貧乏サンタとトナカイ族の少女は、今日も巨大七面鳥と戦い、ソリのローンを返済する 〜そしてお嬢様の護衛へ〜

ゆうくん

スノーパンク

第1話 世界の中心で、メリークリスマスを叫ぶ

 その日は、月のない夜だった。雲の切れ間から覗く星々が、森を銀色に照らしていた。


 茂みが、がさりと揺れた。次いで、小さな顔が現れる。


「目標の匂いを感知。十二時の方向に二百メートルってとこっス」


 大きな緑色の瞳に、細い鼻梁。茶色がかった灰色の髪。そこまでは普通の外見だった。


 奇妙なことに、その若い女の頭には二本の枝分かれした角があった。角の付け根からは、シカ科の耳のようなモノが生えている。


 だが、それらの特徴は、女の顔のパーツの一つとでもいうかのように、収まるべきところに収まっていて、あたかも自然に見えた。


「セルヴァ」


 フィンランド語で了解という意味だった。声は若い。少年といっても差し支えないだろう。


 茂みがまた揺れて、少年が姿を見せる。


「三日三晩追ったんだ。そろそろ、奴とのロマンスも終わりだ。絶対にここで仕留める」


 少年はペストマスクのような、カラスを模したマスクで頭を覆っていた。赤いサンタ帽をかぶり、身体は赤白ツートンカラーの衣装に包まれている。


 黒い手袋に、足には灰色のゲートルを巻いていた。まるで育ちすぎたカラスがサンタクロースに化けているかのような出で立ちであった。


「七面鳥狩りは、サンタクロースの本領だぜ」


 気取って、呟いた。


 そう、サンタクロース――


 サンタクロースは実在しないなんて与太話があるが、どうか信じないでほしい。


 確かに、伝承の通りとはいかない。


 丸々と太った白髭のお爺さんとは限らないし、サンタも無給ではやっていけないので、サンタクロース協会に入会してある家にしかプレゼントを届けられない。


 近年の人口増加に伴い、大量のサンタが必要なので、現代サンタの門戸は広い。中にはサンタとは名ばかりのゴロツキも少なくない。


 北欧圏内でロゴを背負い、広告塔としてプロ活動するサンタクロースはほんの一握りだ。


 ほとんどはスノー・パンクと呼ばれる、謂わばなんでも屋として糊口をしのいでいた。


「ルドルフさんはここに居てくれ。すぐに任務を終わらせるよ」


 この少年とルドルフと呼ばれた若い女もまた、スノー・パンクとして日々の糧を得ていた。


「……気を付けてね、ユヅくん」


「そんなに心配しなくていいって。俺にはコイツが、雪割一華がある」


 少年、ユヅが言った。誇らしげに、左腰に差してあるキャンディケインに触れる。


 見かけはただの赤白の杖だが、キャンディケインはサンタにとって、命を賭して切り結ぶ神聖な武器だ。


 精神感応能力があり、使い手によっては、物体を斬るといった物理法則を無視した現象も起こせる。


「さっさと、たたっ斬ってくるぜ」


 ユヅが一人で、早足に森を進む。アイスランドの森は彼にとって初めてだったが、ホームグラウンドであるフィンランドの森とさして変わらないと感じた。


 慣れた様子で足を進める。


《危なくなったら逃げてね》


 ルドルフからの通信に、短く笑って応えた。


「逃してくれる相手ならな」


 やがて、少し開けた場所へ出た。


 ユヅの目の前に、小山のような怪鳥が待ち受けていた。体高は二メートルをゆうに超えるだろう。


 巨体のその鳥は、七面鳥だった。


 賢明な読者諸兄姉ならご存知だと思うが、極地にはあまり知られていない化け物のような生物がたくさん存在する。


 この大七面鳥もまた、その一種だ。


「さぁ、追い詰めたぜ」


 森の中で、サンタと巨大な七面鳥が対峙する。どうかすると、出来の悪いコメディのような光景だった。


 しかし、北極圏ではよく見られる光景だった。


「ギシャァァァァ!」


 大七面鳥がけたたましく鳴き、ユヅへと突進してきた。


 ユヅは腰に差したキャンディケインへ、右手をやった。


 二つの影が星明りの下、交差した。大七面鳥は首を失い、どうと倒れた。


「ルドルフさん、終わったよ」


《了解。お見事っスね。大七面鳥狩りなんてお仕事、危険であまり気は進まなかったけど……》


「でも金にはなるだろ?」


 大七面鳥は捨てる部分がないといわれるほど、全身余すことなく素材や食料になるのだ。


「早く新鮮なうちに、クライアントの村へ届けよう。こういう時の為に大枚叩いて自家用ソリを買ったんだろう」


《ふふ、そうっスね。頭金をようやく出して、二十年ローンでようやく自家用ソリっス》


 ソリもまた、伝承通りではない。トナカイ族のトナカイテクノロジーによって造られる航空機だ。


《自家用ソリで大七面鳥を運ぶ……夢だったんスよねぇ》


 トナカイに関しても、ほとんど伝説はデマカセだ。彼らトナカイ族は二足歩行し、見た目は角や尻尾以外、人間と変わらない。頭が良く、温和な民族で、『ソリ』と呼称する亜光速プラズマエンジン搭載の機械で空を駆けることにロマンを馳せる、サンタを支える技術者集団であった。


「前足から肩まで二メートル九センチ……自己記録タイだ」


 ユヅはメジャー片手に、満足げそうに、大七面鳥を眺める。


 程なくして、ルドルフがやってきた。


「うわぁ、大物っスね」


「肉、少し分けてもらうか。タタキにして、生姜醤油で……」


「あはは、生で食べるのホント好きっスよね」


「何はともあれ、仕事は済んだ。今回もタフな任務だったぜ」


 ユヅはマスクを外した。中性的な、十代後半の少年の顔だった。


 彼はその容姿から嘗められないよう、仕事中はマスクを極力つけていた。


「ルドルフさん、ソリの駐めてある湖は近いよな?」


「うん、この大七面鳥も今晩は逃げられないと踏んだのか、あっさり勝負に乗ったし」


「じゃあ、ぼちぼちソリまで歩いてくか。大七面鳥、吊り上げられるかなぁ」


 それより、とルドルフが微笑んだ。


「もうお仕事中じゃないんだから、さん付けはいらないっスよ?」


「忘れてたよ。自分から言い出したルールなのにな……ルルちゃん」


「よろしい。……生真面目っスよねぇ。別にお仕事中でも普通に呼んでくれていいのに」


「一応、年上というか上司だしさ」


 ユヅとルドルフはソリの止めてある近場の湖へ、並んで歩き出した。


 頭半分、ユヅの方が背が高い。感心したようにルドルフが言った。


「ユヅくん、背また伸びたっスよね。もうほとんど私と変わらないくらい」


 ユヅが小首を傾げた。


「背ならもうとっくに抜いただろ」


「いや同じくらいっスよ? ほら、角の分」


「……セコい」


 その時であった。耳をつんざくような爆音が響いた。


 ユヅは咄嗟にキャンディケインに手をかけ、ルドルフを守るように視線を走らせる。


「今の音は……?」


「み、湖から聞こえてきたっスよね。私達が今日ソリを駐めた……!」


「行ってみよう」


 二人は不安げに顔を見合わせ、足早にソリへと急いだ。森の中を、真っ直ぐに突っ切る。


 湖に着いてみると、ルドルフは愕然として、膝から崩れ落ちた。


「そんな……」


 ソリは半壊し、辺りには魚が打ち上げられていた。


「湖水爆発でも起きたのか?」


 ユヅが目を見開いて、辺りを見渡した。湖で爆発が起きたのは、一目瞭然だった。


 ルドルフが、呆然自失のまま、口を開いた。


「ソ、ソリが……保険入ってないのに。うぅ……!」


 目に涙を溜めて、続ける。


「ローンがまだ二十年残ってるのに!」


 その日は、月のない夜だった。



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