自己犠牲の支援魔法使い

ヒオウギ

第0章 死と呪いと転生

 夜の商店街は、冬の終わりを告げる冷たい風に包まれていた。

 パチンと蛍光灯が消える音がして、魚屋のシャッターが半分ほど下りる。

 高校の帰り道、俺――篠宮ユウは、コンビニ袋を片手に歩いていた。


 (今日も……少し疲れたな)


 テスト勉強に部活の手伝い。どれも大したことじゃないけれど、

 人に頼られれば断れない性格が、じわじわと体力を削ってくる。

 でも、それで誰かが助かるなら――それでいいと思っていた。


 そんなときだった。


「――きゃあああああっ!!」


 甲高い悲鳴が、夜の街を切り裂いた。


 振り返った瞬間、心臓が凍りつく。


 街灯の下、血まみれの男が立っていた。

 包丁を握りしめ、肩で息をしながら、震える女性へ歩み寄る。


 周囲の人々は、一斉に逃げ出した。


「やめろ!」「通報しろ!」「走れ!」


 誰も女の人に近づこうとしない。

 当然だ。怖い。刺されるかもしれない。


 ……でも。


 俺の足は、勝手に前へ出ていた。


(怖い……本当に怖い。でも……)


 胸の奥で脈打つのは、恐怖よりも強い衝動。


(誰かが傷つくなら――俺でいい)


 考えるより早く、俺は女性に向かって走っていた。


「逃げてください!!」


 女性を突き飛ばすように庇い、男の顔面に拳をめり込ませる。

 男は数歩後ろに下がり、ぎらついた眼を向けてくる。


「邪魔すんじゃねぇぇーー!!」


 咆哮を上げた男に身体が委縮する。

 姿勢を低くして突進してくる相手に対処が間に合わない。

 

 腕を胸の前にクロスして防御の構えを取ろうとするが――

 次の瞬間、冷たい金属の感触が、腹の奥に刺さり込んだ。


「――っ!」


 息が止まる。

 視界が白く弾け、世界がぐらりと傾く。


 通り魔の男が包丁を引き抜く音が、生々しく耳に残った。


 膝が折れ、身体が地面に崩れ落ちていく。

 遠くで女性が泣きながら逃げ出す気配があった。


(よかった……助けられた……)


 安堵の方が大きかった。

 痛みよりも、恐怖よりも、ただ――救えたことが嬉しかった。


(これで……いい……)


 目を閉じると、夜の音がゆっくりと消えていった。


 最後に聞こえたのは、誰かの叫び声。

 それすらも、闇に溶けていく――


 そして俺は、すべてを失った。

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