また目指そうとは、思わないのか?
「もし諦めたら、永遠にその決断を後悔し続けて、いずれは再び夢を目指すようになってしまう」という言葉が、頭の中で反芻する。
昨日、帰り際に教室で言われた言葉。今日の登校中に聞いたことと照らし合わせると、それは強い意味を含んだ言葉のように思われる。
「おーい佐藤君、聞いてる?」
はっと我に返ると、教壇に立つ女性教師がこちらを訝しげな目で見ていた。
歴史の授業中だということを忘れて、考え込んでしまっていた。クラス中の注目が俺に向けられる。
「すみません、聞いてませんでした」
「別に聞いてなくてもいいけど、自己責任だからちゃんと勉強してね。じゃあ、佐倉君わかる?」
「わかんないです」
「え、わかんない? じゃあヒント出すね」
フランクな先生だけあって考え事は軽く見過ごされたが、智が指されて答えられなかったのでもう駄目だった。
そのまま俺は再び考え事を再開した。
昨日の帰り際に教室で聞いた言葉。俺にそうやって言った理由は、俺が尋ねたからというのももちろんあるだろうけど、それだけの意図で言ったわけではないと思った。
彼は多分、俺に小説家を目指すことを諦めてほしくなかったのだと思う。
夢があるから俺と仲良くなろうと思ったとも言っていたし、そのルーツは彼が楽曲制作を仕事にしたいと思った過去と繋がりがあるような話し口だった。
だから、智の意図を知るためには、彼の話の続きを聞くのが一番早い。
俺はそう思って、残りの細々とした思考を放棄した。
「で、さっきの続きは?」
智は再び話し始める。
中学校に入学した彼が次に始めたのは、自分の曲に歌詞を添えることだった。曲を作り始めた時と同じように、歌詞を書くのにも苦戦して、徐々に上達して、そのうちに完成度の高い作品が作れるようになった。
彼が自分の作品に自信を持ち始めた中二の冬頃から、インターネット上に自作の曲を投稿し始めたらしい。
「限界を、実感した」
聞いている限り順風満帆だった智の楽曲制作だったが、しかしもちろん障害にも立ち会ったらしい。
広いインターネットの海には、彼の実力を上回るような人が数多いて、もちろん彼の作品を評価するような人も多くいたけれど、同様に彼の作品を足蹴にするような人もいたらしい。
曲を投稿し始めてから一年が経つ頃には、彼は完全に挫折して、楽曲制作を仕事にするという夢もを語れるほど胸を張ることはできないようになっていた。
「よくある話だとも、思うんだけどね。そういうバックグラウンドの元、僕は夢を追える人に好意的になったんだ」
彼の濃い語りを聞いて最初に俺が思ったのは、佐倉はまだ戦えるはずだということだった。
「……また目指そうとは、思わないのか?」
気づけばそうやって、問いかけていた。
それは夢を諦めた智にとって、最も厳しい言葉だった。
「また目指すよ。文芸部に入らなかった理由も、それだ。自分の楽曲制作に集中するため」
簡潔で希望を秘めた返事は智らしくないもののように思われたが、どうしてか俺の心にすとんと落ちて納得するようなものだった。
「っていうかそう聞くってことは、歩夢自身も夢を諦めれるタイプじゃないと思うよ」
言われてはっとする。
そうだ。
俺はきっと、一度夢を諦めたとしても、再びそれを目指したいと、そう思ってしまう人間なんだ、心の芯から。
目が覚めた気分だった。
これまで小説家を目指すことが後ろめたいことかのように思われていたが、そうではないと思えるようになった。
「家に帰ったら、妹とお母さんと話してみる」
妹は俺が小説家を目指すことをよく思っていない。
それは紛れもない事実だろうが、母はどう思っているだろう?
そこの点で、話し合いが足りていないと、俺は漸く気付いた。
「歩夢が、そう思えるようになってよかったよ」
ほんのりと微笑む智は、心の底から嬉しそうだった。
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