第2話 あの子は『楽しい』散歩道。わたしは『たたり』の帰り道

 

 

 若葉駅前のロータリーは、今日もいつも通りだった。


 コンビニの前には眠そうな顔のサラリーマンに、駅へ急ぐ高校生たち。

 朝の送迎の車列と自転車などでごった返していた。


「夕凪氏ーっ! おーい!」


 背後から、鼓膜を突き破るような元気な声が飛んできた。

 振り返る間もなく、ドスッ! と背中に重量感のある衝撃。


「ぐふっ……!」


「おっはよー! 今日も今日とて、夕凪氏は輝いておりますなぁ!」

 私の背中に抱きついてきたのは、三つ編みに、丸メガネの小柄な少女。

 幼馴染の藤金千景ふじがね ちかげだ。

 片手には、でかでかと『オカ研』と書かれたトートバッグを提げている。


「重い、暑い、うるさいの三連コンボやめて」

「えー、愛のスキンシップじゃん。減るもんじゃないし」


 千景は、にこにこと笑いながら離れた。

 この底抜けの明るさが、千景のいいところであり、時々うっとうしいところでもある。

「てか、そのトート、学校で使うのやめなって言ったよね?」

「なんで? 可愛いじゃん“オカルト研究会 in 鶴ヶ島”」

「うちの学校にそんな部活ないから」

「細かい事は気にしない、気にしない」


 くだらないやり取りをしながら、私たちは駅の改札を抜けた。

 電車を待ちながら、千景がスマホの画面を見せてきた。


「見てこれ、ローカル掲示板。また新しい書き込みあったよ」


『野鳥の森のあたり、昨日の夜、水の音やばかったんだけど……』

『水なんてないのに、誰か溺れてるみたいなバシャバシャ音してた』


 ――水。


 私は例の夢を思い出してしまった。

 ――偶然。この時はそう思っていた。


「ね? これ! 一緒に調査行こうよ、調査!」


 私は画面を覗き込んで、ため息をつく。


「またぁ? この前は謎の白いモフモフを追え!だったっけ?

 正体は、近所の家の脱走ポメラニアンだったじゃん」


くじけず、諦めず、飽くなき探求こそが成功の萌芽ほうがだと忘れちゃダメ!」


 その何分の一かでもいいから、勉強にも情熱注げと思った。


「てかさ、『野鳥の森のあたり』って、うちの神社の裏だからね。それ」

「だからこそじゃん! 地元のオカルトは地元民が検証しないと!」


 私の反応に対する、千景の反応速度と顔の近さの圧が凄い。


「何もありませんでした。で、蚊にブチブチにされる未来しか見えない」 

「それはそれで平和な夏って感じで良き!

 てか、光徳の裏の方あんま行ってないでしょ?」


 何を言ってもカウンターが来る。

 国語のテスト、私のほうが点数いいのに!


「……まあ。境内の掃除はするけど、森の奥まではあんまり」


 あの森の奥に踏み込むと、いつも少しだけ、胸がざわざわする。

 森の奥から、なんとなく見られているような気がしたから。


「あなたの知らない世界がぽっかりと口を開けて待っているかもよ?ヒヒヒ…」

 千景は続けた。

「で? 明日の放課後とか、どう?」


「……考えとく」


「あー、またそれ。夕凪の「考えとく」、永遠に考えたままじゃん」


「ぐさっと刺さること言うね、朝から」


 そんな会話をしている間に、電車は二駅下りの北坂戸駅に着いた。


 私たちが通う高校は駅から学校までの距離が長い。

 二人で並んで歩いていると、ふと千景が何かに気づいた


「ねえ夕凪、さっきから歩き方おかしくない?」


「え?」


「靴、濡れてるのかと思ってさ」


 慌てて足元を見る。

 濡れてなんかいない。


「……いや、濡れてないけど。」


「そっか、変だな。 なんか片方だけ重たそうな感じしたからさ」


 ――水、足元。

 

 この時は千景がなにか変な勘違いをしたのかと思っていたが、今思えば、全ては今日の午後に結び付く現象だったと気づいた



 ◇◇◇



 学校・昼休み。

 チャイムと同時に、午前中は死んだ魚のような目をしていた千景の目の星が戻り、「うおりゃっ」の掛け声と共に自分の机を百八十度回してきて、お互いのお弁当とおやつを並べる。


「千景さ、将来どうするとか、もう決めてる?」

 今朝の父とのやり取りを思い出して、千景に聞いてみた。


「うん、私はもう決めてるよ。美人ジャーナリストになろうと思う!」


「へぇ、ジャーナリストか、なんか凄いね!――ん?」


「……え? なに?」


「……あぁ、ううん。いいね!」

 

(自分で美人って言った、こいつ。)


「てか、夕凪は光徳を継ぐんでしょ?」


 千景の言葉に、まぁ、そうなるよね。と思った。

 まわりの期待も、自分的にも。

 

 ――親がやってる商売は子が引き継ぐ。

 『そうしなきゃ変だよね』みたいな社会通念が重く圧し掛かる。

 

 「んー、まだ考え中」


 つい、口をついて出てしまい、またこの返し方をやってしまった。と、分かってはいたけど、この答えが今言える精一杯だった。


 そして、オカ研トートからチラ見えした本、『埼玉妖怪巡りWalker』


 それ、週刊なの?とか、埼玉って妖怪側からみても激戦区扱いなの?とか、色々気になるが、触れたらめんどくさいヤツだろうなと目線を逸らした。


 笑い合う教室の風景。

 窓の外は快晴

 セミの声。

 光に満ちた日常。


 ――ピチャン。


 不意に、音がした。

水滴が落ちるような、湿った音。

「え?」

私は箸を止めて周囲を見回した。

教室の誰も気にしていない。

千景も卵焼きをもぐもぐ食べている。空耳?いや、匂う。

お弁当の匂いに混じって、ドブ川の底のような、腐った土と水の匂いが鼻を掠めた。


「……夕凪? どうしたの?」


 千景が怪訝な顔で覗き込んでくる。  私は慌てて首を振った。


「う、ううん。なんでもない」


 足元を見る。

教室の床は何ともない。

ただ、左足首だけが、氷を押し当てられたように冷たい。

じわり、じわりと、冷気が皮膚の下に浸透してくる。

何かが、ついてきている。

家から、駅へ。駅から、学校へ。

私の日常のすぐ隣を、見えない水が流れている。


 午後も食後の満足感と陽気な日差しでウトウトしながら、高校生活を卒なくこなす。

 そして、また千景と二人で鶴ヶ島に帰る。


 幼稚園も同じ近所の幼稚園、小中高もずっと同じ学校。そしてお互い一人っ子。

 ここまで一緒にいると千景とは、もはや家族みたいなもんだ。

 

 自宅近くで千景と別れる。

 あの子は一人でいても、誰かといても、いつも楽しそう。

 まるで『楽しい』が歩いているみたい。

 私にとっては悩み過ぎてる時のブレーキ係になってくれるので、ありがたい。


 そんな事を考えながら、一人、参道を自宅に向かって歩く。


 今日も普通の一日が終わる。

 そう思って、鳥居をくぐった。


 その足元に、静かに、そしてずっと水音がついてきていることに気づかないまま。

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