第4話 黒の屋敷と冷たい視線
馬車の扉が開かれる。
待機していた従者が、深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ゼノンが降り立ち、続いて私も外へ出る。
冷たい夜風が頬を打つ。
目の前にあるのは、アッシュフォード公爵邸。
別名、「黒の屋敷」。
壁も、門も、庭に咲く薔薇さえも、すべてが闇色に染まっていた。
「ついて来い」
ゼノンが歩き出す。
私はドレスの裾を摘んで、小走りで彼を追った。
玄関ホールに入ると、ズラリと並んだ使用人たちが出迎える。
数十人はいるだろうか。
全員が彫像のように無表情で、ピクリとも動かない。
「執事長」
「はっ」
ゼノンの呼びかけに、白髪の初老の男性が進み出た。
鋭い眼光。彼もまた、ただ者ではない気配がする。
「客間を一つ用意しろ。一番日当たりのいい部屋だ」
「……かしこまりました。して、そちらの娘は?」
執事長の視線が、私に向けられる。
それは「値踏み」する目だった。
魔力のない、貧相な身なりの小娘。
明らかに、この豪華な屋敷には不釣り合いな異物。
侮蔑の色が一瞬、その瞳をよぎったのを私は見逃さなかった。
「リナ・ベルンシュタインだ」
ゼノンは私の肩に手を回し、使用人たち全員に聞こえる声で告げた。
「俺の客人であり、専属の魔導士だ。彼女への無礼は、俺への反逆とみなす」
シン、と空気が凍りつく。
使用人たちの仮面のような表情が、驚きで崩れた。
あの「人間嫌い」で有名な公爵が、女性を連れ帰ったこと。
あまつさえ、これほど丁重に扱うこと。
「聞こえなかったのか?」
反応の遅い彼らに、ゼノンが眉をひそめると、低い殺気がホールを満たした。
「しょ、承知いたしました!」
執事長が慌てて頭を下げる。
他の使用人たちも、波打つように平伏した。
「リナ様、ようこそおいでくださいました」
一斉に向けられる敬意。
たとえそれが、ゼノンへの恐怖からくる上辺だけのものであったとしても。
今まで「透明人間」扱いされていた私にとって、それはめまいがするような光景だった。
「行くぞ」
ゼノンに背中を押される。
この黒い屋敷が、私の新しい鳥籠。
でも、なぜだろう。
冷たいはずのこの場所が、あの学園よりもずっと温かく感じてしまったのは。
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