第10話:君の瞳に、1677万色の輝き(#FFFFFF)を。

扉を抜けた先は、まるで古い映画の中のような世界だった。


空も、地面も、遠くに見える山々も、すべてが白、黒、そして無限のグレーで構成されていた。


「な、なんだこれ……!?」


勇者アレンが自分の手を見る。


彼が自慢にしていた黄金の髪は、くすんだ灰色になっていた。

 

輝く白銀の鎧も、ただの鈍い鉄の色に。


真っ赤なマントは、ドブのようなダークグレーに変わっていた。


「俺の色が……ない!? 俺の美しいブロンドが、おじいちゃんみたいな色に!!」


アレンが悲鳴を上げる。彼にとって「見た目」は命よりも重い。そのアイデンティティが根こそぎ奪われたのだ。


リナの魔法の杖も、先端の赤い宝石が黒い石ころに見える。


「魔力は感じるのに……色の属性がありません。これでは炎(赤)なのか氷(青)なのか、撃ってみるまで分かりません!」


そして、エレナ王女。

 

彼女は自分のドレスを見下ろし、ハッとした表情で硬直していた。


「……色が、ない」


彼女が震える声で呟く。


「色がないということは……『不透明度』という概念も消失したということ……?」


また始まった。彼女の変態ロジックだ。

「つまり、今の私は、世界というキャンバスにおいて『未着色』の状態。線画だけの存在……。それはもう、実質的に何も着ていないのと同じということでは!?」


「違います」


サラが冷静にツッコむが、エレナの耳には届かない。


「ああ、なんてこと! アレン様の前で、私は『色彩』という衣を脱ぎ捨ててしまった! 今の私は、生まれたままの姿ですわ!」


エレナが顔を覆うが、その赤面すらもグレーで表現されているため、ただ顔色が悪くなったようにしか見えないのがシュールだ。


その時、空間が歪み、この「無彩色地帯」の支配者が現れた。


ズズズズ……。


空間の「黒」を集めたような、不定形の影。


口とおぼしき裂け目からは、ノイズのような音が漏れている。


【 色彩捕食者:RGBイーター 】


【 特性:彩度吸収、存在消失(フェードアウト) 】


こいつだ。こいつが俺たちの色を食っている元凶だ。


「カエセ……イロ……」


RGBイーターが手を伸ばす。

 

その手がアレンの肩に触れた瞬間。


ジュワッ。


アレンの左腕が、グレーから「半透明」に変わった。


「うわぁっ!? 透けた!? 俺の腕が透けてる!」


【 警告:透明度(Opacity)が低下しています。0%になると存在が消滅します 】

 

まずい。

 

単に色が消えるだけじゃない。こいつは「存在の濃さ」そのものを吸い取っているんだ。


色がなくなればグレーになり、グレーがなくなれば透明になり、最後は「無」になる。

やらせるか! 聖剣!」


アレンが剣を振るう。


だが、剣は敵の体をすり抜けた。


敵自体が「影」のような存在のため、物理的な実体がないのだ。


「魔法で! ファイアボール!」


リナが杖を振る。


放たれたのは「グレーの火の玉」だ。


それが敵に着弾するが、RGBイーターはそれをパクりと食べてしまった。


「ウマイ……ハイイロ……」


ダメージがない。


リナが絶望する。


「ダメです! 属性色が乗っていない魔法なんて、ただの魔力の塊です! 奴の餌にしかなりません!」


物理無効。魔法吸収。


そして時間経過とともに、俺たちの体はどんどん薄くなっていく。


サラの足元も、もう幽霊のように透け始めている。


(どうする? 色を取り戻すには……)

 

俺は必死に考えた。


俺の武器は「文字」だ。


だが、さっき試したように、赤文字を出してもグレーになるだけだ。


「赤」という概念が死んでいる世界で、どうやって赤を表現する?


……待てよ。


「表現(レンダリング)」ができなくても、「データ」はあるはずだ。

 

俺はWebデザイナーだった前世の知識を引っ張り出した。


パソコンの画面で「赤」を表示する時、コンピューターは何をしている?


「赤」という絵の具を塗っているわけじゃない。


「信号(コード)」を送っているんだ。


R(赤):255

G(緑):0

B(青):0


あるいは、16進数カラーコード。


#FF0000


もし、この世界が「記述された世界」なら。


色が表示されないなら、「色のソースコード」を直接叩き込めば、強制的に色が発生するんじゃないか?


(イチかバチかだ。試してやる!)


俺は入力モードを切り替えた。


【 通常テキストモード 】から【 HTML/CSS記述モード 】へ。




RGBイーターが、アレンを喰らおうと大きく口を開けた。


アレンの体はもう半分透けている。


「嫌だぁぁ! 俺は派手に死にたいんだ! こんな地味な死に方ごめんだぁぁ!」 俺はアレンと敵の間に割り込んだ。


そして、キーボード(思考)を叩きつけた。


入力コード:


『 color: #FF0000; 』

 

ッターン!!!


刹那。


モノクロの世界に、暴力的なまでの「赤」が炸裂した。


ドォォォォォン!!


俺が打ち出した「#FF0000」という文字列そのものが、灼熱の火炎となって燃え上がったのだ。


それは魔法の炎ではない。


「赤」という概念そのものの奔流だ。


「ギャァァァァァ!?」


RGBイーターが悲鳴を上げる。

 

無彩色の体に、強制的に「赤」を塗られたことで、激しい拒絶反応(エラー)を起こしている。


「効いた! コードなら通る!」


アレンが叫ぶ。

「なんだその文字!? 数字とアルファベット!?」


『※色の設計図です。アレン、離れてろ! 次はこれだ!』

 

俺は次々とコードを打ち込む。

 

色彩の乱れ打ちだ。


『 color: #0000FF; 』(純粋な青)


キィィィン!


絶対零度の冷気が発生し、敵の右腕を凍結させる。


『 color: #FFFF00; 』(ド派手な黄色)


バリバリバリ!


激しい雷撃が敵を貫く。


『 color: #FF00FF; 』(ショッキングピンク)


ボワンッ!


毒々しいピンクのガスが敵を包み込む。


俺はDJのように、次々と色をミックスしていく。


この世界にはない色、自然界には存在しない蛍光色、目に痛いサイケデリックな配色。


それらを全て、物理的な攻撃として敵に叩きつける!


「グゥォォ……マブシイ……! 色ガ……多スギル……!」


RGBイーターが苦しむ。


キャパシティオーバーだ。


単色の世界に生きてきた奴にとって、1677万色のフルカラー情報は猛毒に等しい。


「アレン! 今だ! 奴の色が戻ったぞ!」


俺の攻撃で、RGBイーターの体は七色に発光していた。


実体化したのだ。


アレンが剣を構える。


だが、彼自身の体はまだグレーのままだ。

「力が……力が入らねぇ! 俺も色をくれ! カッコいい色を!」


注文が多いな!


だが、勇者には勇者に相応しい色がある。


俺はアレンにバフ(強化コード)をかけた。


対象:勇者アレン


『 background-color: #D4AF37; 』(メタリックゴールド)

 

『 filter: drop-shadow(0 0 10px gold); 』


シュバァァァッ!


アレンの全身が、まばゆい黄金色に輝いた。


ただの金色じゃない。CSSフィルターで発光エフェクトまでついている。


神々しいというか、成金趣味というか、とにかく派手だ!


「おおおお! きたぁぁぁ! これだ! この輝きこそ俺だぁぁ!」


アレンのテンションがV字回復する。


色(見た目)が戻れば、こいつのステータスは最強だ。


「いくぞ化け物! 俺のゴールデン・エクスカリバー(今考えた技名)を喰らえ!」


アレンが跳躍する。


黄金の光跡を残しながら、七色のRGBイーターに突っ込む。


「彩り豊かに散りやがれぇぇぇ!!」

 

ズバァァァァァァン!!!


一閃。


RGBイーターは真っ二つに切り裂かれた。


その断面から、吸収されていた無数の「色」が噴き出した。


まるで絵の具箱をひっくり返したような爆発。


世界が染まっていく。

 

空に青が戻る。地面に緑が戻る。


リナの服に赤が、サラの髪に銀色が戻る。


そしてRGBイーターは、最後には真っ白な光となって消滅した。


『 #FFFFFF 』(ホワイトアウト)。



色彩の迷宮に、鮮やかな色が戻ってきた。


「ふぅ……。やっぱり俺には金色が似合うな」

 

アレンが髪をかき上げる。


俺がかけたコードの効果がまだ残っていて、無駄にキラキラ光っている。後で解除しておこう。


リナが杖を確認する。

「魔力も戻りました。ありがとうございます、ジマクさん」


サラも自分の手が透けていないことを確認し、安堵の息を吐く。


そして、エレナ王女だ。


彼女は色が戻った世界で、自分のドレスをまじまじと見つめていた。


「……色が、戻った」


彼女は少し残念そうに呟く。

「つまり、不透明度が100%に戻った……。服が『服』としての概念を取り戻してしまった……」


彼女はアレンをチラリと見て、頬を赤らめる。


「でも、あの数分間……アレン様の瞳には、私の『ありのまま(グレー)』が焼き付いたはずですわ。それだけで、私は……私は……っ!」


エレナが身悶えする。


結局、彼女の中では「数分間全裸だった」という記憶に改竄されたらしい。


ポジティブすぎて無敵だ。


俺は空中に、今回のミッション完了のテロップを表示した。


【 QUEST CLEAR 】


【 報酬:極彩色の魔石(売ると高い) 】


俺たちは色鮮やかな迷宮を後にした。


出口の光が眩しい。


だが、俺のシステムログには、不穏なエラーメッセージが一つだけ残っていた。


【 警告:過剰なコード改変により、世界の容量(メモリ)が圧迫されています 】


俺が派手にHTMLをいじりすぎたせいか?

 

まあいい。バグが出たら、またその時にデバッグすればいい話だ。


俺たちは次の街へと歩き出す。


アレンの背中が、夕日に照らされて(そしてCSS効果で)無駄に輝いていた。

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