月桂樹と番犬

夜啓よる。

第1話 依頼

 その日。ゴグスラーで一番高い丘の上にある『月桂樹の家』に持ち込まれたのは、聞く限りは至って普通としか思えないような人探しの依頼であった。発足から十数世紀に亘って様々な依頼を持ち込まれてきたこの『家』だが、これほどにシンプルな依頼がやって来るのは一周回って珍しいことだと言えた。


「お願いです。アタシの恋人、ヒューゴを探してもらえませんか」


 そんな台詞と共に『家』に依頼を持ちこんだ、明るい茶髪とエキゾチックなイヤリングが特徴的な依頼人。彼女は長い睫毛に縁取られた緑の目を数度瞬かせると一度小さく深呼吸をし、溌剌とした雰囲気の赤毛の青年が写る一枚の写真を見せながら話を始めた。




 曰く。写真の青年ことヒューゴ・ウィルソンと依頼人のミア・ベインズは同じ大学に通う大学生である。最初は食堂や廊下でたまに顔を見る程度の面識だったが、ある時ヒューゴに声を掛けられたことで関係が発展していき恋人になった。悲しいことにヒューゴの友人や家族からは猛反対を食らってしまったが、それに分かたれることはなくメッセージを送ったり密会を重ねていた。

 しかし六日前に街中で偶然会ったのを最後に、突然ヒューゴと連絡が取れなくなってしまう。最初はてっきり友人との予定があってメッセージが開けないのかと思っていたが、三日経ってもヒューゴから連絡が返ってくることはなく、あまつさえ大学でも見かけなくなってしまった。

 流石に「これはおかしい」と思ったミアは、ヒューゴが行きそうな場所を思いつく限り巡ることにした。行きつけの店、通っている病院、よく行くゲームセンターや学生パブ……友人や家族に見つかる危険性を冒してバイト先や彼の家の傍にも行った。しかし努力虚しくヒューゴに出会うことは一度として無いまま、更に三日が過ぎていった。




「それで『我が家』に捜索を依頼しに、ということだったのですね」


 ミアの話が終わると同時にメモに書き込んでいた手を止め、顔を上げてそう問えばミアはこくりと深刻そうに頷く。


「警察だとアタシのことがバレちゃうかもしれないし、探偵に頼むにはお金が足りなくて……お願い、できますか?」

「勿論。そういった人々の寄る辺となることこそが、僕らの務めですから」

「あっありがとうございます! ええと……」


 涙を溢しそうになるのを堪えながらこちらを歓喜の表情で見上げたミアの瞳に、黒いマリアベールとケープを身に着けたプラチナブロンドヘアの男が映し出される。彼女が何かを言おうとして口ごもったのを見て、瞳の中の男──今まさにミアの依頼を引き受けた張本人であるシスルは「ああ」と小さく呟き自分の胸にそっと手を当てた。



「申し遅れました、僕はシスル。貴方様のご依頼を預かる『月桂樹の家』の守人です」



 そう言って大袈裟なほどに恭しく頭を下げる。これはシスルの癖であり、シスルにとって精一杯の誠意の表す姿勢だった。

 しかしファミリーネームも無しに「シスルアザミ」だなんてあからさまな偽名を名乗ってしまえば、効果も薄れるというもの。頭を上げた先に見えたミアのあまりにも絵にかいたような唖然とした表情には、シスルも苦笑いを浮かべるしかなかった。

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