「構造解析」スキルで異世界を修復(リノベーション)します~不遇職の建築士ですが、魔王城の耐震強度がゼロだと気付いたので指一本で崩壊させてもいいですか?~
第20話 戦場に立つ建築士。地形を変えて敵軍を迷路に閉じ込める
第20話 戦場に立つ建築士。地形を変えて敵軍を迷路に閉じ込める
魔王軍との激闘から一夜が明けた。
バルガスの街は、勝利の熱狂に包まれていた。
城壁の前には、魔将軍グレイオスが率いていた軍勢の残骸が散らばり、兵士たちが戦利品の回収に追われている。
「タクミ殿、我々は王都へ戻る。今回の貴殿の活躍、必ずや陛下に報告しよう」
城門の前で、勇者アレックスが俺の手を固く握った。
彼の持つ聖剣は、俺の魔改造によってシンプルかつ洗練されたフォルムに生まれ変わり、鞘に収まっていても静かな威圧感を放っている。
「ああ。報告は構わないが、余計な尾ひれはつけないでくれよ。俺は静かに暮らしたいんだ」
「ふふ、それは難しい相談だな。これだけの偉業、隠し通せるものではない」
アレックスは爽やかに笑うと、仲間たちと共に去っていった。
根は悪い奴じゃない。ただ、王都の教育が悪かっただけだ。今回の件で少しは成長しただろう。
「さて、と」
俺は伸びをした。
これでようやく平穏が戻る――と思った矢先だった。
俺の『構造解析』の広域レーダーが、新たな反応を捉えた。
南の方角。つまり、王都側からだ。
数は一万。
整然とした行軍。馬蹄の音。そして、人間特有の魔力波長。
「……勇者と入れ違いか。タイミングが良すぎるな」
隣にいたグラハム辺境伯も、その地響きに気づいたようだ。
「なんだ? 援軍か? しかし、要請を出してから到着が早すぎる。まるで、あらかじめ近くに潜んでいたような……」
やがて、地平線の彼方から煌びやかな軍旗が見えてきた。
王家の紋章に、鷹の意匠。
王都直轄の精鋭部隊、『王立騎士団』だ。
彼らは魔王軍の残骸が転がる戦場に、土足で踏み込んできた。
先頭を行くのは、豪奢な白馬に跨り、金ピカの鎧を着込んだ男。
いかにも高慢そうな口髭を蓄えている。
「我こそは王立騎士団、第三師団長ゾルグである! この地の戦況を確認しに来た!」
ゾルグ師団長の声が響く。
辺境伯が進み出た。
「ご苦労。だが、戦いはすでに終わった。我々バルガス軍と、協力者の力によってな」
「終わった、だと?」
ゾルグは鼻で笑った。
「たかが辺境の兵如きが、魔王軍の本隊を退けたと? 笑わせるな。どうせ小競り合い程度だったのだろう。おい、そこにある魔将軍の鎧の残骸……それを回収せよ! 我々の戦果として持ち帰る!」
ゾルグが部下たちに顎でしゃくる。
騎士たちが、我が物顔でグレイオスの残骸――俺が「かまどの材料にする」と言って確保しておいた黒魔鋼――に手を伸ばそうとする。
「待て」
俺は騎士たちの前に立ちはだかった。
「それは俺の所有物だ。勝手に触るな」
「貴様は誰だ? 平民が騎士に口を利くか」
ゾルグが蔑むような目で俺を見る。
「ああ、知っているぞ。貴様が噂の『建築士』か。ボルトン男爵や宰相閣下から聞いている。なんでも、国家転覆を企む危険分子だとな」
「……へえ」
俺の目が細くなる。
やはり、ただの援軍ではない。
魔王軍との戦いで疲弊したところを狙って、手柄の横取りと、俺の排除を目論んでいたわけか。
「本性現したな。で、どうするつもりだ?」
「決まっている! 国家反逆罪で貴様を拘束する! そして、このバルガス領は王家の直轄地とし、私が新たな統治者となる! グラハム、貴様も同罪だ! 無能な辺境伯は更迭だ!」
ゾルグが剣を抜き、高らかに宣言した。
一万の騎士団が、一斉に槍を構える。
その切っ先は、魔物ではなく、守るべきはずの国民と領主に向けられていた。
バルガスの兵士たちがどよめく。
「ふざけるな! 俺たちは命がけで戦ったんだぞ!」
「横取りさせてたまるか!」
一触即発の空気。
辺境伯が剣に手をかけようとするが、俺はそれを制した。
「グラハムさん、手出し無用です。せっかく修復した城壁が、同士討ちで汚れるのは見たくない」
「しかし、タクミ……」
「任せてください。こいつらには『教育』が必要です」
俺は一歩前へ出た。
一万の軍勢対、一人。
ゾルグが嘲笑う。
「ハッ、降伏か? それとも命乞いか?」
「いや。ここが『工事現場』だってことを教えてやるんだよ」
俺は地面に片膝をつき、両の掌を大地に叩きつけた。
「『構造解析』――対象:戦場全域」
「『地形操作(テラフォーミング)』――モード:迷宮生成(ラビリンス・クリエイト)」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
大地が唸りを上げた。
先ほどの魔王軍戦の時とは比較にならない、精密かつ大規模な地殻変動。
ゾルグ率いる騎士団の足元が、碁盤の目のように隆起し始めた。
「な、なんだ!? 地面が!?」
「うわぁぁぁッ!?」
騎士たちの悲鳴と共に、彼らの周囲に高さ十メートルの石壁が次々とせり上がる。
ただの壁ではない。
表面はツルツルに研磨され、登ることは不可能。
そして、その配置はランダムではなく、俺が計算し尽くした「迷路」の形を成していた。
「な、なんだこれは……! 我々を分断する気か!?」
ゾルグが叫ぶが、彼の声は壁に反響して遠くへ消える。
一万の軍勢は、わずか数十秒で、巨大な迷路の中に閉じ込められ、バラバラに分断された。
「ようこそ、タクミ建設施工『愚者の迷宮』へ」
俺は土魔法で作り出した高い塔の上に立ち、拡声魔法で眼下の迷路に呼びかけた。
「出口は一箇所だけだ。見事脱出できれば、見逃してやる。ただし――この迷路は少々『意地悪』に設計してあるぞ?」
「ふざけるな! こんな壁、壊して進むまでだ!」
ゾルグの部下の一人が、戦槌で壁を叩く。
ガギィン!
槌が弾かれ、壁には傷一つ付かない。
「素材はミスリルコーティングした圧縮岩盤だ。生半可な武器じゃ削れもしないぞ」
騎士たちはパニックになりながら、迷路の中を彷徨い始めた。
だが、そこには俺が仕込んだ数々の「構造的トラップ」が待ち受けている。
エリアA:『無限回廊』
「あれ? さっきもここを通ったぞ?」
「真っ直ぐ進んでいるはずなのに、元の場所に戻ってくる!」
空間歪曲魔法ではない。
微妙な床の傾斜と壁の角度によって、人間の平衡感覚を狂わせ、無意識のうちに円を描くように歩かせる錯視構造だ。
エリアB:『スリップ・フロア』
「うわっ! 滑る!」
「止まれん! あああッ!」
摩擦係数をゼロに近づけた床。
重装歩兵たちは一度転べば立ち上がれず、カーリングのストーンのように滑っていき、終着点の「汚物溜まり(戦場の汚水を処理する予定だった場所)」へとドボンする。
エリアC:『強制ベルトコンベア』
『地盤操作』で地面を波打たせ、立っているだけで勝手に入り口方向へと戻される床。
進もうと必死に走るが、ルームランナー状態で一歩も進まない騎士たち。
「ハァ、ハァ……なんで進まないんだ!?」
上空から見れば、それは喜劇だった。
一万の精鋭が、剣を振るうこともできず、ただ右往左往し、転び、目を回している。
「く、くそぉぉぉッ! 私は第三師団長だぞ! こんな子供騙しに!」
ゾルグ師団長だけは、なんとか迷路の中央付近まで辿り着いていた。
さすがに高レベルの騎士だ。装備も良い。
だが、彼が辿り着いたのはゴールではない。
俺が用意した「説教部屋」だ。
ズズズン。
ゾルグの周囲の壁がさらに高くなり、天井が塞がった。
完全な密室。照明もない暗闇。
「な、なんだ!? 出せ! ここから出せ!」
ゾルグが剣で壁を叩くが、虚しい音が響くだけだ。
そこへ、壁の一部が開き、モニターのような水晶板が現れた。
画面には、塔の上にいる俺の顔が映っている。
「やあ、師団長。そこは『反省房』だ」
『貴様……! 王家に対する反逆だぞ! タダで済むと思っているのか!』
「反逆? 人聞きが悪いな」
俺は冷ややかに言った。
「俺はただ、不法侵入者に対してセキュリティ対策をしただけだ。それに、お前らがここに来た目的は、辺境伯の更迭と俺の拘束だろう? なんの正当性もない私利私欲だ」
『だ、黙れ! 我々は宰相閣下の命を受けて……』
「その宰相とやらも、じきに同じ目に遭わせてやるよ」
俺は手元のスイッチを押した。
すると、ゾルグのいる部屋に、凄まじい音が響き始めた。
キィィィィン……!
『ぐアッ!? なんだこの音は! 耳が!』
「『モスキート音』の増幅版だ。特定の周波数の音波を壁に反響させている。精神的にかなりクるぞ。あと、五分おきに床が少しだけ傾くから、三半規管もやられるな」
拷問ではない。ただの不快な環境だ。
だが、プライドの高い貴族には、肉体的な痛みよりも、この「訳のわからない不快感」の方が堪えるはずだ。
一時間後。
迷路の中は、完全に沈黙していた。
騎士たちは疲れ果てて座り込むか、入り口まで流されて放心状態になっているかだった。
ゾルグに至っては、モニター越しに見ると、床に丸まって「もう許して……家に帰りたい……」とブツブツ呟いている。
「……やりすぎたか?」
「いえ、これくらいで丁度いいです」
いつの間にか隣に来ていたフィオが、冷ややかな目で見下ろしている。
「彼ら、私たちの街を奪おうとしたんですから。本来なら森の肥料にしてもいいくらいです」
エルフ、たまに怖いこと言うな。
俺は『地形操作』を解除した。
ズズズ……と壁が沈み、元の平原に戻っていく。
そこには、装備は泥だらけ、精神はボロボロになった一万の敗残兵たちが転がっていた。
「か、壁が消えた……助かったのか……」
騎士たちが涙目で空を見上げている。
俺は塔の上から、拡声魔法で告げた。
「今回の工事はこれで終了だ。だが、次に来る時はもっと複雑な迷路を用意しておく。もしリベンジしたいなら、地図とコンパス、あと『礼儀』を持ってくるんだな」
ゾルグがフラフラと立ち上がり、俺を指差した。
「お、覚えていろ……! この屈辱……宰相閣下が黙っていないぞ……! 貴様は国を敵に回したんだ!」
「伝言よろしく」
俺は鼻で笑った。
「『次に俺の前に立つ時は、国そのものの設計図(構造)を書き換えてやるから覚悟しろ』とな」
ゾルグたちは、這う這うの体で逃げ帰っていった。
一万の軍勢が、一人の死者も出さずに、しかし心に深いトラウマを刻まれて敗走する。
これは、物理的な勝利以上に、王都側にとって衝撃的な敗北となるだろう。
「タクミ……」
グラハム辺境伯が、呆れと感嘆の入り混じった顔で俺を見た。
「貴様、本当に国を相手にするつもりか?」
「売られた喧嘩ですからね。それに」
俺は遠ざかる騎士団の背中を見ながら言った。
「あの連中の装備、ボロボロでしたよ。見た目ばかり豪華で、中身が伴っていない。今の王国そのものです。……一度、解体して基礎から作り直さないと、この国はいずれ自重で倒壊しますよ」
俺の言葉は予言のようだった。
事実、魔王軍の侵攻という外圧に対し、内輪揉めと足の引っ張り合いしかできない王国の中枢は、すでに「構造的限界」を迎えていたのだ。
「なら、付き合おう」
辺境伯はニヤリと笑った。
「私は武人だ。腐った柱に頭を下げるより、新しい家を建てる手伝いをする方が性に合っている」
バルガス領は、事実上、王国からの独立を宣言したに等しい状態となった。
そして、俺の元には、さらなる厄介ごと――いや、大仕事が舞い込むことになる。
王都からの謝罪の使者。
そして、世界の真実を知る「女神」からの接触。
戦場を更地にした建築士は、次なるステージへと歩き出した。
「フィオ、帰るぞ。かまど作らないといけないしな」
「はい! 魔将軍の兜、よく洗っておきますね!」
俺たちの日常は、どんなに世界が騒がしくても変わらない。
ただ、作る。
それが俺の最強の証明だからだ。
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