第8話 元プロゲーマーの過去を明かした湊、美少女3人と距離が近づくもモブ男が邪魔する件


 体育館を出た湊の後を、暦深たち3人の美少女もついてくる。最後尾を、航平が渋々といった顔で歩いていた。


「……ったく。入学早々騒ぎを起こして、俺たちまで目を付けられたんじゃないか? 厄介なことをしてくれたもんだよ」

「ちょっとこーへーくん。そんな言い方ないんじゃないかな?」

「別に怒ってるわけじゃない。ただ、俺らはたいがいお人好しだと思っただけだよ。せっかくお前らと平穏無事な学生生活を送れると思ったのに」


 頬を膨らませながら航平が不満を告げる。湊は「すまん」と謝った。


「君らまで外に出ることなかったんだぞ。説明会はまだ続いてるし、部活も決めてないんだろう?」

「まあいいじゃん、いいじゃん。ひとりじゃ寂しいでしょ」


 暦深がケラケラ笑いながら言うと、鋭理も何やら小さく頷いていた。


「相手は細身だったとはいえ、成人男性をあのように持ち上げるのは大した物だ。姿勢も美しかった。体幹と背筋を鍛え、身体の構造と重心を理解している証だな」

「あ、あの。私も気になることが……!」


 福音が若干顔を紅潮させる。


「さっき、先生が言っていました。『元プロゲーマー』と。それって、やっぱり本当なんですか!?」

「正直、あまりおおっぴらにするつもりはなかったんだが」


 辺りを見回し、中庭に面したベンチを見つける。

「あそこで座って話そう」と湊は持ちかけた。


 円形のベンチに腰を落ち着けてから、湊は自分の経歴を語り出した。


「先生が言っていたことも、教室での噂も、全部正しい。俺は昔、デュークの名前でプロゲーマーをしていた。中学2年の頃だ」

「中2って、マジかよ」

「教室で噂をしていたのは、きっとeスポーツかデジタル関係の選抜クラス生徒だったんだろう。当時の俺は『ダンスゲーム』『VR対戦アクション』『FPS』の3ジャンルでトップレベルの成績を収めて、プロとしてスカウトされたんだ。選抜クラスで瑞穂学園に入学できたのも、このプロの肩書きがあったからなんだ」

「待て。待て待て待て! 何だって? ダンス、アクション、えふぴー?」

「FPS。ファーストパーソンシューティングの略。見たことないか? キャラクター本人の視点で移動したり戦ったりするゲームだよ」

「それの、プロ? 天宮が?」

「元、だけどな」


 航平が驚愕の表情になる。同じく驚きで口をあんぐりあけていた福音に「お前、知ってるか?」と尋ねた。

 福音はごくりと唾を飲み込んでから、「えっと。ちょっとは」と曖昧に頷いた。明らかにもっと知っていそうな雰囲気だったが、彼女は何故か誤魔化していた。


 暦深が指先を顎に当てた。


「んー? 中学2年でプロになって、今は『元』ってことは……もうプロを辞めちゃったの?」

「ああ。中学3年で辞めた。自分からプロを辞めさせて欲しいって言ったんだ。プロだった期間は1年もなかったと思う」

「どうして? 3つのジャンルでプロになるなんて凄いことじゃん」


「私も気になります!」と福音が身を乗り出す。

 すると鋭理が腕を組んで、幼馴染みたちを制した。


「中学生でプロになった人間が、たった半年で引退したんだ。相応の事情があったのだろう。他人のプライベートに関わることを、むやみに掘り下げるべきじゃない」

「あ、そうだよね。えーりんの言うとおりだ。ごめんね、天宮くん。デリカシーがないのはウチの方だったかも」

「わ、私も……つい、前のめりになってしまいました。同類かと思って。本当にごめんなさい」


 申し訳なさそうにする2人に、湊は「気にしないでくれ」と首を横に振った。それから鋭理を見る。


「……何だ。天宮湊」

「いや、冴島からそんな風に言ってもらえるなんて予想外だったから。君はあまり他人に興味がない人種だと思っていた」

「興味がないわけじゃない。私は肉体感覚を大事にしているだけだ。家庭の事情は普通に尊重する。私自身もそうしている」

「なるほど。その考え、いいな」


 湊が微笑むと、鋭理はちらりと湊の顔を見て口元を緩めた。このやり取りを、暦深が目を丸くして見つめた。


「本当に珍しい……。えーりんが初対面の人の顔を認識するなんて」

「言われてるぞ、冴島」

「事実だ。私は人の顔形にあまり興味がない。覚えるのも苦手だ」


 さらに声に出して笑ってから、湊は言った。


「肩の力が抜けたよ。皆になら話したい。――俺が短期間でプロを辞めたのは、深刻なスランプに陥ったからだ。ゲームには素人の妹に負けてしまったことがきっかけでね」

「ぶっ!? プロが、素人に? それでスランプとか、お前どんだけ……くくっ」


 航平が吹き出した。さすがに咎めるような視線を暦深たちから向けられ、「いや、すまん」と咳払いする。


「しかしな天宮。いくらプロのプライドがあったからって、身内に負けたくらいでプロを辞めるようなことになるか? ちょっと飛躍しすぎじゃね?」

「言いたいことはわかるし、事情を知ったチームメイトからも同じように咎められたよ。プロの自覚を持てって。けれど……俺にとっては、『妹にまさっていること』がプロでいる意味だったんだ」


 まだ少しだけ肌寒い風が、中庭を吹き抜ける。近くに植えてある桜は早咲きだったのか、すでに枝がずいぶんと寂しくなっている。


「俺には双子の妹がいる。ゆいって名前だ。小学生の頃から、俺は結にコンプレックスを持っていた。運動も勉強も結が上。精神的にもしっかりしていたし、体格だって結の方が大きかった。何でもできる妹を持った兄が、唯一自信を持てたのがゲームだったのさ」

「ふーん。ありがちだな。それでプロになったのは大したもんだけど」

「そう。ありがち。けど切実だった。妹との関係がこじれてきたのもプロになった頃だったし」


 プロになれたことで、コンプレックスは克服できた――そう湊は思っていた。

 しかし中学3年生のとき、結と口論になったことをきっかけに古い対戦格闘ゲームで勝負をして、湊は負けてしまった。

 ビギナーズラックだったかもしれない。たまたま結の調子が良かったのかもしれない。あるいは、湊におごりがあったのかもしれない。

 確かに言えるのは、この敗北が湊の心に大きな傷跡を残したことだった。


 以後、コンプレックスが再発した湊は公式戦で様々な不調に見舞われた。マウスをクリックする手が不意に止まる。反応速度が明らかに落ちる。画面にノイズが映って見える。あらゆる判断がワンテンポ遅れる。


「辞める直前の試合では、チーム戦なのに最速でやられて離脱してしまった。チームメイトの叱責を受けながら、何もできずただただ敗北を見守るだけの時間は――控えめに言って地獄だったよ」

「……わかります。それは、本当に地獄」


 福音が両拳を膝の上で握りしめた。一方、航平は納得いかないといった顔をしていた。


「お前が大変だったのはわかったけどよ。どうしてそれが女目当てに繋がるんだ」

「それは、タイム――」


 言いかけて止める。


(タイムリープやホクロの君のことを話しても、さすがに信じてもらえないよな)


「プロを辞めた俺は、誰とも顔を合わせたくなくて家を飛び出したんだ。結と話をするのも怖くなった。幸いと言うべきか、プロで稼いだ賞金なんかがあったから放浪生活には困らなかったけど、あのときの俺は人間不信に陥っていたんだ。けど、それじゃダメだって思い知らされた」


 ホクロの君の最後の言葉が、脳裏をよぎった。


「絶縁状態だった結と、もう一度家族としてやり直したい。けど、いきなりそんなことを言っても、もう結は俺の言葉を信じちゃくれないと思った。だから、高校で心から信頼できる親友を作って、もう以前の俺とは違うってことを結に伝えたいんだ」

「そっか。それで体育館では、『妹を安心させたい』って言ってたんだね」


 暦深が感慨深そうに呟く。


「ねえ天宮くん。よかったら、私たちが友達になってあげようか?」

「久路刻?」

「親友――は難しいにしても、友達として妹さんに紹介するのはアリなんじゃない?」


 そのとき、航平が「やめろ」と固い声で口を挟んだ。


「表面だけ友達になっても、こいつが苦しむだけだ。そうだろ、天宮」

「そう、だな。相沢の言うとおりだと思う。結もきっと納得しない」

「だろ? だからこれ以上、俺らが下手に首突っ込むのはやめとこうぜ。これは天宮の問題。俺たちがどうにかできることじゃないんだ」

「けど、こーへーくん」

「まだ入学初日だぜ? 俺らが心配しなくても、天宮くらい積極的ならいつかそれっぽい人間が見つかるだろ。ほら、行こうぜお前ら。色々あって疲れちまった」


 航平は立ち上がると、さっさと歩き出した。その場に残ったままの幼馴染みたちに「ほら行くぞ、暦深。鋭理。福音」と声をかける。暦深たち3人の少女は、後ろ髪を引かれながら航平の後を追う。


 幼馴染みたちを周りに控えさせ、航平は振り返った。


「じゃあ頑張れよ、天宮。応援してるから」

「……ああ。話を聞いてくれてありがとう」

「いいってことよ」


 ひらひらと手を振って、航平たちは帰っていった。


 残された湊は空を仰ぐ。


「あいつらとなら親友になれるかもしれないと思ったんだがな」


 ふう、と息を吐き、勢いよく立ち上がる。握りこぶしを作った。


「よし、やるか。こういうときこそ、トライアンドエラーだ」


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