第4話 短気二人
「――何か、愉しい事でもあったかあ?」
騎士は穏やかな言葉でこっちを向くけれど、顔から怒りが全く隠せていない。このプライドの高そうな男の前で笑っちゃったんだから当然だ。
でも僕が好きな、見慣れた見苦しさを見て少し落ち着けたかな。
いつまでも動揺してないで――
「い、いえ、なんでもありません、すぐに村の奴らに伝えてきます!!」
出ていいみたいだし外に出よう。室内にいて僕に出来る事なんてないし、なんならゲーム中盤にはコイツを倒すイベントだってあるんだし――っ!?
「…………」
なんて事を考えていると、近くで急に大きな音が鳴る。何事と考える間もなく椅子が飛んできて、僕の近くの壁にぶつかって砕けた。
……舐めた態度を取ったペナルティだろうか。破片が足にぶつかっただけなのに、悶絶しそうになるほど痛い。
…………謝罪から、入るべきだったのかな。
確かに、今のは僕が迂闊過ぎた。平和ボケして……完全に油断してた。それは間違いない。
だけどここまでされる程、僕悪い事した? 失礼な態度はお互い様だったじゃん。
1週目はここまで酷い展開じゃなかった。
それでもメンタルの弱いMOがリタイヤするほどの胸糞展開を、VRで2回も見せられて……泣くほどの激痛も2回目で……。
この理不尽な暴力は、大嫌いだった人達を鮮明に思い出させてくれて、反吐も出そうだ。
そして……こんな痛みをくれたコイツはこれから僕を追い出して、この圧倒的美少女とお楽しみをするみたい。
……そっか、なるほど。
なるほど、なるほどねぇ。
――――殺そう。
もういいだろ。これはただのゲームだと思って、沢山我慢した。立派なもんだよ僕は!
分からない事は後回し。最優先でやる事を決めると、混乱していた思考が一気に晴れていくのを感じる。
そうだよゲームなんだ。痛いなら、コイツを経験値にして回復手段を手に入れればいいんだよ。それに――
「シノ! 騎士様にはしっかりとご奉仕するんだぞ!?」
「――っ!」
折角なら――このなんだか好感の持てる女性だって助けたい。
余計な事はしないよう騎士の意識は彼女に向けておく。1人で立ち向かうとか無謀過ぎだから……。
「っせぇ!! テメェはとっとと消えろ!!」
騎士の怒鳴り声と、2人からの殺意のこもった目を向けられて慌てて外に出る。目の前には、木々の間に村へと続くちょっとした道のようなものが見える。
騎士に従うならこの道を行けばいい。だけど僕はこの先に用はない。
1つ、息と気合いを入れて、家の裏へと駆け出していた。
自分でも頭の悪い事をしようとしてるのは分かってる。
立ち向かう事もそうだけど、そもそも先にログアウト方法を見つけるべきだと思う。
でも――現実にはこの騎士はいないじゃん……。
誰に舐めた真似をしたか――身の程を分からせてやる前に、向こうになんて戻れない!
現時点では絶対に勝てない相手って……意味が分からない。この僕が! 手の内全部知ってる相手に、負ける訳ないのにね!!
目的の場所――壁を隔てて中にいるシノさんと1番近い場所に着くと、メニューを開いてパパッと確認する。
うん、出来る事は一周目の初期とそう変わりない。
これならイケると、僕はそっと手を家の壁に当てて集中をはじめる。
この家は――僕の家。買った覚えはないし、なんなら一度だってここで寝た事がない。
でもゲームはここがプレイヤーの拠点だと言っている。なら所有権は――僕の物である筈だ!
使うのは『インベントリ機能』――プレイヤーが冒険中手に入れたアイテムを保存して、いつでも出し入れ出来る機能。
対象は、自分と仲間の所有物、戦利品や床落ち素材など制限は厳しくあるけど関係ない。
この家が僕の所有物だと脳と心が認識さえすれば、どんな大きさだろうがアイテムだから!
『収納』
心で唱えるとシュンと音を立てて目の前から壁が無くなって、インベントリのリストには『はじまりの家』の文字。
家の中にあった家具がガラガラと音を響かせて崩れ落ちていく。
「――ひ、キャア! ――っ!!」
そして目の前にはシノさんと、少し離れて騎士が、足場を失って地面に突っ込む姿があった。
「――おっと、セーフ」
両手足を見るからに汚い地面に落とし、その勢いで顔まで突っ込もうというシノさんを間一髪で救いあげる。
……こんなに目の前にいるって事は、あの状況でまだ逃げてたって事かな。本当に諦めない姿勢になんか感動する。だけど今はそんな場合じゃない。
「突然ですけど、ここは危なくなるので離れててもらっていいですか?」
「――は? え? え、何!? 何が起こって――」
「ちょっと時間なくて、後はなんとかするのでお願いします」
「……っ! なんなのアンタ、意味分からない!」
なんて悪態をつきながらもシノさんは、舌打ち1つで距離を取ってくれるようだ。
というかさっきも思ったけどこの人……頭の回転速くない? 普通さ、床が突然無くなったなら――
「ぁあっ!? な、なんだあ!? なんだこれはああっ! くっせ、チッ、汚ねぇなァクソっ!!」
ああなると思う。
でも丁度いい、少し観察させてもらおう。
男のクラスは自己申告では『騎士』――前周でもそうだったし、鎧も正式な物に見えるからそこは間違いないだろう。
とんでもない硬さを活かして仲間を『庇う』スキルで守る、いわゆるタンク職。まあ孤立している今は関係ない。
だけど仲間に『信号』を出したって話から、前職はスカウト系かな……だとすると警戒心は強いかもしれない。なら――
「騎士様大丈夫ですかー? なんか怒ってますかあー?」
考える時間は与えたくない。警戒させて折角脱いでくれた、あのクソ硬い鎧は着せたくないから。
「――ああっ!? んだテメェは! まだいやがったのか!?」
「折角なら行為を見ていきたいなって。ほら、他人のそういうの見る機会って――」
「……黙れ。なあ――まさかこれは、テメェの仕業か?」
残念、あまり怒ってくれない。家が無くなっても平然としてる僕に違和感でも持ったのかな。
……よくパッと繋げられるわ。声を掛けておいて良かったな。
もう何も考えなくていいからね。状況は全部――
「そうだよ。僕のクラスは『商人』でね。自分の資産ならいつでも取り扱えるんだ。勿論――捨てる事だって」
僕がそれっぽい嘘で教えてあげるから。
近くに落ちていた木の棚だった物を、足で蹴り上げ手に取って、指をパチンと鳴らすと同時に目の前から消してみせる。
「…………チッ、聞いた事ねェ……が、それで? まあ手品としちゃあビビったが、命を犠牲にしてまでやる事が、こんな――ただの嫌がらせか?」
口調は強気なのに飛びかかってくる様子はない。
疑ってる? いや、僕の余裕の態度に警戒してる感じか? だからさぁ――
「まさか! あのね、騎士様が今立ってるその地面も僕の土地――つまり『資産』だって事わかってる?」
もうお前は何も考えなくていいんだって! 僕が余裕な理由だって、雑に教えてあげるからさあ!
「……ただの馬鹿だったかよ。待ってろ、今八つ裂きにしてやるから」
そう言って、騎士はゆっくりと近付いてくる。
――む。たかだか商人のスキルでそこまで大規模な事は出来ないって判断したか?
近付いてくれるのは思惑通りではあるけれど、まだ冷静さを保っているのは都合が悪い。
――舐めんな! こんな時代なら――説得力なんて自信満々に言ってれば付いてくるもんなんだよ!
「ふふっ、頭固いなぁ。家が捨てられたんだよ? 土地が出来ない理由なんかないだろ」
「…………いや、出来る訳が……」
「俺の女に手を出した罰だ!! 奈落の底で生き埋めになるがいい!!」
最後は勢いで押し切ると騎士の動きが止まる。
そうだよね、初めて聞くスキルだ。自分が大好きそうなお前なら、命が賭かって揺らがない筈がない。
出来ないんだけどね。家ならともかく土地を1つのアイテムとして認識出来る気がしないから。
それでもゲームの知識もないこの男には効果は抜群で、何度か地面と僕を交互に見つめると――
「……待て…………分かった。もういい、この村からは手を引いてやる。テメェだって態々自分の土地を捨てたくは――」
折れる。まあここを離れるまでの嘘だろうから最後まで聞く意味もない。
「僕はよくない。バイバイさようなら」
「お、おいテメェふざけ――!」
僕は手を騎士に向けて、指を鳴らす。ここまできたらただの茶番なんだからちゃっちゃといこう。
「――ッ!! …………っ」
「……ん? あ、あれ。え? な、なんで!?」
僕は慌てた表情で何度も指を鳴らす。
騎士は突然の不意打ちに、少しでもこの場所から離れようとしたのだろう。距離が先程よりも離れている。
ウケる。凄い勢いで顔が赤くなってくじゃん。
効くよねー。カスに上から目線で舐められて、ビビらされたって屈辱は。
さっきまでの僕だから痛いほど分かるよ。
「……な、なんだよ! 落ちろ! 落ちろって!!」
「ふ、ふふ。ふふふふふ――」
僕の情けない姿に騎士は、笑いながら、ゆっくりと近づいて来る。
なんかカッコつけて冷静振ってるけど――いやいや、周りの空気がグニャグニャと歪んで、キレてんのは一目瞭然だ。
ゲームにおける強敵演出――加えて体からはオーラのような靄まで溢れ出し、圧倒的格上からの威圧感に思わず足が竦みそうになる。
「ふふふふふ。はぁ――おい、そこを動くなよ。一歩でも動いたらテメェ――この村ごと滅ぼしてやるからな」
だけど――考える事をやめた相手なら怖くない。
途中、剣だけを拾って、鎧は放置したまま向かって来る騎士を見て、こいつはもう僕に少しも警戒していないと確信する。
「ひ、ひぃいいいっ!!」
ならこんな脅しなんか聞く意味もない。すぐさま悲鳴をあげて、出来るだけ情けなく後方へと逃げる。
「――っ!! ガキがああーーッ! 逃げんじゃねぇぇえ!」
うわぁ、完全にキレてる……こんなに揺さぶりが効くんなら、元のAIの方が強かったんじゃないの?
笑顔になりそうなところをなんとか抑えて、逃げた勢いそのままに家の裏にある一番近い木に登る。
木の上に立って後ろを振り返ると、僕の家が無くなった事でポッカリとしたスペースが広がっている。障害になりそうな物はない。
お陰で騎士がノコノコと、僕を追いかけてくれているのがハッキリと見える。
「んだそりゃァ!? 舐めてんのかァ!!」
「……怒る前にもうちょっと、敵の言葉は疑った方がいいよ」
想定していた何倍もぬるかったから。
まるで警戒する事なく眼下にまで来た騎士に手の平を向け――僕は先程回収したばかりの『はじまりの家』を取り出した。
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