「構造解析」スキルで異世界を修復(リノベーション)します~不遇職の建築士ですが、魔王城の耐震強度がゼロだと気付いたので指一本で崩壊させてもいいですか?~
第21話 王国の危機と謝罪。今さら助けを求められても
第21話 王国の危機と謝罪。今さら助けを求められても
「……ふむ。火加減は完璧だな」
俺、相沢匠(タクミ)は、自宅の庭に設置した新しい「かまど」の前で満足げに頷いていた。
素材は、魔将軍グレイオスの遺品である『黒魔鋼(デモニウム)』の兜。
俺が再加工して作ったこの特製かまどは、熱効率が異常に良く、薪一本で高火力を三時間は維持できる。
「タクミさん、炊き出しの準備ができましたよ!」
フィオが大きな鍋を持ってやってくる。
中身は、俺の農園で採れた魔トマトと、ダンジョン産の暴れ牛の肉を煮込んだ特製シチューだ。
今日は、サンクチュアリの住民たちへの感謝祭。
広場には長机が並べられ、住民たちが笑顔で食事を楽しんでいる。
平和だ。
先日、王立騎士団一万人を迷路に閉じ込めて追い返したことなど、まるでなかったかのような日常。
だが、そんな穏やかな空気は、一本の緊急連絡によって破られた。
『タクミ殿! 緊急事態だ!』
懐の通信機から、グラハム辺境伯の切迫した声が響く。
「どうしました? またゾルグ師団長がリベンジに来ましたか? 今度は落とし穴マシマシコースを用意してますけど」
『違う! 奴らはもう……王都に逃げ帰った後だ。問題は、魔王軍だ』
「魔王軍? グレイオスを倒して撤退したはずじゃ?」
『奴ら、進路を変えたのだ。バルガス領を迂回し……直接、王都へ向かっている!』
「……は?」
俺は思わず箸を止めた。
バルガスは王国の最前線だ。ここを抜かなければ王都へは行けないはず――いや、違う。
俺が城壁を鉄壁にしすぎたせいで、魔王軍は「ここを攻めるのはコストに合わない」と判断したのだ。
結果、彼らはバルガスを無視し、山脈を越える難ルートを選んででも、手薄な王都を直接叩くことにしたらしい。
「皮肉なもんだな。俺の防衛工事が完璧すぎたせいで、逆に王都が危機に陥るとは」
『現在、王都周辺の村々は壊滅。魔王軍本隊、その数およそ十万が王都を包囲しつつあるとの情報だ。……王家から、正式な救援要請が届いている』
辺境伯の声は苦渋に満ちていた。
あれだけバルガスを見捨て、俺を殺そうとした王都が、今さら助けを求めてきたのだ。
普通なら「知ったことか」と切り捨てるところだ。
だが。
「……お客さんが来たようです」
俺は庭の入り口――サンクチュアリの正門の方角を見た。
【構造解析】のレーダーが、一人の人物の接近を告げていた。
敵意はない。むしろ、悲痛なほどの焦燥感と、覚悟を帯びた魔力。
そしてその波長には、覚えがあった。
◇
一時間後。
俺の家のリビングには、深々と頭を下げる少女の姿があった。
「突然の訪問、申し訳ありません。……そして、これまでの王家の非礼を、深くお詫び申し上げます」
彼女の名は、アイリス・フォン・アルカディア。
この王国の第三王女だ。
以前、お忍びで「タクミ工務店」の列に並び、壊れた母の形見のオルゴールを修理してやったことがある。
あの時は地味な平民の服だったが、今日は王族の正装を纏っていた。ただし、そのドレスは旅の汚れで薄汚れていたが。
「顔を上げてください、王女様。俺はただの建築士です。そんな高貴な方に頭を下げられても、値引きサービスくらいしかできませんよ」
俺がコーヒーを出すと、アイリス王女は顔を上げた。
その目には涙が溜まっているが、強い意志の光が宿っていた。
「タクミ様。……単刀直入に申し上げます。どうか、王都をお救いください」
「王都を?」
「はい。魔王軍の主力部隊が、王都の防衛線を突破しようとしています。父上は混乱し、宰相は自分の財産を持って逃げ出す算段をしています。騎士団も、先日の……その、タクミ様との一件で士気が崩壊しており、戦いになりません」
ボロボロだな。
俺が予想した通り、あ国の構造は腐りきっていた。
外圧がかかった瞬間に、内部から崩壊を始めている。
「勇者はどうしたんです? アレックス君、聖剣を直してやりましたよ」
「アレックス様は奮戦されています。ですが、敵の数が多すぎます。それに、今度の敵指揮官は……魔王本人だという情報も」
魔王。
ラスボスの登場か。そりゃあ勇者パーティだけじゃ荷が重い。
「事情は分かりました。ですが」
俺は背もたれに体を預け、冷ややかに言った。
「なぜ俺が助けなきゃならないんです? 俺は王都を追放された身だ。それに、先日あんたの国の騎士団長は、俺を殺してこの街を奪おうとした。そんな連中を助ける義理がどこにあります?」
フィオが俺の横で、静かに頷く。彼女もまた、人間の理不尽さに怒りを覚えている一人だ。
アイリス王女は唇を噛み締め、そして床に膝をついた。
土下座だ。
王族にあるまじき行為。
「分かっています! 厚かましいお願いだということは……! ですが、王都には罪のない民も大勢いるのです! 貴族たちの腐敗は事実ですが、そこで暮らす二十万の市民まで見殺しにはできません!」
彼女の声が震える。
「私の命など、どうなっても構いません。この身を差し出せと言われれば従います。ですから……どうか、貴方様のその『神の力』をお貸しください!」
……参ったな。
俺は権力者の命令には従わないが、こういう「覚悟」を見せられると弱い。
それに、前世で過労死した俺だ。現場の悲鳴を無視できない性分でもある。
王都の民には、俺の店に来てくれた客もいるだろう。
「……頭を上げてください。カーペットが汚れます」
俺はため息をついて立ち上がった。
「勘違いしないでください。俺はボランティアじゃない。仕事として請け負うなら、相応の『対価』を頂きます」
「た、対価……?」
アイリス王女が顔を上げる。
「ええ。王都防衛および魔王軍撃退。超特大の公共事業(プロジェクト)だ。請求額は高くつきますよ?」
俺はインベントリから羊皮紙とペンを取り出し、サラサラと条件を書き連ねた。
「契約条件は以下の通りです」
一、今回の騒動の主犯であるボルトン男爵、宰相ヴァルダー、および騎士団長ゾルグの更迭と処罰。
二、バルガス領およびサンクチュアリの「独立自治権」の承認。今後、王国は一切の内政干渉を行わないこと。
三、俺への賠償金として、王家宝物庫にある「国宝級素材」の自由な持ち出し許可。
四、王都の都市計画(リノベーション)に関する全権委任。
「――以上四点。これを国王の名において即座に承認するなら、現場へ急行します」
王女は羊皮紙を受け取り、その内容に目を通した。
どれも、王国の主権を揺るがすような条件だ。特に四番目は、王都を俺の好き勝手に作り変えるという宣言に等しい。
だが、彼女は迷わなかった。
「……承知いたしました。父上の署名は、私が責任を持って取り付けます。いえ、この私が『王女代理』として、今ここで契約いたします!」
彼女は懐剣で自らの指先を少し切り、血判を押した。
覚悟が決まっている。
腐った王族の中にも、まともな「芯」を持った人間はいたらしい。
「契約成立(ディール)だ」
俺はニヤリと笑った。
「フィオ、出かけるぞ。道具箱(インベントリ)の中身を確認しろ。今回は『解体』だけじゃない。『大規模修繕』だ」
「はい! 準備万端です!」
俺たちは立ち上がった。
サンクチュアリの防衛は自動ゴーレム部隊に任せればいい。
ターゲットは王都。
距離は離れているが、関係ない。
俺は以前、国境の遺跡で見つけた「転移ゲート」のネットワークを解析済みだ。王都の地下にあるゲートのロックコードなど、すでに解読してある。
「アイリス様、掴まっててください。少し揺れますよ」
「え? 馬車の手配を……」
「そんな遅い乗り物は使いません」
俺はリビングの床に魔法陣を展開した。
『転移ゲート接続』――宛先:王都地下・王城直下エリア。
『セキュリティ強制解除(ハッキング)』。
「行くぞ!」
光が俺たちを包み込む。
次の瞬間、俺たちの姿はサンクチュアリから消失した。
◇
王都、王城。
その玉座の間は、パニックに包まれていた。
「へ、陛下! 魔王軍が外壁を突破しました!」
「北門が崩壊! オークの部隊が市街地に侵入!」
「勇者様は東門で防戦中ですが、支えきれません!」
伝令の悲鳴が響くたびに、肥え太った国王は玉座で震え上がっていた。
その横には、青ざめた顔の宰相ヴァルダーがいる。
「おのれ、なぜだ! なぜ最強の騎士団が敗れる! ゾルグは何をしておる!」
「そ、それが……ゾルグは先のバルガス遠征での精神的ショックで、部屋に引きこもって出てきません!」
「役立たずめが! ええい、隠し通路の準備はどうなった! 余だけでも逃げるぞ!」
国民を見捨てて逃げようとする国王。
その醜態に、近衛兵たちも失望の表情を浮かべている。
ズゥゥゥン……!!
城全体が激しく揺れた。
どこかで爆発が起きたようだ。
「ひぃぃッ! き、来たのか!?」
その時。
玉座の間の床が、カッと眩い光を放った。
何もないはずの床に、複雑な幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
衛兵たちが槍を構える。
光の中から現れたのは、三人の人影だった。
作業着のようなコートを羽織った黒髪の男。
弓を背負ったエルフの少女。
そして――。
「あ、アイリス!?」
国王が目を剥いた。
「お前、今までどこに……いや、その男は誰だ!」
俺は埃を払いながら、周囲を見回した。
豪華絢爛な装飾だが、柱の配置が悪くて耐震性が低い部屋だ。
そして、玉座に座る男の顔を見て、鑑定しなくても分かった。
『こいつが、この国の欠陥の元凶(オーナー)か』
「お初にお目にかかります、国王陛下。タクミ・アイザワです」
俺は慇懃無礼に一礼した。
「娘さんから工事の依頼を受けましてね。急遽駆けつけました」
「た、タクミだと……? あの、指名手配中の建築士か!」
宰相ヴァルダーが叫んだ。
「出会え! こやつを捕らえろ! どさくさに紛れて王命を狙いに来たに違いない!」
「お静かに」
俺は宰相に向けて指を弾いた。
風圧の塊が飛び、宰相の足元の床が液状化する。
「うわっ!?」
ズブズブと膝まで床に埋まり、身動きが取れなくなる宰相。
「な、何をする!」
「契約に基づき、邪魔な家具を固定しただけですよ」
俺はアイリス王女に目配せした。
王女は一歩前へ出て、凛とした声で告げた。
「父上! この方は私が呼びました! 国を救えるのは、この方しかいません!」
「な、何を勝手な……」
「もう時間がないのです! 王都を守るか、ここで座して死ぬか、選んでください!」
王女の気迫に、国王が押し黙る。
その時、窓ガラスがガシャンと割れ、巨大なワイバーンが飛び込んできた。
背中には魔族の兵士が乗っている。
「ギャハハ! 王の首は頂いた!」
「陛下ッ!」
衛兵が間に合わない。
ワイバーンの爪が、国王に迫る。
「……だから、換気が良すぎるんだよ、この城は」
俺は動じずに、右手をかざした。
『構造解析』――対象:ワイバーンの翼および天井のシャンデリア。
俺は指先で空中に線を描いた。
天井から吊るされていた巨大なシャンデリアの鎖が、音もなく外れる。
それも、ただ落ちるのではない。
ワイバーンの突進軌道を計算し、絶妙なタイミングで落下する。
ズガァァァン!!
数トンの重さがあるクリスタルガラスの塊が、ワイバーンを直撃した。
「ギェッ!?」
ワイバーンは床に叩きつけられ、その衝撃で背中の魔族も壁に激突して気絶した。
国王の目の前、わずか数メートルの出来事だ。
「……あ、あ……」
国王が腰を抜かしている。
「手付金代わりのワンプレーです」
俺は倒れたワイバーンを足場にして、玉座の前まで歩み寄った。
「さて、陛下。外では十万の軍勢がパーティーをしようと待っています。俺に『施工』を任せますか? それとも、このまま廃墟になるのを待ちますか?」
俺の背後で、フィオが弓を構え、周囲を警戒している。
その姿は、どんな近衛騎士よりも頼もしく見えたはずだ。
国王は震える唇を開いた。
「た、頼む……。余を、国を救ってくれ……! 金でも地位でも何でもやる!」
「言質(げんち)は取りましたよ」
俺はニヤリと笑った。
「では、業務開始(ワーク・スタート)。これより、王都全域の緊急リノベーションを行います」
俺はテラスへと歩き出し、燃え盛る王都の街並みを見下ろした。
あちこちで火の手が上がり、悲鳴が聞こえる。
城壁は崩れ、魔物が雪崩れ込んでいる。
絶望的な光景。
だが、俺には「修復可能」な現場にしか見えなかった。
「フィオ、まずは火消しだ。上水道の配管図は見えてるな?」
「はい! 地下水路の圧力を上げて、一気に噴射させます!」
最強の建築士による、国盗りならぬ「国直し」が始まった。
魔王軍十万?
俺にとっては、ただの「撤去対象の障害物」に過ぎない。
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