第2話 清楚系同級生 柳セイカ
○
「死んでください!!」
夕暮れの放課後、二人きりの教室で同級生の柳さんが綺麗な土下座を披露していた。
「はぇ? なんて……?」
「お願いします! 私の代わりに死んでください!!」
桃色な青春の予感で一杯だった頭が冷め、慌てて彼女を立ち上がらせる。
柳さんの顔は涙やら鼻水やらで凄いことになっており、子供みたいに嗚咽を漏らしていた。
(どうしてこうなった……?!)
必死に彼女をあやしながら、俺は現実逃避をするように今日の出来事を思い出すのであった。
○
入学から三日経った。
クラスで結局友人ができる気配はなく、完全にボッチ一直線の俺は、憂鬱な気分で学校へ向かう。
「せめてボッチ飯から卒業したいよ……」
周りはみんな楽しそうで、とても羨ましい。
しかしこんな気持ちじゃ出来るもんも出来ん!と俺は自分に気合いを入れて、靴箱を開けーーひらり、と一枚の紙が足元に落ちてきた。
「なんだこれ……まさか! いやいや」
一瞬、青春的イベントが想起されたが、あり得ないと俺は思考を振り払う。
友達もできないボッチ正義マンにそんなことあるはずないのだ。
そう思っていたーー
「まじかい……」
それは手紙。
可愛らしい薄ピンク色の便箋に並ぶ、丸っこい文字を三度読み直して俺は高ぶりを抑えようと息を吐いた。
ーー今日の放課後、教室に……大事なお話が……。
「これどう考えても」
告白。
しかも相手はクラスメイト。
それも明らかに自分には高嶺の花であり、そもそも関わりもなかった人物(そもそも誰とも関わりはない)である。
「柳さん」
入学から数日にして他のクラス、学年にすら噂になる人気者からの呼び出しの手紙であった。
○
春が来た。
俺の頭はピンク一色であり、一日ぼんやり過ごしていた。
ボッチ飯もペア余りになる訓練前の準備運動も気にならない。
今の時間は全授業の三割を占める討伐訓練である。
中学の頃は、討伐に向けて異能の練習や運動能力の向上訓練、怪物についての座学など。
高校では実際に相性の良い武具の習熟を行ったり、実際の討伐を想定した模擬演習などを行うらしい。
とはいえ今日は一日目なので、体力測定を行うらしく専用スーツではなく、みな体操着である。
五十メートル走をぼんやり見ていると、柳さんが前に出た。
「やっぱ柳可愛いよな」
「揺れてる」
「おお!」
「見ろよ、向こうの先輩たちもめっちゃ見てるし」
「同じクラスになれて良かった」
「彼氏いるのかな?」
「いないわけないだろー、イケメン大学生と付き合ってそー」
「ちくしょおおお、羨ましい!」
そんな男同士の下品で楽しげな会話を、俺は優越感に浸りながら聞いていた。
「てかこの学校可愛い子多いよな」
「分かる、レベル高い」
「生徒会にもすっげえ美人いるって」
「あー、入学式で話してた人?」
「そうそう」
(ふ、興味ないね)
俺は心の中で紳士な笑みを浮かべていたが、男子たち同様に視線は揺れる一点に釘つけとなっていた。
そんなことばかり考えていたら、時間は進み放課後となった。
「やっぱ帰ろうかな……」
浮かれていたもののよくよく思えば柳さんが俺に告白するなんて考えれば考えるほどあり得ない。
大学生と付き合ってるとか、嘘告とかの方が真実味があるように思えてきた。
一度疑念が生まれるとそれは止まらず、なんだかここにいるのが間抜けで恥ずかしい。
「ごめん、お待たせ!」
悩んでいるうちに、急いできたのか息の荒い柳さんが教室に飛び込んできた。
「え、あ、おう。 今来たとこ」
(何言ってんだ俺ぇえええ?!)
デートかよきめぇ、と羞恥で顔が熱くなるが「ほんと? 良かったあ~」と安堵したような柳さんの笑みにさらに温度が上がった。
お互いに息が整ったところで、気まずい静寂。
俺が声をかけるべき?
それとも待つべき?
どうすりゃいいの?!
何やら言いかけては口をつぐんでモジモジする柳さんに対して、俺は完全に混乱状態である。
しかし彼女は「うんっ」と呟き、何かを決心したような憑き物が晴れたような顔で言った。
「集目くんってもう討伐は済ませたんだよね?」
(あ、はい)
青春系じゃなくそういう系ね、と察した俺の熱が一気に冷めていく。
ああいう発言をした以上、彼女がそれを信じたのなら声のかけやすい相手に頼りたくなるのは良く分かる。
俺だって大人たちにたくさんアドバイスもらったし。
「うん、結構やってる」
「義務もまだなのに凄いよね。 尊敬するよ」
残念、なのは本当だ。
しかし納得もして、意外と悔しさよりも喉のつっかえが取れたような気分だった。
何よりこれを切っ掛けにクラスに話し相手が出来るのはとても嬉しい。
「それでこんなお願い厚かましいのは分かってるんだけど」
「いやいや」
「討伐の時の注意点というか、生き残る確率をあげる方法を教えてもらえないかな? もちろんタダとは言わないから、お願い!」
十五歳でここまで必死なのは案外珍しい。
異能があるゆえに若者は冗長しやすく、中学の同級生たちもそうだったが「なんとかなる」と意味もなく思っているーーいや、思い込まされている場合が多い。
それは恐怖を煽って自棄になったり、未来への不安から精神病を患ったり、そんな事例が過去に増加したためと現場の大人たちは言っていた。
故に初めてを経験してから、誰しもが必死になるのだ。
入学式で校長の言っていたモラトリアムの終わりとはそう意味もあるのだろう。
(それなのにこの必死さ……これは)
「もしかして柳さんの異能って非戦ーー」
言葉を遮るように、柳さんのスマホから警告音のような不穏な着信音が流れた。
「う、そ」彼女は能面みたいな表情で、震える指でスマホを操作した。
顔を上げた彼女の瞳は涙がこぼれそうで、苦しげに歪んでいた。
「……赤札か」
「う、ぐす、う、ん」
半泣きの柳さんに痛ましい視線を向けると、彼女は目元をぐしぐし袖でこすって繕った笑みを浮かべた。
「なんで今かなー? あ、集目くん困らせてごめんね? でも大丈夫! 私、こう見えても運動神経いいんだよ?!」
「そっか」
「うん! でも今日はあれだし、呼び出しといてごめんだけど明日話を聞かせてくれない? 集目くんさえ良ければ!」
「それは全然いいんだけど」
非戦闘系の八割が初めての討伐で死傷する、そんな話を現場で小耳に挟んだことがある。
俺自身の経験である程度力を蓄えるまでの厳しさは良く分かっているつもりだ。
(別に元から趣味だし)
これは偽善なのか、ヒーロー気取りの拗らせか、美人に恩を売りたいのか、正しいのか。
巡り始めた小難しい思考を俺は打ち切って、柳さんの手を取った。
「俺の異能さ、相手と契約を交わすってだけの非戦闘系なんだ」
「え?」
「目を合わせて」
「お互いに条件を宣誓するんだ」
「そしたら破れない契約を交わせる」
「簡単でしょ?」
呆気に取られる柳さんに俺は一方的に告げる。
これは救いの手じゃない。
俺にとっては対等な契約。
「いいよ、そんなに辛いなら。 俺が討伐代わりにしようか?」
「何を……?!」
「その代わり俺と、」
こんなことを面と向かって言うのは情けないし、照れ臭すぎる。
それでも、
灰色の学生生活を送る俺にとって、
クラス一の美少女と仲良くなれるってのは、命を懸けるに値するのだ。
「友達になってくんない?」
たぶん鏡があったらそこにいるのはヒロインを救うヒーローじゃなくて、情けなく眉を下げた照れ臭そうなバカ面が映ってるんだろう。
何も言わずに瞳から雫を落とした彼女の横顔が、夕日で赤く染まった。
○
(やっぱり良くないよ)
集目くんを呼び出して、いざ「代わりに討伐してくれない?」って言おうとしたら言葉が出なかった。
彼が本当に熟練の戦士だとしても、絶対安全ということはない。
それに義務は一度で終わりじゃない。
一度集目くんにすがって頼って、私は一生彼に迷惑をかけ続けるの?
常に感じる罪悪感に私は耐えられるの?
そんな人生は嫌だーーそう思った途端、私は強い自己嫌悪に襲われた。
(自分のこと、ばっか)
辛いから頼ればいい、
罪悪感に耐えられないから嫌だ、
そんな私に彼に頼る資格なんてないーー
ーーそう自覚した瞬間、諦めがついた。
ある意味吹っ切れた私は彼に、同級生の範囲で許されるお願いをしてこの場を終わらせるはずだった。
「う、そ」
スマホに表示される赤札。
十五歳から義務が始まるといっても早すぎる、それになんで今なの。
体が震えた。
吹っ切れたはずの恐怖が顔を出す。
全身が冷たくなって、
だけど彼を困らせまいと何とか平静を保って、離れようとしたその時、
「俺の異能さーー」
彼は何てこと無さそうに言った。
「俺と友達になってくんない?」
照れ臭そうに言った。
もう瞬間、抑えていた想いが溢れ出す。
私は泣きわめきながら、支離滅裂な言葉を吐き出した。
「うん、うん」
それを受け止めた彼の眼差しは優しげで、ただの同級生の男の子でしかない。
だけどその存在は私にとってはまさしくヒーローで、
そんな彼に私はどう報いればいいのだろう?
「ーー
「私のために死んでください!!」
そして私はテンパってめちゃくちゃ失礼な言葉を言ったあげく、土下座をかまし彼を困らせるのであった。
(ああ、消えてしまいた、ぃ……)
○
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