魔法の使えない魔法使い
只野 凡
第1話 誕生?
人間が、自分の生まれた瞬間はいつなのだろうか。
誕生という意味では産声を上げたときになるのだろうがその状態で自分がここにいる。生きていると感じるのは果たしてどれくらいいるのだろうか。
普通は親と呼ばれる他人に育てられ次第に生まれるであろう自我は、それらのいないときいつ芽生えるのが正解なのか。この問いに答えは明確に存在するのか。
気づいたときには、私はここにいた。
人の誕生とは母から産まれ、父に護られ、皆から祝福されて産まれてくるのではなかったのか。
私の周りには人はおろか生物と認識できるものはいなかった。そもそも産まれてきたばかりの人間はここまで思考できるものだろうか。自分の親を見たことのない私はなぜ親という存在を知っているのか。
次から次へとうまれる疑問の答えを求めるべく、周囲を見渡し、世界を認識した。小さな部屋だった。
仄かな足元の蛍光灯に照らされた部屋には、恐らく自分が今まで眠っていた棺?と頑丈そうな扉以外には何もない。
私は死んでいたのだろうか?自分の身体を確認するべく起き上がる。
その拍子にカサリ、と自分の身体の上から何か落ちた。落ちた先に視線を向けると、そこには紙のような何かと細い棒?があった。
確認するべき拾い上げようとして、伸ばした自分の手を認識する。
…明らかに生まれたばかりの大きさではない。
私は一体誰なのか。今すぐ自分の姿を確認したい衝動に駆られたが、鏡のようなものないこの場所では不可能だった。
唯一、自分の手がかりとして有力そうな落下物に意識を向けた。
手紙と一輪の花のようだ。正確には手紙と一輪の花だったのだろう。
両者とも、ひどく時間がたっているのか雑に扱えばすぐに崩れてしまいそうなほどボロボロであった。というか、花に関しては原型をうしなっており、おそらく落としたことが最後の一撃になったことは想像に難くない。
花弁のようなものが数枚落ちている。
……アイリスの花。
なぜかバラバラになった花の名前が分かったのような気がした。
自分の両目から涙があふれそうになるのを感じた。が、特に何も出ず、なぜそうなったのか自分でも分からなかった。
手紙の方を確認する。封蝋のされた手紙の外側には、愛するあなたへ。と書いてある。その一文だけでとても胸が暖かくなるのを感じた。早く読みたい。できるだけ丁寧に封を開けて中身を取り出す。
折りたたまれた一枚の便箋をゆっくりと広げる。
ごめんなさい。どうか、全てを忘れて幸せになって、あなたのやりたい事を為しなさい。
愛しています。
その一文とともに小さな鍵が挟まっていた。胸のあたりが急速に縮こまるような痛みを感じた。この痛みが何か分からないが、手紙を胸に抱きしめるように抱えると、少しだけマシになった。
結局自分が誰なのかは分からなかった。ただ、誰かに愛されていたこと、
そして、私を愛してくれていた手紙の主は、自分から離れてどこかに行ってしまったのだろう。それだけが分かった。
胸に抱えた手紙を、何度も何度も読み返しているうちに、結構な時間がたっていることに気が付いた。
今が夜なのか昼なのかすら分からない。というかここがどこかも分からない。
分からないことだらけの私がここにいる。
知りたい。
この手紙の主を、過去の自分を。
手紙に入っていた鍵を握りしめていた手を見た。まずはここから。私は、自分自身を探すべく
私が私になるために、
手紙の主に会うために、右手に握る小さな鍵に希望を抱き、唯一の扉に手をかけた。私は今日この瞬間に産まれたのだ。
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