第18話 ノーチラスとタイタニック③
「見て見て〜!すごい!水の中にいるみたい!」
「水の中にはいるんですよ、間違いなく」
「ちーがーうー!揚げ足取らないで!潜ってるみたいって言いたかったの!」
彼女が立っているのはトンネル水槽。
四方八方がガラスで囲まれ、魚が行き来するのが見える。
あれ、苦手なんだよなぁ……水の中に落ちそうな感じがして。
割れないとわかっていても足が震えそうだ。
改めてトンネルに目を向けると、キラキラとさんざめく光が瑚夏さんを照らしていて、幻想的な空間が完成していた。
そこにいるのが当たり前、まるで一枚絵。パチッと嵌ったパズルのピースみたい。
自分なんて異物が入るとせっかくのおとぎ話を壊してしまいそうだ。
「こっちおいでよ」
そんな俺の気も露知らず、彼女は手招きしている。
「えぇ……遠慮しておきます」
「もしかして怖いの?」
「ち、ちがうわい!」
にまぁと口の端を持ち上げる瑚夏さん。
まずい、どう考えても今から俺に不利なことが起こる、社会人の悪い勘は当たるのだ。
「じゃあつべこべ言わずこっちに来て!せっかくの
聞き間違いか?
これは泉の女神に強制的に引っ張ってこられた取材のはずだ。
ただ、今の自分にそれを否定するだけの精神的余裕もなく。
「……通るだけですよ」
「うんうん、それでいいから!あ、怖いなら手繋いであげましょうか?」
「馬鹿にしてますよね」
「まさか!かわいいな〜って後輩を見てるだけ」
それを馬鹿にしてるって言うんだよ。
あんまり先輩を待たせるわけにもいかない。
ガラスの床にそっと足を乗せる。
海外の動画でよく見る、足を乗せたらパキパキと割れていく薄氷みたいにならないだろうか。
ならないとわかっていても緊張はするもので。
「はい、立野くん」
差し出される手を思わず掴んでしまう。
「あ、ごめんなさ……」
「いいよ、このままで。やっとそっちから繋いでくれたんだし」
瞬く間に捕まえられた俺の手は、ぎゅっと温かいものに包まれる。
「普通は掴まないんですよ、ただの知り合いなんですから」
「ただの知り合いは二人で水族館に来ないと思わない?」
「どの口が……!言っても先輩と後輩でしょうに」
くいっと引っ張られて、海の底。
自分の身体よりも大きな魚が悠々と泳いでいく。
こちらなど微塵も気にしない彼らに少し救われる。
改めて見上げると、視界が藍色に塗りつぶされる。
それこそまるで。
「深海にいるみたいだ」
放った言葉は果たして、空気を揺らしはしても水の中を自由に泳ぐ彼らには届かない。
さっさと俺も、社会とかいうしがらみから解き放たれないものだ。宝くじとか買うしかないか。
「海の底ってなんだか怖くない?」
確かに。
息もできないし言葉も通じない。身体にかかる圧力は、本来人間が感じ得ないものだ。
「でも船には乗ってみたいわね〜」
「船、いいですね」
並に揺られながら、青い空とそれを反射した海を眺める。
ベタつく潮風すらきっと心地いい。
豪華客船になんて乗った日には、夜は美味しい料理とお酒に舌鼓を打つんだろう。
「意外と好感触?今度いく?」
行動力の塊かよ。
意思決定が早すぎる、どんな頭してんだ。
「どうしてそうなるんですか……一緒には行きませんよ」
「なーんでー!別にいいじゃない、一人くらい隣に増えても」
足を進めてトンネルも終わり。
瑚夏さんといたからか、最初以外は怖くなかったな。
「ねぇ立野くん」
「どうしたんですか、瑚夏さん」
通ってきたトンネルを指さして、彼女は笑う。
「もし私と船に乗るならどっちがいい?ノーチラスとタイタニック」
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