第5話 僕の自慢の特技

「ちょ、ちょおおおっ!! タイム、タイムだって!」


 木の上に退避していた僕に向かって、先ほどまで「僕の家」だった瓦礫の群れが散弾のように降り注ぐ。

 胸が痛くて低めの木を選んだとはいえ、こんなに飛んでくるもの!?

 それとも騎士が悪足掻きしてこっちに飛ばしてきてるか、家なんて落としたの初めてだからわかんねぇええ!!


「……っ!! 痛っ!」


 掠った破片で皮膚が裂ける。

 ……ダメだこれ、破片の大きさによっては死ぬ! くそ、びびんな! いくら原型が無くたって、元は僕の家だろ!?


「――収納ッ!!」


 頭に当たるコースだった残骸を手で守り、僕の所有物と認識する事で回収する。ただしこんなものはコンマ数秒、死を先延ばしにしただけ。

 だけど、収納出来る事さえ確認出来たなら――


『集中しろ』


 後は――全身を研ぎ澄ませ。身体の隅々にまで意識を向けろ! 僕に触れたそばから全て回収してやる!!




 しばらくして、嵐のような音が止む。


「……はぁ、はぁ、……っつ」


 身体中が痛い。不安定な足場にいた事で気付けなかった、小さな破片なんかがぶつかったんだと思う。


 ……だけど、捌ききった。

 インベントリのリストにズラッと並ぶ『はじまりの家の残骸』の文字に胸を撫で下ろす。

 あっぶな、滅茶苦茶格好悪い死に方する所だった……

 

 心の底から安堵していると、少し先にシノさんが駆け寄ってくるのが見える。


「ちょっとアンタ大丈――、…………なんで大丈夫なのよ! 石とか色々、身体貫いてたじゃん!」


 あれ、なんだか嫌われてるように感じてたけど、心配してくれたんだ――や、そんな光景を見たなら普通か。


「というか……さっきのアレは、な、なんだったの……?」

「――ふふっ、僕には『自分の身体ならどこでも正確に動かせる』って特技があってですね――」


 ――物心ついた頃には、僕は地獄にいた。そこは、数ミリの体の動きで生死が決まるような、そんな地獄。

 今の男の理不尽さで、思い出しちゃったよ。


 その時は、なんであの人達は僕をあんな風に痛めつけて嬉しそうに笑っていたのか分からなかった。

 だけど子供だった僕の体はとにかく生きたいと考えたようで、気が狂いそうな程の長い時間、ただ自分の思い通りに体を動かす事だけを考え続けた。

 死ねば楽になれるかもしれない――なんて事も知らなかったから。


 そんな僕の特技は平和に過ごしている今も、負けず嫌い極まるエレ達のお陰で磨き続けられている。


「普段からこう――意識は全身に向けててさ、そのお陰でさっきのような事だって――」

「違う違う違う……家を消したり出したりした事ね。遠くから急いで駆け寄って、その地味な特技の詳細尋ねないでしょ、普通……」

「――!?」


 ……じ、じっ!? こ、これだから昔の人は! この特技の凄さが分からないって……!!


「って、それも聞いてる場合じゃなかった! ねえ、アレ――殺せてるの?」

「…………はぁ、どうでしょうね」

「私探してくる。もしまだ身体痛むようなら、トドメも私が――!?」


 ガラガラと、完全に崩れた家が音を立て始めた。

 生きてるんだ……どうなってんだよこの世界の人間。

 僕は騎士の恐ろしい生命力に驚きながらメニューを開く。


「あーくそ! 判断間違えた――じゃない! 今ならまだ――!」

「ちょ、待って待って大丈夫ですって!」


 そう言って無謀にもトドメを刺しに駆け出そうとする、シノさんの手を引いて抑える。


「っ! なんで!? 放っておいたら逃げられて――」

「――逃げる?」


 残骸の向こうから声がした。

 思う間もなく、積み重なった瓦礫がもの凄い音を立てて掻き分けられる。やがて土煙の中から現れたのは、血だらけになった男の姿。

 手に持つ剣は見事に折れていて、あれで瓦礫を僕に弾いていたのかと納得する。


「……っ!? あぁ……やっぱり、まだ動けて……」

「あり得ねぇだろ。――なあ、ガキ、今使ったのはまさか――『アイテムボックス』か?」


 ……名称は違うけど、正解。凄いね。訳わかんない状況が続いただろうに、分かるもんなんだ。


「違うよ、だからあれは――あれ。自分の資産を消すスキル」


 でももうまともに相手をする必要もない。適当に返事をしながらメニュー操作を終えると、僕もゆっくりと騎士へと向かう。


「……ちょ、あんた何、どうする気……?」

「――なるほどな、分かった。テメェは片腕残して残り全て――粉々に砕いてやる」


 もう相手に油断は全く感じられない、周囲の空気が更に歪み始めている。

 この歪みを感じたら「逃げる」が鉄則みたいだけど、もう僕の身体が竦む事はない。


「オレらの荷物持ちとして――一生コキ使ってやるよおおーッ!!」


 言葉の勢いとは裏腹に、騎士の動きは鈍い。

 当然だ。身体中から血を吹き出して、足も引きずっている。それでも向かってくるのは自らの硬さに絶対の自信があるからなんだろうけど――


「いくらなんでも、酷過ぎる……」


 余りにも積み重ねを感じない、素人同然の動きに合わせるようにこちらも加速して、騎士が引きずっている足を強く蹴り込んだ。


「――あ? ――ッ! ア、ガァァアッ!! っあああーッ!」


 関節の砕ける音と、低く野太い男の悲鳴が響き渡る。


 まあ……ここはレベルなんてものが存在する、ゲームの世界。

 他人を簡単に傷つけられるようなカスであればあるほど経験値を稼げる世界。この性格で努力なんてしてないよね。


「が、がぁぁあッ! て、テメェ! 殺すッ! ぶち殺してやるッ!! チクショウなんでだ、こんな低レベルの攻撃なんて効くわけねぇのに……!」

「……は? え、え? ――なんで?」


 2人の驚く様子に少し気分が良くなる。仕方ないなあ、解説してあげよう。


「もう低レベルじゃないって。今のも含めて凄く美味しい経験値でした。ご馳走様」


 流石、偉そうにしてるだけあって、家での一撃がとんでもない経験値になった。レベルの上がりにくいこのゲームで2から9へと一気に上がっている。


「……ざっけんな!! その程度で――何人も殺してきたこの俺と! 差が埋まってたまるかぁああッ!!」


 まあその通り、格上にも逆転が容易になるような、そんなシステムは流石にない。


 だけどゲームプレイヤーである僕には唯一勝ち目が生まれる手段がある――ステータスの極振りだ。

 今回も『力』一点にぶち込ませてもらった。

 いくら固い『騎士』といっても所詮中級職。負傷した部分の防御力なら流石に貫ける。


 それにゲームの舞台は現代より数百年前。

 力を逃さず強く蹴る、なんて技術は確立されていないだろうから。油断もあったのかな。

 正直こんな単調な戦い方してくれるなら、痛みが存在する今でも当分安心して極振りが出来そうだ。


「く、くそがぁぁぁ、テメェ、卑怯な事ばっかしやがって! まともに向かってこれねェのかああ!!」

 

 まだ怒ってる。これもう許しを乞い始めるタイミングじゃ――ああそっか、確かこの男はまだ……なんとか誘導出来ないかな。


「もう命乞いしなって。これ、さっきみたいに勢いつけて蹴り続けるだけで終わっちゃうよ」


「……はっ! やれるもんならやってみなア! その瞬間、命に代えてもぶっ殺してやるッ!!」

「……後悔しないでね」


 そう言って僕が助走を取って、全く警戒を見せないまま勢いをつけて男に近づいた瞬間──


「馬鹿がッ! 死ぬのはテメェ1人だァ!!」


 男は懐から隠し持ったナイフを振り上げる。僕を殺せる完璧なタイミング。この勢いに乗った僕は止まれないし避ける事も出来ない。


 ――それはナイフの事を知らなければだけど。


「――ごめんね知ってるんだ」


 この勢いをつけたまま、男の振り上げる手に蹴りを合わせる。


「オォォッ! クソガキィ!!」


 相手の力を利用したカウンターは、男の指の骨が折れる不快な音と、村にまで届くような悲鳴を上げさせた。

 こっちも体勢が不安定だった事と、レベル差による筋力の違いで僕も勢いを殺されるどころか、吹き飛ばされてしまう。


 ……痛みを感じなかった初プレイ時に、ステータスの差による理不尽を知っといて良かった。足の裏で合わせたのに全身痺れてるってどういう事なんだよ……。


「ぁぁあ……痛え、痛えぇぇ……アァァッ!」


 ――でもまあ、これで終わりかな。


 僕はなんとか起き上がって落ちたナイフを拾い上げ、ここで目覚めてから初めて、ようやく一息つけた。

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