俺だけの美少女たちが心配性すぎるんだが?―騙り部―
人鳥迂回
前編
俺が意識を取り戻すと知らない天井で目が覚めた。辺りを見回してここが病院だと具に気が付くことが出来た。
顔を動かすと後頭部に感じる鈍痛。その痛みが俺の記憶を呼び起こさせる。
俺の名前は天音現人≪あまねげんと≫。普通の高校二年生。趣味は特にないが、友達が少ないわけではない。後頭部に鈍痛を感じているが記憶喪失の心配は必要ないらしい。
後頭部に未だ残る痛みの原因を思い出そうと、備え付けてある時計を確認した。デジタル時計は日にちを表示しており、俺の認識している日にから三日は経過していた。俺は三日間も眠っていたらしい。
その原因となったのは、外出をしたときに何者かに後頭部を思い切り殴られたからだ。その時はすぐに意識を失ってしまったため、犯人の生別も分からない。無作為な犯行ではなく俺を狙った犯行だが俺には心当たりがなかった。
「とりあえず、起きたからナースコールをしないと」
ベッドの付近に備え付けてあるナースコールを押そうとしたとき、甲高い声が俺の行動を阻む。
「現人。あんた起きたのね。三日間も眠って……。心配したんだから。家にも帰ってこないし」
俺は声をしたほうへと顔を向ける。入り口付近に置かれた椅子に一人の少女が座っていた。
「悪い猫村。心配かけたな」
「心配なんてもんじゃないわよ。本当に……」
闇夜のような黒髪をポニーテールに結び、大きなリボンを付けた様が猫耳のように見える少女。名前を猫村≪ねこむら≫という。いつからか覚えていないが、俺の家に居候をしている彼女とは昔からの腐れ縁で兄妹のような関係性を築いている。通っている高校は違うが、家に帰れば必ずいる猫村は俺にとって血のつながっていない家族同然だった。
猫村の容姿は非常に整っており、結ばれた黒髪の美しさもさることながら、顔も整っており、まるで人形のように可愛い。
「あんたが帰ってこないと私、一人で家にいることになるんだからね」
「ん?京子さんがいるじゃないか」
「そういうことじゃないわよ、バカ」
いきなり怒り出す猫村。どの発言に怒ったのか見当もつかず謝ることもできない。猫村は急に怒り出すことがよくある。名前の通り自由気ままな感情を持った猫みたいなやつだ。
「そういえば京子さんは?」
「分からないわ」
「猫村一人で来たのかよ」
「あんたが心配だったから。当たり前でしょ」
猫村は頬を染めている。みんなから鈍感と言われる流石の俺も猫村の気持ちには気づいている。彼女は――一人で家にいるのが怖いのだろう。昔、ホラー映画を見ていた時にぎゅっと抱き着いてきた記憶が残っている。家に俺がいないとひとりになると言っていたのはその類の言葉だろう。
「とりあえずナースコールを押すか」
ナースコールは俺が呼び出しやすい位置に置かれているため、すぐにボタンを押すことが出来た。数分もしないうちに看護師の人が部屋に来るだろう。
「無事でなりよりでした。現人くん」
猫村と反対側、窓の方向を見ると、窓の淵に腰を掛けた猫紙とは毛糸の違う美少女。メガネをかけて理知的な表情を浮かべた彼女は俺の学校の先輩。
「鳥丸先輩、来ていたんなら声をかけてくれてもいいのに」
「猫村さんと話していたでしょう?邪魔をするのもどうかと思って」
「気にしなくてもいいのに。なあ猫村?」
猫村に問いかけると、先ほどの照れていた表情とは打って変わってほほを膨らませ唇を尖らせている。俺の問いかけに一言も答えず、そっぽを向いてしまった。
「すみません。失礼な奴で」
「気にしないでください」
「先輩も俺のお見舞いですか?」
「はい。とはいっても私は名前のごとく流離う鳥のように、君の安否を確認したら帰るつもりでしたよ」
先輩である鳥丸≪とりまる≫は学校でも不思議な存在だ。そこにいると思えばおらず、いないと思った場所にいる。神出鬼没な存在だが、俺とはよく遭遇する。俺が目線を感じて辺りを見回すと、大抵遠くから鳥丸が俺を見ているのだ。
最初のころは少し怖かったが、話してみると思いのほか気さくですぐに仲良くなった。仲良くなっても神出鬼没なことには変わらず、目を放すとすぐにどこかへ行ってしまう。まさしく大空を自由に飛ぶ鳥のようだった。
「先輩。どうせそこにいるなら窓を開けてくださいよ」
窓に寄りかかっている先輩が少し動けば病室の空気を入れ替えることが出来る。どうせならいい空気を吸いたいと思い、先輩にお願いをしてみるも答えは首を横に振る姿で帰ってきた。
「私には開けることはできません」
「何でですか、ちょっと空気を入れ替えるだけですよ」
「私が飛び立ってしまったらどうするのです?」
「いや、先輩は人間ですし」
「飛びたっても貴方のもとに帰ってきますよ」
「俺たちは友達ですしね」
先輩の意味深な言動は今に始まったことではない。なんだかんだ言いながらも俺のもとに何度も現れてくれるのだから気に入られていることは間違いないのだ。
「あんたたち私を差し置いてイチャイチャしてんじゃないわよ」
「してねーよ」
どこをどう見たら俺と鳥丸先輩がいちゃついているようにみえるのだろうか。友人として仲良くしているだけなのに。
「あら?猫村さんも現人くんと仲良くすればいいのではありませんか」
「あんたがいる前で、その、イチャイチャできるわけないでしょうが」
「私はできますよ。猫村さんがいても、ね」
「二人とも何の話してんだよ」
椅子に座ったままの猫村と窓辺に寄りかかったままの鳥丸先輩は火花が見えるほど互いを睨み合っている。猫と烏の仲が悪いように、この二人の仲も悪いのかもしれない。二人を鉢合わせるのはやめたほうがいいだろう。
病室の奥からゆっくりと歩く足音が聞こえ、段々とこの病室へと近付いてくる。先ほどナースコールをしたことを思い出した俺は二人に付き合って乱れた呼吸を正し、看護師さんが部屋に入ってくるのを待つことにした。
病室の扉が開くと、一人の若い女性と同年代くらいの少女が入ってきた。
「現人、起きてるのね」
「おはよう、京子さん」
病室に入ってきた若い女性は俺の面倒を見てくれている
「お母さんって呼んでくれないのね」
悲しそうに呟く京子さん。彼女は俺のことを本当の息子のように思ってくれており、俺も本当の母親のように感じているが、どうしても彼女のことをお母さんと呼ぶことはできなかった。
単純に恥ずかしいのだ。京子さんは高校生の息子がいる年齢には見えず、俺がお母さんと呼べば本人は喜ぶかもしれないが周りからの目線が痛いだろう。
「ほら、こいつらの目もあるからさ」
俺は猫村と鳥丸先輩へと目を向ける。
「え、ああ。そうね」
京子さんも彼女たちの存在に気が付き、申し訳なさそうに室内へ入ってきた。俺が寝ているベットに近寄ると、慣れた手つきで崩れた布団を直したり、ごみ箱の中を片付けたりしてくれる。
病室だから許されているが、今はいない俺の自室を掃除していないことを願うばかりである。男子高校生には色々あるのだ。
京子さんの側にはセーラー服を来た一人の少女が付き添っていた。京子さんのやることを手伝った後、置かれたテーブルの上に行儀悪く座る。
「果実、そこはテーブルだぞ。座る場所じゃない」
「うっさいなあ。私の勝手でしょ」
注意をしたら悪態で返してくる少女の名は
セーラー服を着ているが、容姿は子供のようで中学一年の頃から成長していないらしい。チビやロリと馬鹿にすれば暴力となって返ってくるため果実には禁句である。
最近も家に来た時に子供服が似合うという話をしたら思いっきり殴られたばかりだった。
「果実も俺のことを心配してくれてんだろ?」
「何であんたのことを私が心配するの?私は京子さんに付いてきただけ」
「またまた。なんだかんだ言って俺のこと好きなんだろ?」
「す、好き?そんなわけないじゃん。バカなの?」
「照れんなって」
容姿を馬鹿にすれば怒るくせに、色恋沙汰には弱い果実。俺がからかうと怒ったり照れたり忙しいやつである。そろそろ彼氏とか出来たかと聞けば怒り出し、俺と付き合うかって冗談を言えば顔を真っ赤にして殴りかかってくる。からかいがいのある可愛いやつだ。
「現人。調子はどう?」
他の三人に対して、心配の表情を浮かべたまま、布団の外に出た俺の手を握る京子さん。みんなが見ている前では恥ずかしいのだが、心配してくれているのは分かるため振りほどくことはできない。
「大丈夫だよ。少し頭は痛いけどね。みんなも心配してくれてるし」
「そう。いつも通りなのね」
「気にしないでよ。すぐに退院するからさ。それよりも」
俺の頭を殴った犯人がいるはずなんだけど、と事件となっているであろう事柄を聞こうとした時、病室に医師が入ってきた。
「天音さん。起きられたのですね」
カツカツと靴を鳴らしながら入ってきたのはテレビでもお目にかかれないような美人。ショートボブの髪は手入れがしっかりと行き届いており、化粧も完璧で俺の目が奪われてしまった。
「えっと、先生。先生は――愛子先生ですね」
「山本です」
「愛子先生と呼ばせてくださいよ」
「……好きなように呼んでください」
なんとか先生と仲良くなりたい俺は名前を呼ぶことで仲良くなる作戦を実施する。猫村たちからの目線は厳しいが、愛子先生はそれほどまでに美人であった。そんな美人が俺の担当と言うのならもう少し入院していても良いかもしれない。
「ってあれ?鳥丸先輩は?」
先ほどまで窓辺に腰を掛けていた鳥丸先輩の姿がなくなっている。
「何処かに行ったわよ」
「あの先輩は本当に神出鬼没だな」
「ふん。別にどうでもいいわよ、あんな女」
「猫村は鳥丸先輩と仲が悪いな。果実は猫村みたいにならないでくれよ」
「あの人のこと知らないし」
相変わらず鳥丸先輩に悪態をつく猫村。
そんな彼女たちの様子を訝しげに見つめる愛子先生。愛子先生からすれば病室で漫才のようなやりとりを繰り広げる俺たちのことが不思議でならないのだろう。
「愛子先生」
「何ですか?」
「紹介しますよ。扉のところに座っているのが猫村。行儀悪くテーブルに座っているのが果実。今は何処かに行っていますけどさっきまでいたのが鳥丸先輩っていいます」
俺の説明に併せて彼女たちの方を見た愛子先生。「そうか、彼女たちが……」と呟き、最終的に俺の目を見つめながら近くに寄ってくる。近づいてきた愛子先生からはお医者さん特有の香りが漂ってくる。
「取り敢えず君は病み上がりだ。もう一度寝ておきなさい」
「今起きたばかりだし、みんなもまだ居るんですけど」
「取り敢えずこの薬を飲んで。君は寝ていたんだ。ビタミン剤だから飲んでおきなさい」
俺は愛子先生からいくつかの錠剤とカップに入った水をもらう。錠剤と水をに口に含み、薬を嚥下した。
「そう言えば、俺は誰かに後頭部を殴られたと思うんです。通報してくれたから助かりましたけど、犯人って見つかりましたか?」
この場には愛子先生と京子さん、猫村と果実しかいない。俺が病院に運ばれたことを知っているのはこの四人プラス鳥丸先輩しかいない。
俺に恨みのある誰かが俺のことを殺そうとしたに違いない。いつ何処で俺のことを狙ってきているか分からず、考え出しただけで体が震えてしまう。
「見つかっていませんね」
「そうですか。この病院に犯人が来ることってありませんか?セキュリティとか」
「安心してくれていいですよ。この部屋は外から鍵を掛けられるし密室にすることができます。鍵も医師しか使えない。犯人は絶対に来ません」
愛子先生は震える俺を落ち着けるように、背中を擦りながら宥めてくれる。
医師しか鍵を持っていないのなら、外に出ているよりも安心である。俺のことを襲った犯人がどこの誰か分からないが、必ず俺のことを狙ってくるだろう。
その目的は分からないが必ず来る確信がある。今も虎視眈々と俺が一人になるタイミングを図っているのかもしれない。
「絶対に犯人を、見つけてください」
薬が効いてきたのか意識が朦朧としてきた。
心配そうに俺を見つめる京子さん達を尻目に、俺の瞼はどんどんと重くなっていく。
下がっていく瞼が捉えたものは、いつの間にか病室に戻って来ていた鳥丸先輩の姿だった。
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