第17話 絶対防御の結界? 魔力構造に穴があるので通り抜け放題です

「さあ、整地作業(グランド・ワーク)の時間だ」


俺が地面に打ち込んだ魔力が、戦場全体へと伝播する。

五万の魔物の軍勢が、狂化(バーサーク)状態で津波のように押し寄せてくる最中、俺は冷徹に地形の「構造」を書き換えた。


ズズズズズズ……!!


大地が悲鳴を上げた。

平坦だった荒野が、まるで生き物のように隆起し、陥没する。


「ギャァッ!?」

「ゴアァッ!?」


先頭を走っていたオークたちが、突然足元に開いた巨大なクレバスに飲み込まれていく。

後続の部隊が止まろうとするが、後ろから押されて将棋倒しになり、雪崩のように穴へと落ちていく。


「壁、生成(ビルド)」


俺が手を振り上げると、今度は地面から高さ五メートルの土壁が迷路のようにせり上がった。

ただの土壁ではない。魔力で圧縮硬化させた、鋼鉄並みの強度を持つ壁だ。

軍勢は分断され、互いに孤立し、迷路の中で立ち往生する。


「な、なんだこれは……!」

「進めん! 道が塞がれた!」


指揮系統を失った魔物たちは、狭い通路で押し合いへし合いし、自滅していく。

俺はバルガスの城壁の上で見ている辺境伯たちに合図を送った。


「今です! 分断された敵を各個撃破してください! 魔法部隊、迷路の袋小路に向けて一斉掃射を!」


「お、おお! 全軍、攻撃開始ッ!」

グラハム辺境伯の号令で、城壁から魔法と矢の雨が降り注ぐ。

普段なら盾や分散陣形で防がれる攻撃も、動きを封じられ、密集した敵には効果覿面(てきめん)だ。


戦況は一変した。

五万の軍勢という「数の暴力」は、地形という「構造」によって無力化されたのだ。


          ◇


「……ほう」


戦場を見下ろす丘の上。

魔将軍グレイオスは、自軍が迷路に閉じ込められ、蹂躙されていく様を冷ややかに見つめていた。

その表情に焦りはない。むしろ、興味深そうな笑みすら浮かべている。


「地形を変え、戦場そのものを支配するか。人間にしてはやるな」


グレイオスが指を鳴らす。

すると、彼を守る親衛隊――黒い鎧を纏った上位悪魔(アークデーモン)たちが動き出した。

さらに、彼の周囲に漂っていた四つの巨大な紫色の結晶が、不気味な光を放ち始める。


「だが、小細工もここまでだ。我が至高の魔術の前では、壁など紙切れに等しい」


グレイオスが詠唱を始める。

空気が震え、空が赤紫色に染まっていく。

高密度の魔力が一点に収束していく。戦略級魔法の予兆だ。


俺は迷路の壁の上に立ち、その様子を見ていた。

「やばいな。あれを撃たれたら、俺の作った迷路ごと街が吹き飛ぶ」


距離はおよそ五百メートル。

俺は一気に距離を詰めようと駆け出した。

だが、それを阻むものが現れる。


「させぬぞ、人間!」


空からアークデーモンたちが降ってきた。

鋭い爪と、炎の剣を持った精鋭たちだ。

「邪魔だ」

俺は立ち止まらず、走りながら目の前の空間に手をかざした。


『構造解析』――対象:大気。

『真空回廊(エア・トンネル)』。


俺の進行方向にある空気を、筒状に排除する。

真空のトンネルが生まれる。

そこに飛び込んできた悪魔たちは、急激な気圧差で肺を破裂させ、あるいは真空の刃によって切り刻まれた。


「ギョエッ!?」


血飛沫を上げて落ちていく悪魔たちを尻目に、俺は戦場を疾走する。

狙うは敵の本陣、グレイオスの首一つ。


俺の接近に気づいたグレイオスは、詠唱を続けながら片手を突き出した。


「虫ケラが。近づけると思うな」

「展開せよ――『絶対防御障壁(イージス・フィールド)』」


ブォン!!


グレイオスの周囲に展開していた四つの紫色の結晶が、互いに光のラインで結ばれた。

瞬間、彼の周囲半径五十メートルを覆う、半透明の紫色のドームが出現した。

幾何学的な六角形の模様が浮かぶ、多重構造の結界だ。


俺はそのドームの直前で急停止した。

試しに足元の石を拾って投げつけてみる。

バチィッ!

石はドームに触れた瞬間、青白い雷撃を受けて蒸発した。


「無駄だ」

結界の中から、グレイオスの嘲笑が響く。

「この『イージス・フィールド』は、物理、魔法、精神干渉、あらゆる攻撃を遮断し、反射する。古代魔法文明の遺産を私が独自に改良した、完全無欠の要塞だ」


彼は両手を広げ、再び詠唱に戻る。

「そこで指をくわえて見ているがいい。この極大消滅魔法(メギド・フレア)が完成すれば、貴様の街もろとも灰になる!」


城壁の上で、兵士たちの悲鳴が上がる。

「だめだ、あんな結界、破れるわけがない!」

「終わりだ……!」


絶望的な空気が流れる中。

俺は結界の表面に、ペタリと掌を押し当てた。


バチバチバチッ!

拒絶の雷撃が俺の手を焼こうとするが、俺は表面に薄い魔力膜を張って中和する。


「……熱っ。なるほど、高圧電流みたいな防御機構付きか」

「貴様、正気か!? その手は炭化するぞ!」

グレイオスが驚愕の声を上げるが、俺は無視して『構造解析』に集中した。


【対象:絶対防御障壁(イージス・フィールド)】

【構造:四点式魔力循環型多重結界】

【強度:SSS】

【特性:外部干渉の完全遮断】


完璧に見える。

四つの結晶がサーバーとなり、相互に魔力を高速循環させることで、常に修復と防御を繰り返している。

破壊するには、核爆発クラスのエネルギーを一気にぶつけて飽和させるしかない。


……普通ならな。


「見つけた」


俺の口元が緩む。

完璧な構造物など存在しない。

特に、今回のように「改良」を加えた場合、オリジナルの設計思想とのズレが生じやすい。


「グレイオス、あんたこの結界の魔力循環速度、上げただろ?」

「……何?」

「防御力を高めるために、循環サイクルを極限まで速めた。そのせいで、四つの結晶の同期(シンクロ)に、わずかなズレが生じている」


俺の視界には、ハッキリと見えていた。

光のラインが交差する結節点。

そこで、1000分の1秒だけ、魔力の供給が途切れる瞬間がある。

換気扇が回っている時、羽と羽の間に隙間があるのと同じ理屈だ。

高速回転しているから壁に見えるだけで、タイミングさえ合わせれば、そこはただの「穴」だ。


「穴だらけのザルで水が汲めるかよ!」


俺はタイミングを計った。

コンマ数秒の世界。

ここだ。


俺は一歩、踏み出した。


「なッ!?」


グレイオスの目が飛び出るほど見開かれた。

俺の体が、紫色の光の壁を「すり抜けた」からだ。

抵抗はない。

まるで、自動ドアが開いたかのように、俺は結界の内側へと侵入していた。


「バ、バカナ……!! 貴様、何をした!?」

「何って、入ってきただけだ。セキュリティゲートの反応が遅いんだよ」


俺は悠然と歩き、呆然と立ち尽くすグレイオスの目の前まで来た。

距離、五メートル。

もはや、彼を守るものは何もない。


「き、貴様ァァァッ!!」


グレイオスは詠唱を中断し、咄嗟に杖を振るった。

「死ね! 『漆黒の雷(ダーク・ボルト)』!」


至近距離からの闇魔法。

回避不能の速さで放たれた黒い稲妻が、俺の心臓を貫こうとする。


「だから、構造が単純なんだよ」


俺は杖を持った右手を振るった。

バシュッ!

黒い稲妻は、俺の手前で霧散した。

俺が魔法そのものを「解体」したわけではない。

稲妻が走るための「導電路(パス)」となる空気中の魔素を、一瞬で拡散させたのだ。

電線が切れた電気が届かないのと同じ。


「ま、魔法ヲ……消シタ……!?」

「手品(マジック)じゃない。技術(テクノロジー)だ」


俺は一気に距離を詰め、グレイオスの懐に入った。

魔将軍といえど、魔法使いタイプだ。接近戦なら俺に分がある。

いや、俺のステータスは筋力Eだが、レベルアップと身体操作技術で補える。


「チェックメイトだ」


俺はグレイオスの胸元、派手な装飾が施されたローブの襟首を掴んだ。

そして、右の拳を握りしめる。

狙うのは顔面ではない。

彼が首から下げている、禍々しい輝きを放つペンダントだ。


【魔力増幅炉(マナ・リアクター)】

こいつが、グレイオスの膨大な魔力を支えている外部補助装置。

いわば、彼の強さの源(バッテリー)だ。


「そのオモチャ、没収な」


ガシャァァン!!


俺の拳がペンダントを粉砕した。

宝石が砕け散り、圧縮されていた魔力が暴走して逆流する。


「ギャァァァァァッ!!!」


グレイオスが絶叫する。

魔力のバックドラフト現象。

自らの魔力が制御を失い、身体の内側から彼を焼き尽くそうとする。


「ぐ、お、のれ……人間ンンッ……!」


グレイオスは苦悶の表情で膝をついた。

全身から黒い煙が上がっている。

だが、さすがは魔将軍。即死は免れたらしい。

彼は震える手で懐から何かを取り出した。

真っ黒な水晶玉だ。


「こ、この屈辱……忘れンぞ……!」

「逃げる気か?」


俺が手を伸ばすが、水晶玉が眩い光を放った。

緊急転移アイテムだ。


「次こそハ……貴様ヲ、必ズ……!」


捨て台詞と共に、グレイオスの姿が空間の歪みに飲み込まれて消えた。

同時に、周囲を覆っていた「絶対防御障壁」もガラスが割れるように崩壊し、霧散していく。


「チッ、逃げられたか」


俺は舌打ちした。

転移の構造解析が間に合わなかった。

だが、主(あるじ)を失った魔王軍に、もはや戦う力は残っていないだろう。


俺は振り返り、城壁の上の味方に向かって右手を高々と掲げた。


「敵将、敗走! 俺たちの勝ちだ!」


その瞬間、戦場に割れんばかりの歓声が轟いた。

「うおおおおおッ! 勝った! 勝ったぞぉッ!」

「タクミ様万歳! バルガス万歳!」


迷路の中で混乱していた魔物たちは、指揮官の消滅と共に統率を失い、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めていた。

それをバルガス軍が追撃し、戦果を拡大していく。


俺はゆっくりと息を吐き、へたり込んだ。

「ふぅ……結構危なかったな」


結界を抜ける時のタイミング合わせ。あれは一歩間違えれば黒焦げだった。

建築士としての経験と勘、そして度胸がなければ無理だっただろう。


「タクミさん!」


背後から声がして、振り返るとフィオが走ってきた。

彼女は俺の無事な姿を見ると、涙を浮かべて飛びついてきた。

「無茶です! あんな敵の大将の目の前に一人で突っ込むなんて!」

「はは、心配かけたな。でも、最短ルートで工事を終わらせるのがプロだからさ」


俺はフィオの頭を撫でながら、逃げていく魔王軍の背中を見つめた。

グレイオスは生きて帰った。

必ず、また来るだろう。今度はもっと強固な対策をして。


「……だが、次はお前の軍団ごとリノベーションしてやるよ」


俺の目には、すでに次の「防衛プラン」が浮かんでいた。

今回の戦いで得た敵のデータ、魔法の構造、そしてグレイオスの思考パターン。

それら全てを解析し、俺の都市はさらに進化する。


戦いは終わった。

だが、これは長い戦争の序章に過ぎない。

そして、この勝利の報せは、魔王軍だけでなく、大陸中の国々に衝撃を与えることになる。

「単独で魔将軍を撃退した男」の存在は、もはや一介の冒険者や建築士の枠を超え、世界のパワーバランスを崩す特異点として認識され始めたのだ。


「さて、帰ったら壊れた城壁の修理だな。……追加料金、たっぷり請求してやる」


俺はニヤリと笑い、勝利の美酒ならぬ、フィオが差し出してくれた水筒の水を飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る