第4話  リリコ2

 あれから一ヶ月経ちました。リリコとリヒト君はラブラブモード全開です。


 でも、ある日、彼が妙なことを言っんです。


「最近、誰かに見張られてる感じがする」

「毎日ポストに変なサンドイッチ入ってるし」


 とても不安そうなリヒト君。


 サンドイッチはハムタマゴらしいです。


 そこでリリコは思い出したんです。探偵が見せてくれた三枚の写真に一人だけ女がいたことを。


(まさか、あの女、リリコをつけてたんじゃなくてリヒト君を尾行してたんじゃ……)


 嫌な予感が胸を締め付けました。それは、写真の女が巨乳っぽくて、かなりの美人だったからです。


 リリコは、生まれながらにして神様から祝福されたスタイルの良い美人が大嫌いです。拒絶アレルギーが出てしまうんです。


 日々を重ねるたび、リリコの妄想は風船のように膨らんでゆきました。


(あんな美人が、もし彼に告ってきたら? リヒト君は『彼女がいる』って断ってくれるだろうか?)


(勿論、断るに決まってる!)

(いやいや、断らないかもしれない)


 その口論は暫く続き、やがて結論が出ました。


【美人からの告白を断る男なんていない】です。


 イコール、自分は捨てられるってこと。


(いや……いやだ……いやいやいやいやだーーっ!!!)

 

(そんなこと、絶対に耐えられない! あり得ない! 許さないっ!!)


 心にビューッと冷たい嵐が吹き荒れます。ハリケーンの名前は『心変わり』


『ごめん、他に好きな人ができたから別れたい』


 そんな言葉を吐く未来のリヒト君を妄想したリリコは床に突っ伏し泣き崩れました。


 それだけは、そんな残酷だけは回避しなくてはなりません!


(じゃあ、どうしたら良い? どうしたら回避できるの?)


 リリコは床に伏せていた顔を上げ、必死に答え探して考えます。部屋に響くのは規則正しい秒針音だけ。


 淀む空気。歪む空間。真っ黒な思考。デブスなリリコ。散々とリリコをバカにしたクラスメイトが笑って叫びます。



【デブ】【ブス】【妖怪】【ダルマ】


「ふふふっ」


 やがてリリコの中に答えが導き出されました。



 ある夜、リリコは自分のアパートから帰るリヒト君を尾行します。すると


(やっぱり)


 女が一人、彼の後をつけていました。 


 女は彼に夢中でリリコに気付いていません。リヒト君を追って薄暗いトンネルに入って行きます。


 リヒト君と女は、だいぶ間隔を開けています。彼がトンネルを抜けたと同時、リリコは女に声をかけました。


「今晩わ。ストーカーさん」


 瞬間、背中で揺れていた栗色の毛先が止まりました。


 ビクッと肩を跳ね上げて振り向く女。


 やはり美人です! リリコとは違う神様に祝福された容姿に抜群のスタイル。ザックリ開いた胸元には、巨乳の印、縦の曲線が見えました。


(あー痒い!痒い痒い痒い痒い!)蕁麻疹がでます。


 最愛の彼を奪う悪魔。

 

(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いっ!!!)


 こんな魔王は討伐しなくてはなりません。


「死ねええーっ!!」


 リリコは全速で走り、その女の胸元めがけて勇者の剣を振り下ろしました。


「ぎゃああーーっ!!」


 トンネルの石壁を突き刺す、この世とは思えない絶叫と血飛沫。


「ふぅ〜」


 ことを済ませたリリコは、先端から鮮血がしたたり落ちる包丁を片手にトンネルを出ました。


「ふっ……あはははっ!!」

「あはははははっ!!」


 あー気持ちいい。

 笑いが止まらない。


(彼とリリコの邪魔は誰にもさせない! リヒト君は、リリコだけの王子様だもん!)


 リリコは包丁を川に投げ捨て夜空を仰ぎます。


(あー、今日は満月か……)


 瞳を閉じ、月に切なる願いをかけました。


(どうかリヒト君と一生離れませんように)


 刹那、後方から男の怒号が飛んできました。


「おい、待て! ストーカー女!!」


「えっ?」

驚いて振り返るリリコ。


 背後には、見知らぬ中年男性が鬼のような形相をして立っています。


「なぜネネちゃんを殺したっ!!」


(ネネ? もしかしてストーカー女の名前か?)


 男は、もっと醜く顔を歪め、リリコに向かって突進してきます。


「ああぁぁっ……」


 戦慄せんりつが全てを支配し、足の小指一本でさえ硬直して動かない。


 鼻腔に入り込むすえた匂いと同時、男はリリコの首を両手で締め上げました。


(くっ、苦しいっ!!)


 首にかけられた男の両手に爪を立て、リリコは激しくもがく、ひっかく、可能な限り抵抗しました。


 でも男の力は弱まらない。強く、更に強固なってゆく。


「ぐっ、ゲホッ」


 混濁する意識。頭の隅から霧のようにわいてきた煙が思考を白く染めてゆきます。


 微かに脈をうつ脳内が、探偵に見せられた三枚の写真をばら撒きました。


(そっか、ストーカーはもう一人いた……。この男は……)


 白い、真っ白な世界がリリコを誘う。


 どこか……どこか遠くから鼓膜を掠めるのは咆哮かサイレン音か。


 それは、もうすぐ全てが白くなる世界の音。容姿など関係ない、全部がリセットされる音でした。


 完全に瞳を閉じる半歩手前、リリコの口から唾液泡と一緒に言葉が零れます。


「ストーカー、キモ……」






                 

 

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