第9話:背景色が黒のとき、黒文字で叫んでも誰も聞いちゃいない。
アレンたち一行は、次なるエリア「色彩の迷宮」へと足を踏み入れていた。
「暗っ……! 何も、見えない……」
勇者アレンが目を凝らしながら呻く。
無理もない。さきほどまでの極彩色ゾーンを抜けた途端、世界は一変していた。
俺はシステム画面で現在地を確認する。
【 現在地:ブラック・ゾーン(漆黒の回廊) 】
【 環境輝度:1% 】
一行が進む先は、光を一切反射しない「完全な黒」の空間だった。
壁も床も天井も、すべてが吸い込まれるような漆黒。
「アレン様、離れないでください。闇に溶けてしまいそうです」
リナが杖の微かな光を頼りに進む。
サラも警戒して周囲を見回すが、この闇の中では視界など無意味だ。
そして、エレナ王女はというと。
「はぁ……はぁ……。こんな真っ暗な場所……不謹慎ですわ。まるで、理性を失った男女が密室に閉じ込められ、視覚を奪われた状態で互いの体温だけを頼りに……///」
暗闇が生む背徳感に興奮していた。相変わらず感性がバグっている。
だが、このダンジョンの真の恐ろしさは、単に「暗い」ことではなかった。
その時、俺の敵感知センサーが反応した。
闇の奥から、何かが迫ってくる。
黒くて、不定形で、影のような怪物たちだ。
【 シャドウ・ストーカー 】
【 特性:闇同化、消音移動 】
背景が黒。敵も黒。
目を凝らしても、そこにあるのは「闇」だけだ。
アレンたちは気づいていない!
(危ない! 敵だ!)
俺は即座に警告のテロップを出した。
いつものように、デフォルト設定(初期値)のままで。
『 前方注意! 敵が来る! 』
だが。
俺は致命的なミスを犯していた。
俺のデフォルトの文字色は**「黒」**だったのだ。
真っ黒な背景に、真っ黒な文字。
結果は明白。
「……? 何か言ったか、ジマク?」
アレンはズカズカと進んでいく。
「何も見えんぞ。ただの暗闇だろ?」
(違う! 目の前に文字を出してるだろ! 読めよ!)
俺は連打した。
『敵だ!』『止まれ!』『真っ黒だぞ!』
だが、いくら文字を重ねても、黒の上に黒インクをぶちまけているだけだ。
アレンの視界には、虚無しか映っていない。
ドンッ。
アレンが何かにぶつかった。
「痛っ! なんだ? 壁か?」
次の瞬間、その「闇」から黒い手が伸び、アレンの胸ぐらを掴んだ。
「うわぁっ!? 闇から手が生えた!?」
シャドウ・ストーカーの実体化だ。
一斉に周囲の空間が蠢き、数十体の黒い怪物が実体化して襲いかかってきた。
「敵襲! 敵襲ー!」
アレンがパニックになって剣を抜く。
だが、敵も黒、背景も黒。剣を振るうべき場所がわからない。
「くそっ、どこにいるんだ!? 輪郭が見えねぇ!」
アレンが空振りする。
(俺のせいだ! 文字色を変えなきゃ!)
俺は慌てて設定パネルを開く。
【 文字色設定 】→【 カラーパレット 】
白だ。黒背景なら、白こそが至高の視認性だ!
『 敵は右だ! 』(色:白 #FFFFFF)
ババン!
漆黒の空間に、純白の文字が鮮烈に浮かび上がった。
闇夜に浮かぶ月のように、あるいは起動直後のコンソール画面(CUI)のように、美しいコントラスト!
「右か!」
アレンが反応し、右の敵を斬り伏せる。
「助かったぞジマク! 最初から光る文字で出せよ! 黒い文字なんかこの部屋じゃ見えねーよ!」
ごもっともです! 設定ミスでした!
◇
なんとかブラック・ゾーンを抜けた俺たち。
だが、この迷宮のギミックはそんな生易しいものではなかった。
次に足を踏み入れたのは、毒々しい「赤の部屋」だった。
視界の全てが真っ赤。血の色のような赤だ。
「うう……目が痛い……」
サラが眉をひそめる。
俺の白文字は、赤い背景の上ではそこそこ読める。
『※警戒してください。赤い敵が出るかもしれません』
すると、部屋の空気が一変した。
カチッ。
何かのスイッチが入った音がした。
瞬間、部屋の照明(背景色)が切り替わった。
赤 → 白
バシュン!
視界が光に包まれた。
「うわっ! 明るくなった!?」
アレンが叫ぶ。
そして、俺の出していた「白文字」も、白い背景に飲み込まれて消失した。
『※アレン、動くな!』
俺は警告するが、文字が見えていないアレンはパニックで動き回る。
(くそっ、また同化しやがった! 今度は黒に戻すんだ!)
俺は文字色を「黒」に変更。
『 ここにいるぞ! 』
カチッ。
またスイッチ音。
白 → 黒
黒 → 赤
赤 → 緑
緑 → 青
部屋の背景色が、高速で切り替わり始めた。
ゲーミングルームのLEDなんてもんじゃない。ポケモンショック並みの激しい点滅だ。
俺の文字は、背景色が切り替わるたびに「見えたり」「消えたり」を繰り返す。
白背景の時は白文字が消え、黒背景の時は黒文字が消え、赤背景の時は赤文字が消える。
(文字色が追いつかねぇぇぇ!!)
俺は必死にカラーパレットを操作するが、敵の切り替え速度の方が速い。
これでは指示が出せない!
そこへ、この部屋の主が現れた。
周囲の色に合わせて体色を変える、巨大なカメレオン型の魔獣。
【 極彩色の幻影:クロマ・カメレオン 】
【 特性:背景色操作、保護色アタック 】
カメレオンの舌が伸びる。
背景が「緑」になった瞬間、緑色の舌がアレンを襲う。
見えない!
「ぐべっ!」
アレンが弾き飛ばされる。
「どこからだ!? 何が起きてるんだ!」
リナが魔法を放とうとするが、
「目が……色がチカチカして照準が定まりません!」
激しい明滅に酔ってしまい、立っているのがやっとだ。
そんな中、一人だけ異様な反応を示している人物がいた。
エレナ王女だ。
彼女は点滅する部屋の中で、自分のドレスを見下ろし、頬を染めて震えていた。
「色が……変わるたびに……私が見えたり消えたりする……?」
エレナの脳内フィルターがフル稼働する。
「背景と同じ色になった時、私の服は『景色と同化』している……つまり、周りから見れば、私は今、服を着ていないのも同然(透明人間)ということ……!?」
違う。絶対に違う。
だが、エレナの論理は止まらない。
「赤の時は赤い服が消え……白の時は下着が消え……。ああ、なんて破廉恥な! 敵の能力で、私はアレン様の前で丸裸にされているのですわ!」
「いや誰も見てねぇよ!」
アレンがツッコミを入れるが、エレナは聞いていない。
「見ないで! ……いえ、見てくださいアレン様! これが私の、ありのままの姿(妄想)です!」
エレナが突然、防御姿勢を解いて仁王立ちになった。
彼女の目には、アレンが自分を凝視している(ように見えている)。
「来るなら来なさい、色のバケモノ! 私の『純潔(透明度100%)』は、そう簡単には奪わせませんわ!」
カメレオンがエレナを狙って舌を伸ばす。
だが、エレナは「見られている」という興奮からか、異常な勘の良さを発揮した。
「そこですわ!」
エレナがドレスの裾を翻して回避。
彼女の動きは、羞恥心と露出狂の狭間で限界突破していた。
「な、なんだあの動き!? エレナ王女、覚醒したのか!?」
アレンが驚愕する。
『※ただの変態的勘違いです』
俺は解説を入れるが、背景色のせいで読めない。
エレナが囮になっている間に、俺は対策を練った。
背景色が変わるたびに文字色を変えていては間に合わない。
どんな背景色でも、絶対に読める「最強の配色」が必要だ。
俺は前世の記憶――パワポ資料作成の鉄則を思い出した。
写真の上に文字を乗せる時、どうすれば読みやすくなる?
サムネイルを作る時、YouTuberはどうしている?
答えは一つ。
「縁取り(ストローク)」だ。
文字の周りに、対照的な色の線を引く。
白文字に黒い縁取り。
これなら、背景が白でも黒でも赤でも、絶対に同化しない!
(デザインの基本をナメるなよ!)
俺はシステム設定を書き換える。
【 文字装飾(Text-Shadow) 】:ON
【 縁取り(Stroke) 】:5px(太め)
【 縁取り色 】:黒(#000000)
【 文字色 】:白(#FFFFFF)
この「白文字+黒縁」の組み合わせは、デザイン界における「最強の視認性コンビ」だ。
スーパーのチラシから映画の字幕まで、あらゆる場所で使われている王道の技術。
俺は生成した。
どんな背景にも負けない、クッキリとした字幕を!
『 敵の舌は、左斜め上! 』
バシィィン!!
背景が何色に変わろうとも、その文字は圧倒的な存在感で浮かび上がった。
黒い縁取りが背景との境界線を明確にし、白い文字が情報を伝える。
「見えた!」
アレンが叫ぶ。
「すげぇ見やすい! 4K画質になった気分だ!」
アレンが指示通りに剣を振るう。
ザシュッ!
透明化していたカメレオンの舌を切断した。
「ギシャァァァ!?」
カメレオンが驚いて色を変えるが、無駄だ。俺の字幕はもう背景に溶け込まない。
『 次は尻尾! 右から来るぞ! 』
『 アレン、頭を狙え! 』
的確な指示が飛ぶ。
視界さえ確保できれば、アレンの剣技(レベルだけは高い)は通用する。
「もらったぁぁぁ!」
アレンがカメレオンの脳天に剣を突き立てる。
クロマ・カメレオンは断末魔と共に、あらゆる色を撒き散らして爆散した。
「ふぅ……。勝ったな」
アレンが剣を納める。
部屋の点滅が止まり、薄暗いグレーの空間に戻った。
エレナ王女が、肩で息をしながらその場に崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ……。アレン様……私の全てを……見られてしまいましたわ……」
彼女は服を着ている。乱れてすらいない。
だが心の中では、アレンとのアバンチュールを終えた後のような賢者タイムに入っていた。
「……あの人、大丈夫?」
サラが小声で呟く。
「ほっとけ。幸せそうだから」
アレンが疲れた顔で返す。
これで「色彩の迷宮」の前半戦は突破だ。
だが、奥へ進む俺たちの前に、さらなる絶望が待っていた。
扉を開けた先。
そこには、「色」すらない世界が広がっていた。
【 現在地:無彩色(モノクローム)の深淵 】
【 特殊効果:彩度ゼロ 】
俺たちの体から、装備から、そして世界から「色」が失われていく。
まるで古い白黒映画のような世界。
そして、そこに待ち受けていたのは、色を喰らう最強のボス。
「RGBイーター」だった。
俺の「文字色」という概念そのものが通用しない世界で、どう戦うのか?
色の三原色を巡る、最終決戦が始まる。
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