第24話 魔王城へのカチコミ。正面突破は面倒なので基礎から崩そう

「うわ……寒っ」


転移ゲートの光が収まり、視界が開けた瞬間、俺の口から出た第一声はそれだった。


そこは、極北の地。

空は鉛色に淀み、太陽の光は厚い雲に遮られ、代わりに不気味な紫色の雷光が時折走っている。

地面は凍てついた岩と永久凍土。植物など一本も生えていない死の世界だ。


「ここが魔王城のある『魔界』……。空気が重いです」


隣に立ったフィオが、身震いしながらコートの襟を合わせる。

俺が事前に作っておいた「耐寒・耐瘴気仕様」のワイバーンコートのおかげで即死は免れているが、生身の人間なら数分で肺が凍りつく環境だ。


「環境管理システム(エアコン)もないのか。文明レベルが疑われるな」


俺は嘆息しつつ、視線を前方へと向けた。

荒野の彼方、切り立った断崖絶壁の上に、その「城」はそびえ立っていた。


魔王城。

黒い岩石を積み上げ、天を突き刺すように伸びた無数の尖塔。

城の周囲には重力を無視した浮遊岩が旋回し、絶対的な防御結界が張り巡らされている。

見た目の威圧感は100点満点だ。ラスボスの居城にふさわしい。


だが、建築士としての俺の評価は違った。


「……なんだあの違法建築は」


俺は眉をひそめた。

「基礎となる岩盤の面積に対して、上物の重量が大きすぎる。それにあの増築を重ねたような歪な構造。重心がズレまくってるぞ。震度3の地震で倒壊しかねない」


「タクミさん、普通のお城は魔法で浮いたりしませんから、建築基準法とかないんですよ……」

フィオが呆れたようにツッコミを入れる。


「魔法で無理やり物理法則をねじ曲げてるだけだ。女神が言っていた『欠陥世界』の象徴みたいな場所だな」


俺は雪を踏みしめ、城へと続く一本道――『嘆きの橋』と呼ばれる巨大な吊り橋へと歩を進めた。

橋の下は底なしの奈落。

そして橋の向こうには、巨大な門と、それを守る番人の姿が見えた。


「グルルルルォォォ……ッ!」


門の前に鎮座していたのは、全身が骨だけで構成された巨大な竜。

スカルドラゴンだ。

眼窩に青い鬼火を灯し、口からは猛毒の瘴気を吐き出している。


「侵入者ヨ……ココハ魔王様ノ居城。生キテ帰レルモノト思ウナ……」


スカルドラゴンが翼を広げ、威嚇する。

レベルは推定70。中ボス級だ。

普通なら、ここで激しい戦闘になり、橋の上という足場の悪い場所で苦戦を強いられる展開だろう。


だが、俺は歩みを止めなかった。


「フィオ、下がっててくれ」

「はい。……あの竜、解体しますか?」

「いや、あいつはただの骨だ。素材としての価値は低い。カルシウム不足の畑の肥料くらいにしかならん」


俺の興味のなさを感じ取ったのか、スカルドラゴンが激昂した。

「貴様ァッ! 吾輩ヲ肥料扱イスルトハ!」

「お前じゃない。お前が乗っている『土台』の話だ」


俺はスカルドラゴンが踏ん張っている、城門前の広場を指差した。

そして、橋の手前で立ち止まり、地面に片手を着いた。


「わざわざ橋を渡って、門番と戦って、罠だらけの城内を最上階まで登る? ……面倒くさい」


俺は建築士だ。

エレベーターのないビルの最上階に用があるなら、外壁にリフトをつけるか、あるいは――


「『建物』の方を降ろせばいい」


スキル発動。

『構造解析』――対象:魔王城全域およびその基盤となる断崖。


視界に広がる巨大な青図。

魔王城は、巨大な岩山の上に建っているが、その岩山自体が、地下深くにある「重力制御魔石(グラビティ・コア)」によって浮力を得ていることが分かった。

空中に浮いているように見えたのは、岩山の下部がくり抜かれ、反重力で支えられていたからだ。


「なるほど。浮遊要塞のつもりか。だが、浮いてるってことは、支えがないってことだ」


俺は地下深くにある「重力制御魔石」に、遠隔で干渉した。

破壊するのではない。

魔力の極性を、ほんの少し「反転」させるだけだ。


「重力操作――反転(インバート)」


ズゥゥゥゥン……。


低い音が、地底から響いた。

スカルドラゴンが異変に気づき、キョロキョロと周囲を見回す。

「ナ、ナンダ? 地面ガ……」


次の瞬間。


ズゴォォォォォォォォォッ!!!


魔王城が建っている巨大な岩山が、一気に「沈下」を始めた。

浮力を失ったわけではない。

逆に、下向きの重力が数倍に跳ね上がったのだ。


「ギャァァァッ!? オ、落チルゥゥッ!?」


スカルドラゴンが悲鳴を上げて舞い上がろうとするが、強烈な重力に引かれて地面に叩きつけられる。

城門が軋み、尖塔が揺れる。

城の中にいる魔族たちのパニックになる声が、遠くからでも聞こえてくる。


「えっ、ええっ!? お城が沈んでいきます!?」

フィオが目を丸くして叫ぶ。


魔王城は、エレベーターのようにズズズズと沈んでいく。

断崖絶壁の上に会った城が、俺たちの目の前の高さまで降りてくる。

さらに沈む。

ついには、城の最上階にある「魔王の間」のバルコニーが、俺たちの立っている地面と同じ高さになった。


ドォォォン!!


地響きと共に、城の沈下が止まった。

目の前には、本来なら遥か頭上にあったはずの、魔王城の最上階。

豪華なステンドグラスと、テラスへの扉がある。


「はい、到着」


俺はポンと手を叩いた。

「これなら階段を登る必要もない。バリアフリー設計だ」

「タクミさん……これ、バリアフリーっていうより、地盤沈下ですよ……」

「結果オーライだ。さあ、正面玄関(テラス)からお邪魔しようか」


          ◇


俺たちは、地面にめり込んだ城のテラスへと飛び移った。

重力魔法の余波で、周囲の空間はまだビリビリと震えている。


ガラス戸を蹴破り(鍵はかかっていたが、衝撃で枠ごと外れた)、中へと侵入する。

そこは、広大な玉座の間だった。

真紅の絨毯。

黒曜石の柱。

そして、部屋の奥には、禍々しい装飾が施された玉座があった。


だが、部屋の中はカオスだった。

突然の落下と衝撃で、シャンデリアは落ち、高価な調度品は散乱している。

そして、玉座の近くには、数人の人影があった。


「な、何事だ!? 敵襲か!?」

「城が落ちたぞ! 重力機関が暴走したのか!?」


慌てふためいているのは、魔王の側近たち――「四天王」の生き残りだろう。

吸血鬼のような男、獣人の女、そしてローブを被った魔導師。

彼らは俺たちの姿を認めると、一斉に殺気を放った。


「貴様ら! 何者だ! ここを魔王様の間と知っての狼藉か!」

吸血鬼男が叫ぶ。


俺は埃を払いながら、名刺代わりの一言を放った。

「バルガス領・特別技術顧問のタクミ・アイザワだ。城の傾きが気になったんで、基礎工事(地盤沈下)をさせてもらった」


「き、貴様が噂の『建築士』か! グレイオスを倒したという!」

四天王たちが身構える。

「おのれ、よくも我らが城を! 生かしては帰さん!」


三人が同時に襲いかかってくる。

吸血鬼が爪を伸ばし、獣人が斧を振るい、魔導師が炎を放つ。

連携の取れた波状攻撃。


だが、俺は動じない。

「フィオ」

「はい!」


俺の合図と共に、フィオが矢を放つ。

それは敵を狙ったものではない。

天井に残っていた、シャンデリアの吊り金具を射抜いたのだ。


ガシャアアアンッ!!


巨大なシャンデリアが、魔導師の頭上に落下した。

「ぐえっ!?」

魔導師が下敷きになり、放とうとした炎が暴発して吸血鬼のマントに引火する。

「あちちちっ! 燃える! マントが!」


混乱する二人を尻目に、獣人の女が斧を振り下ろしてくる。

「小細工をッ!」


俺は一歩踏み込み、床の絨毯を強く踏みしめた。

『構造解析』――対象:床材。

『摩擦係数操作』。


ズルッ!

「キャッ!?」


獣人の足が滑り、勢いあまって玉座の階段に顔面から激突した。

「……痛(い)っ……鼻が……」


戦闘時間、十秒。

四天王(残り)は、自滅に近い形で全滅した。


「……弱いな。城のメンテナンスもろくにできない連中は、足元がお留守なんだよ」


俺は倒れた四天王たちを跨ぎ、玉座へと近づいた。

そこには、一人の人物が座っていた。


混乱の最中も、微動だにせず。

ただ静かに、俺を見つめる存在。


魔王。


全身を漆黒の鎧で覆い、顔には仮面をつけている。

その身から放たれる魔力は、先ほどのグレイオスとは桁が違う。

まさに、世界の「バグ」の根源たる威圧感。


「……見事だ、人間」


仮面の奥から、低く、しかし透き通るような声が響いた。

「余の城を落とし、配下を一瞬で退けるとは。……女神の言っていた『イレギュラー』とは、貴様のことか」


魔王はゆっくりと立ち上がった。

その瞬間、部屋の空気が凍りついたように重くなる。

重圧(プレッシャー)。

レベル差による恐怖補正。

フィオが息を呑んで後ずさる。


だが、俺は建築士としての目で、魔王を見た。

『構造解析』発動。


【対象:魔王】

【種族:???】

【レベル:99】

【状態:安定(リミッター解除待機)】

【構造的特徴:――】


俺の目が、ある一点に釘付けになった。

魔王の鎧。その内側にある「中身」。

そして、魔王の背後に伸びている、目に見えない魔力のライン。


「……なるほどな」


俺は納得したように頷いた。

「おい、魔王さんよ。あんた、自分が何なのか分かっててそこに座ってるのか?」


「……何が言いたい?」


「あんたのその鎧。サイズが合ってないぞ」

俺は指差した。

「中に詰め物をして、無理やり体を大きく見せてるな? それに、その仮面。ボイスチェンジャー機能付きか? 随分とハイテクなガラクタだ」


魔王の動きがピクリと止まった。


「それにあんたの背中。天井に向かって『魔力供給ケーブル』が伸びてる。この城全体が、あんたに魔力を送り込むための巨大な充電器だ。……つまり、あんたはこの城というシステムの一部、ただの『端末』に過ぎない」


俺の言葉に、魔王から殺気が溢れ出した。

「貴様……余を愚弄するか」


「事実を言っただけだ。……なあ、そろそろ脱いだらどうだ? そんな重苦しい着ぐるみ、動きにくいだろ?」


俺は一歩、また一歩と距離を詰める。

魔王が手をかざす。闇の魔力が収束し、致死の魔法が放たれようとする。

「来るな! 消えろ!」


「工事の邪魔だ。その仮装(ハリボテ)、剥がさせてもらう!」


俺は魔王の懐に飛び込んだ。

放たれる闇の波動。

だが、俺はそれを『解体』せず、あえて受け流し、魔王の仮面に手をかけた。


『構造解析』――対象:拘束具(マスク)。

『強制解除(アンロック)』。


パカンッ。


乾いた音がして、魔王の仮面が真っ二つに割れた。

同時に、サイズ調整用の魔力が霧散し、巨大だった鎧がガラガラと崩れ落ちる。


中から現れたのは、恐ろしい怪物の顔でも、屈強な男の顔でもなかった。


銀色の長い髪。

ルビーのような赤い瞳。

そして、あどけなさの残る、十代半ばほどの少女の素顔だった。


「……あ」


少女――魔王は、呆然と俺を見上げた。

その目には、強者の威厳などなく、ただ驚きと、どこか安堵したような色が浮かんでいた。


「……やっぱりな」


俺はため息をついた。

「魔王なんて大層な名前を付けられてるが、中身はただの『管理AI』の端末(アバター)か。それとも、生贄にされたただの女の子か?」


「わ、私は……」

少女が震える声で何かを言おうとした時。

崩れた天井の隙間から、無機質な声が響いた。


『――警告。魔王システムの破損を確認。緊急防衛プロトコルを起動します』


城全体が赤く明滅し始めた。

女神の声だ。いや、この世界を管理するシステムのアナウンスか。


「チッ、やっぱり出てきたか」


俺は少女の手を掴んだ。

「話は後だ。まずはこのボロ城を完全に『解体』して、女神の干渉を断ち切るぞ」

「えっ、あ、貴方は……?」

「タクミ・アイザワ。通りすがりのリフォーム業者だ」


俺はニヤリと笑い、もう片方の手でフィオを呼んだ。

「フィオ! 退避準備! ここを更地にする!」


魔王の正体。

そして世界の管理者による介入。

物語は、世界そのものの「再設計」に向けて、最終局面へと突入する。

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