第1話 壊れた水晶
「次、リナ・ベルンシュタイン。前へ」
冷ややかな教師の声が、大講堂に響く。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
(……行きたくない)
ドレスの裾をぎゅっと握りしめる。
手汗で少し湿っていた。
周囲からの視線が痛い。
「あいつだろ? 名門ベルンシュタイン家の恥さらし」
「魔力測定で一度も色が出たことないらしいぜ」
「なんで今まで退学にならなかったのか不思議だよな」
クスクスと、嘲笑のさざ波が広がる。
わかってる。
そんなこと、私が一番わかってる。
震える足で、演壇へと上がる。
目の前には、巨大な「判定の水晶」。
ここに魔力を流し込み、放たれた光の色で、卒業後の進路が決まる。
騎士団か、魔導士院か、それとも……路頭に迷うか。
「……ふぅ」
息を吐いて、震える手を水晶にかざした。
(お願い。少しでいい。薄くてもいい。何色でもいいから……光って!)
全身の血液を沸騰させるようなイメージで、私は魔力を練り上げる。
私の中にだって、魔法はあるはずなんだ。
だって、こんなに胸が熱いんだから。
――ブゥン。
水晶が低く唸った。
「あっ……!」
期待に顔を上げた、その時。
パリンッ!!!!
鋭い破砕音が、講堂の空気を切り裂いた。
光るどころか。
水晶は、粉々に砕け散っていた。
「……は?」
破片がキラキラと床に落ちる。
色は、ない。
ただの透明なガラス片。
シン、と静まり返る会場。
数秒の沈黙の後、教師が怒鳴り声を上げた。
「き、貴様! 神聖な判定の水晶を破壊するとは何事だ!!」
「ち、違います! 私はただ魔力を……!」
「魔力がないからといって、物理的に壊す奴があるか! 恥を知れ!」
違う。触れてすらいない。
ただ、流し込んだだけなのに。
「退場だ! ベルンシュタイン家の面汚しめ!」
教師が私の腕を乱暴に掴もうとした、その瞬間。
ドォォォォン!!
講堂の重厚な扉が、爆風に煽られたように激しく開いた。
逆光の中、ひとりの影が立っている。
制服の着こなしは乱れ、
ネクタイは緩み、
その手には抜き身の剣。
学園最強にして、最凶の問題児。
「黒の公爵」こと、ゼノン・アッシュフォード。
彼はゆっくりと歩き出し、
凍りついた生徒たちの間を抜けて、
私の目の前で足を止めた。
そして、教師の手を乱暴に振り払うと、
私の方を向き、不敵に笑って言ったんだ。
「見つけたぜ。俺の『鍵』」
「……え?」
「おい、落ちこぼれ。俺と一緒に来い」
「は、はい?」
「お前のそのデタラメな魔力、俺が買い取ってやる」
彼は私の返事も聞かず、
強引に腰を引き寄せると、
呆然とする全校生徒の前で言い放った。
「こいつは今日から、俺の専属魔導士だ。文句がある奴は、今すぐ俺が消し炭にしてやる」
その瞬間。
彼から溢れ出した魔力が、
天井を突き破るほどの「漆黒」に染まった。
(な、なんなの……これ……!?)
私の灰色の日常が、
音を立てて崩れ去っていく。
それが、すべての始まりだった。
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