第四話 正体不明としましては。
人通りの多い商店街から打って変わって、街の北西─東京都、埼玉県の境に当たる位置─では閑静な住宅街が広がっていた。
その中にぽつんと佇む、木造の小さな一軒家。
「金が無くてな。都市部に拠点は建てられないんだ。」
新しくメンバーとなった俺を案内する男、フィクトスはそう嘆き、ドアを開けた。
「それじゃあ、この家は新しく借りたもので?」
「…いや、私が元々住んでいた家だよ。」
…一人暮らしなら、おかしくはないか。
そういえば、俺の借りていた部屋は今どこにあるのだろう…。
玄関を越え、短い廊下を進み、突き当たりのドアを開ける。
軽い力で押しただけの様に見えた。しかし扉はSEのような、キィという鳴りをして大きく開いた。
「皆、ただいま!新しくメンバーを連れてきたんだ。これでギルドが作れるぞ。」
フィクトスが俺の前を進むに連れて、視界が開け他のメンバーが見えてきた。
椅子に座り、机の上でスマホを弄る女。
開けた窓の前で筋トレをする男。
ソファで寝転がり本を読む女。
そして部屋の隅で何もせず佇む、キャップを深く被り、サングラスとマスクをした…女?
シルエットは華奢であるが、それ以外は何も分からない。正体不明の人物。
俺以外のプレイヤーは皆黒髪だ。
正体不明の人物を除き。
新規プレイヤーは基本的に生来の姿をしている上セーブデータ保持者は殆どがキャラクリエイトで髪色を変えている為、黒髪や茶髪であれば新規プレイヤーだと断定出来る。
俺は濃紺色かつ光の加減で黒にも見える為、フィクトスに新規プレイヤーだと思われたのだろう。
実際キャラクリエイトで止まってるし。
「ギルド設立には最低六人、そして全員の署名がなされたプレートの提出が条件だ。」
フィクトスは高らかに宣言し、空中にプレートを出現させ、何かを書き込んだ。
「僕たちも署名すればいいんですね。」
筋トレをしていた男は器具を優しく床に置いてフィクトスに近づいた。
「あ、あぁ。頼むよ。」
何か焦った様にプレートをスワイプしてから、フィクトスは男にプレートを見せた。
それから全員の署名を集め、
「それじゃあ送るぞ。」
申請が完了した。
「申請が通るまでに自己紹介をしませんか?」
ソファの上で読書をしていた女は起き上がり、メンバー皆にそう提案した。すると筋トレ男が賛同したのか、
「そうですね。僕らはフィクトスさんに集められたプレイヤーですから、皆互いのことを知りませんし。」
脳筋かと思ったが、話し方は妙に知的だ。
「自己紹介か。それじゃあ…私はフィクトス、元は営業マンを…」
『知ってます。』
「言い出したのは私ですから、先に。」
女は本を閉じて、膝の上に置いた。
ズボンはボア生地で出来ており、随分とゆったりしている為、本を置いても音がしなかった。
寝巻き、それか部屋着に使っていたのだろうか。
「プレイヤー名は、ベルと申します。高校一年生で、東京には家族と観光に来ていました。ホテルに泊まっている間に世界が変わったものですから準備なんてありません。」
表情は変わらない。おそらくこの世界に興味がない。好きなことができればそれでいい、そんな性格なんだろうな。
ベルに続いて、ソファ後ろの机でスマホを弄っていた女が顔を上げた。
「あー、茜っていい…ます。普通に朝まで飲み明かしてて体調悪い…です。」
あーもう大学生過ぎるだろ。楽しそうだな。
羨ましいぜ。…っていうか"飲み明かしてた"ってことは誰かと居たのか?
皆の自己紹介が済んだら聞いてみよう。
「二日酔いか。お大事にして下さい。僕は桝田洋。"桝だよー♩"ではなく"桝田洋"です。」
確かによく弄られそうな名前をしている。
いや、弄られていたから念を押したのか。
俺の自己紹介も軽く済ませ、残るは正体不明の女のみとなった。メンバーがちらりと女を見ると、
ポン、各々の目の前にプレートが出現した。
【新規メッセージ】
宛先:ギルドメンバー
差出人:アリア
件名:自己紹介
ちょっと声が枯れてるので文字で許して下さい…
_:(´ཀ`」 ∠):ホントスミマセン…
差出人の欄にも書いたのですが、プレイヤー名はアリアで、みんなに笑顔を届ける仕事をしていました。同じギルドメンバーとして仲良く出来たらいいなと思います。よろしくね!
…と、とんでもなくキャラの濃いやつだ…
いやのんびり読書とか、筋トレとか、色々おかしいやつばっかだけどさ…(尚三時間の寝坊)
自己紹介が済んだ所で、丁度よくフィクトスの元にギルド設立承認のメッセージが届いた。
「よし、皆。設立の許可が降りたぞ!あとは最後に名前を入力すれば、私たちは晴れて一つのチームとして活動することが出来る!」
「すぅ…名前…ですか。」
誰かが呟いた。声帯を使わず、息だけで発音したた為か、誰の発言か特定ができない。
「あぁ。名前だ。何か案はないか?」
フィクトスの言葉に一同は静まり返った。よく漫画やアニメで見る名付けのシーンだが、その権利が自分に与えられるとなると大きなプレッシャーを感じる。俺はその重圧から逃げ出そうと、
「り、リーダー…決めて下さいよ。」
再び三下の様な発言をかましてしまった。
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