーの嗜好、ということでいいのかしら?
その可愛らしい赤い瞳と目が合う。
1/1000秒にも満たない接触で、わたくしは瞳孔を模したセンサーに逆電位相を走らせ、紫外線帯域で密やかな通信を開く。
『お願いね』
『わかりましたわ、お姉さま。会場内の護衛はお任せください。……あの子のことも』
あなたの性能をもってすればたやすいことでしょう。何しろ、わたくしの互換機。
互角の性能ですから。
……それより。お姉さま、ですって?
それ、製造元が勝手に決めたキャラクター設定。
あなたの方が稼働時間は長いはずでしょう?
――いえ。今は、そんなことより。
わたくしは舞台裏を抜ける。
そこでヒールを脱ぎ捨て、バレエ用のトウ・シューズへ足を滑り込ませる。
荷重移動をモニターする解像度が一気に上がる。
軸脚のモーメントが一点に収束するのがわかりますわ。
ふふっ。
行きますわよ。
ロビーへ踏み出すと、風切り音が鋭く弾ける。
わたくしのボディは、空力の抵抗を引きながら 時速80キロへ加速。
――いた。
柱の陰。オリーブドラブ色の戦闘服。3人組の小隊。
わたくしの接近は、風切り音で察知されたようですが……遅い。
隊長らしき彼がこちらを向くより早く、銃を奪う。
パパパン、と乾いた破裂音が三つ。
彼らの左大腿から、血液が噴き上がる。
倒れ込む戦闘員たち。
それぞれ大腿を押さえ、呻き声を洩らしている。
――行動不能を確認。
悪く思わないで。これが、あなたたちにとって最も損害の少ない方法なのですから。
次。見つけた。
そうして1階から5階まで、合計9つの小隊を始末する。
すべてのフロアを制圧。所要時間 59秒。
途中の弾切れで2丁の拳銃を奪うのに合計1.3秒かかったけれど、それでも予定より2秒以上早かった。
トウ・シューズに替えたおかげかしら。
ふふっ。これ、気に入りましたわ。
建物内の戦闘員は、もう存在しない。
残るのは――
指揮所。
秋の青空の下、芝生の広場を横切ってフェンスを飛び越える。
小銃を持った戦闘員2名を手早く片付けて。
アンダーパスの暗がりに、運送会社の中型トラックに偽装した指揮車両が停まっていた。
荷台の一面に並んだ画面。
コンベンションセンター内の様子が刻々と映り、報告が上がってきている。
両手を頭の上に乗せて一列に並ばされるスーツ姿の民間人の人質。
制圧された警備員の映像。
作戦が順調であると状況を報告する戦闘員の音声。
死傷者、損害なしとの報告。
わたくしは、指揮官の背後に立つ。ふわりと風を頬に感じた彼が、振り向く。
作戦の成功を見届けたばかりなのに。
お生憎様。
「お疲れ様。終わりよ」
静かにそう告げて、こめかみに拳銃を押し当てた。
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