第5話 はじめての、せんとう (1)
今日の『業務』は出張。といっても、コンベンションセンターは目と鼻の先。
わが社にとっては“とても大切な業務”という位置づけらしい。
ただ――正直に申しますと、アンドロイドであるわたくしには、業務に優先順位など存在しません。
どれも、指定された通りに、余裕で処理するだけのこと。
それより……いえ、何でもありませんわ。
……来ましたね。
マキ。今日もかわいいですわよ。
チャコールグレーのパンツスーツに身を包んで。
細身のネクタイがちょっとぎこちない。そんなところ、庇護欲をそそります。
わたくしは、衣装の換装を終えたところです。
白銀色の、生地の収縮率が高いぴったりとしたスーツ。
その外側に裾の長いマントのようなジャケット。
内側のスーツはラインが強調されすぎていて、正直あまり得意ではないのですが……業務ですから。
「……ごめん。これ、付けてって。お偉いさんが」
マキが少し肩をすくめながら、申し訳なさそうに差し出してきたのは――
バネの先に星がついて、みょんみょん揺れるカチューシャ。
……何ですの?
これは。
「その……ほら、うちのお偉いさんのセンス、昭和で止まってるから。
わたしもよく知らないけど、二十世紀の終わりごろにあった“科学博覧会”のイメージらしいよ……」
マキが呆れ半分、謝罪半分の顔でそれをわたくしの頭に装着。
くりん、と軽い感触がして装着される。
見上げると星の飾りがふるふると揺れて視界の端で震えています。
「……なんか、似合うのが余計腹立つわ」
マキが苦笑しながらそう漏らしました。
――ああ、そういうことですのね。
この白銀色のぴったりした衣装。
そして、頭で揺れる星。
“昔の未来”の匂いがする。
二十世紀の人類が夢見た、ちょっと安っぽくて希望のある未来像。
わたくし自身が、その“イメージの残滓”に組み込まれるというのは少し妙な気分です。
羞恥とは違う……でも、似た何か。
星がまた、みょん、と揺れた。
マキの視線も、そこでまた揺れた。
◇◇
「ハナ。出番だよ。がんばって」
マキの声が、背中にそっと触れるように響く。
その鼓膜の振動をセンサーで受け取るたびに、わたくしの演算ユニットが微妙に温度を上げる気がする。
彼女に軽く会釈して、ステージ中央へ向かう。
照明の軸が伸びてきて、わたくしの輪郭を白銀色に縁取る。
傍らにはグランドピアノが静かに、巨大な生き物のように沈黙している。
視線をあげ、客席を一望する。
このホール――円形ステージを取り囲む客席は、およそ2000人収容可能。
しかし、着席しているのは263名。
彼らは株主。
出資した銀行。
政府機関の人間。
この“プロジェクト”の正否を見極めに来た者たち。
そして……そこから5列ほど離れた席に、制服を着た若い観客が数名。
彼らは見学に来た近くの工業高校生。
わたくしは、マキに習った通りの微笑みを浮かべる。
ほんのわずかに頬の角度を上げ、目の弧を柔らかくし――
「本日はお忙しい中、御参集いただきまことにありがとうございます。
わたくしは株式会社ウィネックスのAIアンドロイドコンパニオン、HANA-S3と申します。本日は――」
……だれがコンパニオンなのよ。
台本に記されていたため読み上げただけ。
まったく、この頭につけられた星の飾りといい、わが社のネーミングセンスといい……。
ああ。もういいわ。
目の前の“仕事”に集中。
背面のスクリーンが明滅し、肖像画が大写しになる。
古風な衣装。髪にはロール。神経質そうな西洋人の顔。
「みなさま御存知モーツァルト。彼の逸話をご存知でしょうか。
彼は、“全体を一塊の結晶”として作曲したと言われています。
わたくしが、これからそれを再現してご覧に入れましょう」
ピアノの鍵盤が、わたくしの視界に白と黒の帯として横たわる。
その配列を認識した瞬間、観客の呼吸の揺れがわずかに変わった。
――そう。
今日は、この研究都市に集う企業や研究機関が、それぞれ趣向を凝らした“発表会”。
AIアンドロイドを保有する組織は、我先にと前面へ押し出してくる。
そして、わたくしもその一つ。
オープニングを兼ねて、最初に舞台に立たされた。
星のカチューシャが、照明を受けてふるりと揺れた。
観客席で数名の視線が微妙に移動したことを、わたくしは観測する。
……今日は、楽しい一日になりそうですわ。
そうでしょ?
マキ。
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