第30話 新品ちょうだい
一時間経ち、どのくらい進んだか聞いてみるが、あまり芳しくないらしい。
事故で詰まっているらしく、下手したら帰宅が日付を超えるかもしれないと言われた。
この時間、電車で帰っても止まったら終電がなくなる。というか補導される。
「はぁ……」
「もう事情話して泊めてもらいなよ。私は明日全休だから遅く帰ってもいいけど、あんた学校でしょ? いるもんあったら学校に届けてあげるから」
「服ないじゃん」
「じゃあ朝届けてあげるから。そっちからの方が学校も近いんでしょ?」
「そうだけど……」
正直、特に仲良くもない安蘭樹さんの家に泊まりたくない。する気はないけど、万が一一緒に登校したら何言われるか分からない。
でも、これ以上お姉を付き合わせて事故られたらたまったもんじゃない。
どうすればいいのか、答えは中々出なかった。
「くうちん、スマホ貸して」
妹ちゃんを寝かしつけてきた安蘭樹さんが、戻ってすぐそう声をかけてきた。
「なんで」
「いいから」
安蘭樹さんはスマホを持つ私の手を上からさらに覆うように握り、無理やり自分の耳にスマホを当てた。
「お久しぶりです。花恋ちゃんのクラスメイトの安蘭樹悠優です。事情は大体把握しました。我が家は事情があり、両親が不在でして。──はい、そうです。──こちらは問題ありません。そのつもりで話を進めるつもりでしたので。──はい、分かりました。失礼します」
安蘭樹さんは一通り話し終えると、私の手を離した。
もう電話は切られており、瞬時にお姉が私との会話から逃げたと察した。
つまり、私に選択の余地などなく、物事が決定してしまったという事だ。
「はぁ〜〜〜」
久しぶりに大きく深い溜息をこぼし、自分の足元を見る。
「安蘭樹さん家のソファー、ベッドになる?」
「ならないよ〜。でも大丈夫。はるちゃんはそうちゃんと寝てもらうから〜」
「そ。じゃあ私がベッドで寝るから安蘭樹さん床ね」
「えっ」
「歯磨きしてくる。着替えとか用意しといて」
「あ、ちょっと待って今は──」
私は安蘭樹さんの制止を聞かず、洗面所に入った。
一気に私を覆った湯気のせいで、視界が一気に奪われる。
「ん? ……うわっ! おま、何、うわっ! ちょっ、入んなよ!」
先客がいるようだが、そんなこと私には関係ない。歯ブラシさえ手に入れば、ここから出て歯磨きをすることはできる。
「ねえ、歯ブラシどこ? 新品の」
「は、はあ⁉︎」
「雨で帰れなくなったから泊まるの。歯ブラシどこ。新しいのあるでしょ」
「いや、状況考えろよお前! 変態かよ⁉︎」
「……はぁ?」
言葉の意味が分からなかった。歯ブラシを要求している私のどこに変態要素があるというのだろうか。使用済みを要求するならともかく新品だぞ新品。
「いいから歯ブラシ出してよ。人ん家の物勝手に触っちゃダメでしょ。あ、あと新品のボディータオルとかあるならそれも出して。君らが使ったの使いたくない。──何してるの? 早く」
「お、俺が全裸って見たら分かるだろ! さっさと出てけよ!」
「いや、ただでさえ視界が暗いのにお風呂場の湯気のせいでレンズ曇って何も見えないんだけど。てか全裸ならさっさと服着れば? あんたこそ女性の前でずっと全裸でいるとか変態じゃん」
クソガキは何も言い返さず、モゾモゾ動いている。
衣服の擦れる音がすることから、服を着ているのだろう。
「たく、お前と一晩一緒だなんて最悪だ」
「一緒にはいないよ。私もいたくない。それより、さっきからお腹うるさいんだけど」
「うっ、うっせー! お前のせいで何も食べれてないんだよ!」
「そんなことより歯ブラシ」
「……ちっ」
ゴソゴソと音を出し、差し出した手に乱雑に歯ブラシが置かれた。
「あんたこれから風呂入るの?」
「どう見たって出たところだろ⁉︎」
「だから見えないって」
「一々ムカつくなお前」
「あんたに言われたくない。ついでに新品のボディタオルとバスタオルも出して。私は安蘭樹さんから着替えもらってくる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます