エスパー投手は彼女に夢中

第1話 無口な中学生

ボーイズリーグの強豪チームに来たのは二人の選手に

甲子園常連校の推薦試験合格を告げるためだった。

二人とも野球の才能に恵まれ、学業の方も問題ない。

この学年で歴代最強チームを作るかもしれない。

そんな予感をさせてくれる子供達だ。

今日の練習はほとんど終わりらしく、用具を片付けている者が

居るのにグラウンドでは打撃練習が行われていた。

バッテングゲージには中学２年の選手、

来年採ろうと声をかけている選手がいたが、

どうも様子がおかしかった。

打撃練習をしていて納得できず、

練習延長を頼み込んでいるらしい。

見るとバットの芯を外れた打球ばかり続いている。

その理由はすぐに解った。

バッテングピッチャーが、実に良い球を投げている。

速い、とかクセ球というわけではない。

バッテングピッチャーとして、適当な速さで真ん中付近に

投げているだけだが、力の抜けた

実に美しいフォームで投げこんできている。

”あれは打ちにくい”

体が柔らかいのか腕が大きく後ろに引かれ普通のタイミングより

遅れて出て来る。

なのに腕の振りは速いからタイミングを取るのが難しい。

良い投手になれる素質を持っている。

”あんな投手いたっけ？”

左投手だし、あの球を投げていたのに何故気が付かなかったんだろう。

投げるコースを指示されたその投手は一言も発せずうなずくだけで

黙々と投げ続けている。

全く話さない。恐ろしく無口な子だな

思ったより長く見ていたのかもしれない。

待ちきれないと言う感じで話しかけられた。

「お待ちしておりました監督。

すぐ用意しますのでこちらにおいで下さい。」

大学の後輩であるボーイズリーグチームの監督が集合の声をかけ、

選手たちが集まってきた。

ひときわ大柄な二人が今度入部してくれる選手だ。

二人とも合格は当然だと思っていたらしく、

それなりの反応でチームメイトの賞賛の拍手を受けていた。

打撃練習を急ぎ終わらせた先程の選手たちも来ていた。

立っている位置的にあの投手は３年生らしい。

この集合の後、今日の練習は終わりにするようだ。

皆慌ただしく片付けに散っていく。

それを見ながら気になっていた事を後輩に聞いてみる事にした。

「バッティング投手をやっていた子はどこへ行く予定？」

このチームで目立つ選手は甲子園を狙う強豪高校へ行く場合が多い。

それを認識した上での発言だった。

「ああ、あれですか射和翔太といいます。結構良いでしょう？

でも当人は野球はもうやめて受験に力を入れると言っています。」

「辞める？勿体ない。受験って成績悪いのか？」

自分の学校は無理だが、あの才能なら野球で入れてくれる学校はあるだろうに。

「逆です。成績は物凄く良いみたいです。

親が医者で当人も医学部志望なんですよ。早いうちから大学受験対策らしいです。」

それは、俺にはわからん世界の話だな。

「しかし何故今まで気が付かなかったんだろう。左投手だし目立ちそうなのに。」

「同学年に化け物がいましたからね。それにアイツこの一年で１０ｃｍ近く背が

伸びたんですよ。イメージが毎回違うかもしれません。」

急激すぎる体の成長は時にバランスを崩し、プレーに影響を与える事がある。

良いときばかりではなかったのかもしれない。

「それに、異常な位無口ですからね。挨拶もちゃんと出来ないですからね。」

うん？さっき全員で声出しした時はちゃんとしてたと思うが。

首をかしげていると、後輩は顔を近づけ小さい声で話しかけてきた。

「吃音が酷いんです。そのせいか赤面症もあって。

仲間の中だけならそれほどでもないんですけどね。」

俺は余程変な反応をしたらしい。

親切なのか何なのか後輩がその選手に声をかけてくれた。

「ショータ、W実業の監督さんが才能有るって褒めてくれたぞ、

お礼言っておけ。」

近寄って来たその子を見て驚いた、遠目でも整った顔だと思ったが

超絶美人、男子を表現するのに変かもしれないが、

それ以外表現するしかない顔をしている。

女の子が寄って来るだけじゃなく嫉妬されそうだな。

見ているだけで軽く眩暈（めまい）がしたのは気のせいか。

その顔がみるみる赤く変わっていく、

大きな声でしっかり挨拶されたが先程言われた事がわかった。

「あっ、ありっがとうごっ、ざざいます。」

みたいな感じ、聞き取りにくいし挨拶になってない。

でも一生懸命やってる感じで、性格は誠実そうだ。

うーん、惜しいな。さっきの投球を考えると採りたくなるが

今年の枠は全部使ってしまった。

一般受験で入って来てほしいが、無理押しはうーん。

その決断を一生後悔する事になるとは、知る由もなかった。