第0章 神との邂逅

 ――静寂。

 音がひとつもない。冷たい空気だけが肌をなぞる。


 気づけば俺は真っ黒な空間に立っていた。

 上下の感覚もなく、足元すら曖昧な底のない闇。


「……ここは、どこだ……?」


 声が吸い込まれる。

 直後、闇の中心に“光”が生まれた。


 それは炎でも太陽でもない。

 万象を内包した、形容しがたい“存在そのもの”の光。


 人の姿をしているようで、そうでない。

 だが、ただひと目見ただけで理解できた。


 ――神だ。


 光が脈打つと同時に、空気が震えた。


「ユウよ」


 その声は遠雷にも似た重さで俺の心を揺らした。


「またお前は同じ死に方を選んだか」


「……え?」


「お前は“前の生”でも、他者を庇って死んだ。

 そして今も。愚かにも、同じ結末を辿った」


 胸の奥の古傷に触れられたようで、息が詰まる。


「ちょっと待ってくれ。俺は、ただ……助けたくて……」


「助ければいいと思っているのだろう。

 だが、お前は知らぬ。

 残された者の痛みは、死者の満足よりも深いということを」


 言葉が鋭く刺さった。


「お前が死んだ後、あの女は一生“自分のせいだ”と苦しむ。

 前の生でも、同じことが起きた。

 そして――お前だけが満足して終わる」


「ま、満足なんかじゃ……!」


「いいや、ユウ。

 お前の自己犠牲は優しさではない。逃避だ。

 生きて誰かの痛みに向き合う苦しみから、逃げている」


 逃避……?


 俺は誰かのために死ねる自分を誇りに思っていた。

 だけど、その実態が“逃げ”だと突きつけられると胸が痛む。

 否定できない痛みだ。


「お前が死に急ぐのは、ただ“自分が傷つく未来が怖い”からだ。

 人を助けたいという願いも確かにある。

 だが最期の一歩を踏む理由はそちらではない」


 光の神は俺の心の奥底を見透かしていた。


「……じゃあ、俺は……どうすればいいんだよ……」


 初めて、自分でもわからない言葉が口からこぼれた。


 神はゆっくりと手を伸ばし、俺の胸に触れた。

 温かさが広がり、何かが流れ込んでくる。


「ユウ。お前には別の世界を与える。

 そこには魔物が跋扈し、戦いが日常だ。

 優しさだけでは十日と生きられぬ世界だ」


 映像が浮かぶ。

 荒野。炎。逃げ惑う人々。

 剣を振るい、魔法を撃ち、必死に生きようとする戦士たち。


「そんな世界に、お前をそのまま放り込めば――お前はすぐ死ぬ。

 また同じように。迷いなく、自分を差し出す形で」


 俺は唇を噛んだ。


 わかる。

 このままの俺では、きっとそうなる。

 死を差し出すほうが簡単だと思ってしまう。


「だからこそ“攻撃の力”は与えぬ」


 光が鋭く走る。


「お前に攻撃の力を与えれば、また同じ死を選ぶからだ。

 敵を討つ力を持てば、“誰かのために命を捨てる”未来が濃くなる」


「じゃあ……俺は何もできないままなのか?」


「いいや、“救う力”は与える」


 光が胸の奥で鼓動する。

 温かい。だが同時に、強烈な重みがある。


「支援魔法。

 味方の力を引き出し、戦況を覆す、最強の祝福だ。

 これは、お前の性質に最も適した力だ。」


「俺の……性質……?」


「お前は誰かの痛みを放っておけない。

 だが同時に、相手を傷つけることにも耐えられぬ。

 ならば戦え。

 傷つけず、傷つけられず、人を救う術で。

 それこそが“支援魔法”だ」


 胸の奥の光が一度強く脈打つ。


「しかしただ祝福を与えるだけでは、お前の“逃避”は治らぬ。

 だから呪いをかける」


「……呪い?」


「攻撃力は永遠にゼロ。

 どれほど鍛えようと、何を装備しようと――絶対に攻撃は通らない」


 その言葉は重かった。

 でも、直感でわかった。


 これは罰ではない。“縛り”なのだと。


 俺を死から遠ざけ、生へ向けるための。


「ユウ。

 生きて救え。死んではならぬ。

 その覚悟が持てぬうちは、お前の願いは決して成就しない」


 光が空間いっぱいに広がる。

 強烈な風のような力が、俺の身体を押し上げる。


「待ってくれ! 俺は、俺はどうすれば――!」


「生きろ、ユウ。

 その先にお前が知らぬ“救いの形”がある」


 視界が白に飲み込まれる。


 光に包まれ、俺は――異世界へ落ちていった。

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