第2話 その日暮らしのなく頃に
それから一週間後。二人は、シマビという近場の街のネットカフェに逗留していた。
「今日はホットケーキっス」
「今日も、だろ?」
ルミッキ=ルドルフ・ヴィーアライネンは今日もウォッカを飲みながら、片手間に小型ガスコンロでホットケーキを焼いていた。
だいぶ回復したが、アルコールが入ると、壊れかけのラジオのように「保険入ってれば……」とひとりごちる。
「ソリ買うときに勧められたんスけど、後々ゆっくり決めればいいやって思ってたら……初仕事でスクラップっスよ」
「まあ、しょうがないさ」
「大した記事にもなってなかったっスね。あの爆発」
「原因も不明、ってことらしいしな」
小森雪月こと、ユヅはホットケーキを頬張りながら、肩を竦めた。
ルドルフは遠い目で、自らもホットケーキを齧った。
「……今日はお仕事なかったっスね」
「今日も、だろ」
「このままずっとお客さんが来なくて、おばあさんになるまで、毎日毎日、ホットケーキばかりだったら、どうしよう?」
「俺はホットケーキ好きだよ。焦げてなきゃ」
「サンタって気楽っスね。今にホットケーキみたいに真ん丸くなっても知らないっス」
ルドルフはぷいっとそっぽを向く。肩まである、茶色がかった灰色のウェービーヘアが揺れた。
仕事中、いつも頭に被っている飛行帽とゴーグルは机の上に置いてある。ブラウス、コルセット、ウェストポーチと、スチームパンク風の格好だ。
若いトナカイ族の間で好まれている、アンティーク調のスタイルだった。
「ホットケーキ、ラスト一枚だ」
ユヅは仕事以外ではラフな格好を好むのか、動きやすいスポーツウェアの装いだった。マスクももちろんつけず、この辺りでは珍しい黒髪黒目をさらけ出している。
ユヅがフォークで焼き立てのホットケーキをルドルフにやる。
「ほら、ルルちゃん」
「ユヅくんが食べなよ。成長期だし」
「……じゃあ、半分ずつにしよ」
「……そっスね」
二人はホットケーキを仲良く切り分け、口に運ぶ。ヒソヒソと、辺りから聞こえてくる囁きが二人の耳に嫌でも入ってくる。
「ねぇ、見て。スノーパンクがいる!」
「本当だ。なんか良い匂いがすると思ったら、貧乏サンタがホットケーキ食ってやがる」
「正規のサンタクロースになれない落ちこぼれだな」
ルドルフは滞った空気を振り払うかのように話題を振った。
「そういえばさ」
ウォッカを呷り、話を切り出した。
「さっきネットの掲示板で見たんだけど、今居るシマビに赤髪が来てるらしいっスよ?」
「赤髪っていやぁ、今年から活動してる、懸賞金のかかった悪サンタを狩りまくってる謎の多いサンタだっけか」
「ソースはサンちゃんっス」
「サンちゃんかよ」
サンちゃんとは、サンタちゃんねる。某匿名大型掲示板のようなものだ。
「あとサンッターで、『ハンカチサンタ』もこの街にいるって呟きがちょいちょいあるっス」
サンッターとは、ツイッターのようなものだ。
「またネットの情報かい? ハンカチサンタとか懐かしいな。昔、マスコミが担ぎあげて少ししたら消えて……ライバルの方がプロサンタになった悲しいサンタだよな」
「もしも仲間になってくれたら……ブラックベルトサンタだから仕事の依頼も受けやすくなるのにね」
ユヅはバツが悪そうに嘆息した。
「俺がホワイトベルトだからな」
「『七面鳥狩り』とかいう……七面鳥を単独で狩るサンタとかいう、名誉なのか命知らずのおバカさんなのか分からない、謎の知名度はあるっスけどね」
ルドルフは呆れながら、言った。
大七面鳥を単独で狩ることから、最近、界隈では少し有名なのだ。
ユヅの顔色を窺いながら、ルドルフが口を開いた。
「それにそもそも今時はチームで活動するのが基本っスからね。私はずっと二人で活動したいけど……」
「潮時だな。ブラックベルトサンタに会ったら勧誘してみるか」
ユヅはそういうと、酒を空けたルドルフに目を向けた。
「それ四十度だろ」
「フィンランディアを飲むと故郷の風を思い出せるんスよ」
「……酒の飲みすぎは良くないぜ、ルルちゃん」
「えへえへ、少し飲んだだけっスよ」
ルドルフはほろ酔いで、小さな笑みを浮かべた。彼女は少量のアルコールで良い気分になれる。しかし、恐ろしく酒に強く、いくら飲んでも二日酔いや気分が悪くはならないという世界中の酒飲みが羨ましがりそうな体質を持っていた。
ユヅが小言を続ける。
「酒は良い仕事の敵だぜ」
「そうかもしれないっスけど……」
ルドルフは、にっと歯を見せて笑った。
「聖書にはこうあるっスよ。汝、敵を愛せよってね」
「これだもんな」
ユヅはオーバーに肩を竦めてみせた。
「ブラックベルトサンタが仲間になってくれるなら嬉しいっスけど……それは目的じゃなくて手段っスもんね」
ルドルフはふと真面目な顔をした。
「一番良いのは、私達に良いお仕事が回ってくることなんスけど……」
「なんかないのかい、なんか。もう涼しくなってきたし、クリスマスがそろそろと近づいてきたぜ。ソリがないことにゃサンタ稼業は出来ないし……」
「うーん、まぁネカフェなんで調べる手段には事欠かないけど……」
ルドルフは望み薄だろうといった顔で、それでもパソコンを弄くり回した。
ユヅはパソコンに強くないので、彼女に調べるのを任せた。他にすることがないので、自分のキャンディケイン、雪割一華を丹念に拭く。
「こないだの七面鳥狩りで汚れたからな。俺の雪割ちゃん」
独り言をこぼしながら、慣れた手付きで丁寧に磨く。
「丁寧丁寧丁寧にってな」
鼻歌交じりに赤と白のステッキを拭き上げ、ワタアメで表面をポンポンする作業に移行しようとした時、ルドルフが「あっ」と声を上げた。
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