第9話 精霊との出会い

 シノさんは、僕の言葉の意味を考える事で少し落ち着いたみたい。流れた涙を拭って数瞬顔を伏せると、探るような目で僕に質問してくる。


「ユウが凄いって、さっきの男が言ってた『アイテムボックス』ってやつ?」

「ふっ――あぁ、いや失礼」


 あまりにも短絡的な考えに僕は鼻で笑う。

 合ってるんだけどね。

 確信さえ持たせなければ、疑惑程度で大事な存在にリスクを負わせる人じゃなさそうだし。


「……腹立つんだけど」

「シノさんも親に価値バレして身動き出来てないんだし、僕も言えないよ」


 精霊の為ならと、僕を売って逃げる事だってあるかもしれないんだから。


「そもそもユウは何がしたいの? さっき助けてくれた恩も返せてないのに……私たちに手を貸すメリットもない。その強さなら何処へだって逃げられるじゃん」

「はぁ……それを、この状況の僕に聞く?」

「…………ん、いや……なんもおかしくない、よね」


 何がしたいって……帰りたいよ!! でも帰れないから! とりあえず目の前で尊い事をしようとしてる人のお手伝いでもって――現実逃避? いや今って逃避以外することある!?


「とにかく! 具体的な事が聞けないなら、あの子は巻き込めないから」


 ……良く考えたらそうだね。いくらなんでも僕が怪し過ぎる。

 でもこのまま連れてかれると、1週目と同じならシノさん洒落にならない程不幸になるんだもんなぁ……

 この既に大分好感を持ってしまった人が? MOじゃないけど、僕もそれはなぁ。


「逆に聞くけど、何で『対策練ってみない?』って話でそんなに警戒してるの? シノさんの考えた案はいつでも出来るのに」

「…………」


 彼女は言葉に詰まっている。

 まだ隠すって、会おうと思えば騎士団が来るまでシノさんについていけばいいだけなんだけど。

 なのにここまで食い下がるのは――僕に会われるとマズい理由が別にある?


「あー、もしかして理由も話さないまま、一方的に契約を破棄しようとしてた?」

「――ッ……はあ? 何言ってんの?」


 ……なんかさっきから不自然に分かりやすいな。嘘はつきなれていないのかな。念のため確認だけしておこう。


「なら『シノさんが貴方の為に、自分を犠牲にしようとしてますよー』言いながら、外を探しに行くけど平気?」

「そ、それをしてあんたになんの得があんのよ!?」


 はい来た。

 僕、大事な人の為に悪ぶる人の真意はすぐバラしちゃうタイプ。おそらくそういう病気なんだと思う。だってあれが一番泣いちゃうじゃん……


「まあまあ、対策話し合うだけだし。でも黙って行くようなら――」

「うるさい、止めろ連れてくるから! あと! 言い負かされた訳じゃないからね!? 手に持ってるそれが一々目に入って、集中出来なかっただけだから!!」


 それ……ああ、そういえば彼を持ったまんまだ……。

 足首を掴んでぶら下げた、裸の中年男性。


「まあこういうのも戦術だから」と嘯くと、「汚れも落としてくるから、時間掛かるからね!!」――と、彼女はぷりぷりと怒りながらも、迎えに出掛けてくれた。


 さっきは分かりやすいなんて思っちゃったけど、これ持った男に偉そうに語られて……会話を成立させただけでもとんでもないや。

 あの人とは対等な立場で交渉なんてしたら絶対ダメだな。




      ♢




 案内してくれた洞窟を、比較的綺麗な状態の家の破片を使って整備していると、シノさんがもう一人――可愛らしい女の子を連れてやってきた。


「……お待たせ。この子が『知の精霊』の、ちーちゃん。知識の『知』ね」

 

 シノさんが紹介してくれたのは、僕の膝くらいまでの身長で、透き通るような真っ白の肌に、ふわふわとウェーブがかった長い銀髪の女の子だ。

 服は僕達と同じような服を着ているので、シノさんがあげたのだろう。


『――! ――――♪』


 口は動いて満面の笑みでお辞儀をしてくれるが、言葉は喋れないのか音は聞こえない。信じられない程可愛い。


「初めまして、僕はユウっていいます。シノさんの仲間に入れてもらったんだ。よろしくね!」


 僕がそういうと、ちーちゃんは笑顔で小さな手を僕に向けてくれる。握手かな、物凄い勢いで心が浄化されていく。


「ちーちゃんはとにかく頭が良くて、この世界の事なら大抵知ってる。村の連中はこの凄さが分かんないみたいだけど」


 へぇ、知の精霊――予想もしてなかった所が出てきたけど、確かに……凄い、かも。インターネットが無い時代ならではあるけれど。

 それでも、「分からない事があったら何でも聞いてね!」とばかりに自分の胸を叩く姿は余りにも可愛い。


 こんなのもう何か聞くしかないけど、この世界の事か、んー……この世界の事――そうだ、ずっと気になってたあれ、聞いてもいいのかな?


「じゃあさ、この世界にドワーフっていたりするのかな?」


 『ドワーフ』――ファンタジー物には良く出てくる架空の種族。ここのように、剣と魔法と魔物がいる世界では大抵鍛冶など、物作りが得意という設定が付いている。


 この世界も魔王がいたり、まさに王道といったファンタジーなので、いても不思議じゃないんだけど――


『――』

「……おお! 本当!? ありがとう」


 その質問にちーちゃんはこくこくと頷く。良かった、前回もそうだったけど、作って欲しいものが沢山あって──


『―――! ―――!』


 ちーちゃんが何か言いたげな様子で僕の後ろを指差す。なんだろう? 何もない。


『――――!』


 ?? 首を振ってる。僕の理解の仕方が違うって事――

もしかして、その指の差してる方向にドワーフがいるって──?


『――……――――!』


 ちーちゃんは、小さな手で丸を作ろうとして、少し悩んで両手を頭の上で合わせる。

 あ、あれは、三角! 三角のポーズがこんなに可愛い事初めて知った!

 惜しいって事だよね――え? まさか……ドワーフの里のような物が、その指の先にあるとか……?


 その質問に対してホッとした顔で頷いてくれるちーちゃん。……嘘でしょ? こんなに凄い精霊いていいもんなの――いやシノさんドヤ顔ウッザ!


 でもこれは……あー成程……確かにこれはキツイかも。

 ちーちゃんの有用性は簡単に証明出来るけど、もし僕がシノさんの言う悪い親だったとしたら――必要な知識を吸い出した後は、怪しまれる前に国に売りそうだ。


 そして国の立場なら、自衛の出来ない有用な精霊なんてあまりにカモすぎる……とっとと契約破棄させて、お互いを人質にしてどちらも上手く使いたい。


 逃げる……非戦闘員2人で? 無理無理、これRPGでよくある負けイベに勝っても、結局同じ展開に行くやつだ。


「……シノさん、よくこの状況を僕に嫁ぐだけで済ませたね」

「だけって。自惚れが過ぎるわ、死にたくなる程嫌だったから。それに親はなんか、アンタから見返り貰ってたみたいだけど?」

 

 この主人公……ストーリーの整合性の為か、プレイヤーが乗っ取る前はとんでもないクソだ……。

 シノさんが貰えるほどの見返りって怖過ぎる。考えないでおこう――そもそもこんな事考えてる場合か?


 目の前に『知識』の精霊がいるのに――ダメで元々聞かなきゃいけないこと沢山あるじゃん!


「な、何度もごめんね! 僕この世界の事で聞きたい事沢山あるんだけど! 聞いてもいいかな!?」


 僕が興奮して問うと「仲間ならいいよね?」という顔をシノさんに向けて、頷きが返ってくると笑顔でピースをくれる。


「あ、ありがとうー! ただ、僕が置かれた状況は特殊過ぎるから、もし知らない事があったとしてもそれは当然の事だから。気にしたりしないでね?」


「……どういう事? 言っておくけど、あんまり困らせるような質問するなら打ち切らせてもらうからね」


 う……シノさんの前で言って大丈夫か? 


 一応整理しておこう。先ずは何をおいても帰る方法。


 そしてなんで痛みを感じるか――は、ちーちゃんにクレーム入れても仕方ないな。実際感じるんだから。

 同じ理由でAIの人間化、死体が消えない事、サ終済みゲームの起動も省く。開発者が目の前にいたら胸倉掴んで問い詰めてやるけど、今は無駄に疑惑持たれるだけだ。


 よし、何言ってるか分からないという顔をされても、へこむ様子は絶対見せない覚悟を決めて、僕は僕に起こった不思議な事を尋ねた。

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