第二章:承・辺境開拓と成り上がり

第6話 辺境伯からの無理難題。一夜にして城壁を築けますか?

エルフの里での劇的なリフォームから二週間が経過した。

俺、相沢匠(タクミ)は今、人間領の最前線にある都市、城塞都市バルガスを目指して街道を歩いていた。


「タクミさん、本当に良かったんですか? 里のみんなは、もっと長くいてほしそうでしたけど」


隣を歩くエルフの少女、フィオが心配そうに尋ねてくる。

彼女は里の代表として、そして俺の案内役として同行してくれている。

フードを目深に被り、特徴的な長い耳を隠しているが、その歩調は軽やかだ。


「ああ、十分さ。里の復興も終わったし、防衛システムも完備した。それに、俺もそろそろ人間社会の通貨が必要だからな」


この二週間、俺はエルフの里を徹底的に改造した。

倒壊した家屋は、千年樹の廃材を利用して高床式のモダンな住居に。

里の外周には、俺のスキルで生成した自動迎撃用のゴーレム(見た目は木彫りの熊だが、中身は圧縮木材の装甲)を配置。

長老などは「これぞ神の御業」と拝んでいたが、俺としては単なる都市計画の一環だ。


報酬として、エルフ秘伝の薬草や希少な魔素材を大量にもらった。

だが、これらは人間社会で換金しなければただの荷物だ。

王都を追放された身だが、辺境ならまだ俺の悪評(というより男爵の言いがかり)も届いていないだろう。


「見えてきました。あれがバルガスです」


フィオが指差す先。荒野の中に、武骨な灰色の壁に囲まれた都市が鎮座していた。

王都のような優雅さはない。

実用一点張り。戦うための都市だ。


だが、近づくにつれて、建築士としての俺の眉間に皺が寄った。


「……酷いな」


城壁の状態だ。

遠目にも、あちこちが黒く煤け、ひび割れているのがわかる。

一部は崩落し、急場凌ぎの木柵で塞がれている有様だ。


「最近、魔物の襲撃が増えているんです。この辺境伯領は、常に魔王軍との戦いの最前線ですから」

「にしても、メンテナンスが行き届いてなさすぎる。あれじゃあ、次の大きな波が来たら決壊するぞ」


俺たちは門へと向かった。

検問の列は長い。農民や行商人が、不安そうな顔で入城を待っている。

俺たちの番が来ると、疲れ切った顔の衛兵が槍を向けてきた。


「身分証は?」

「ない。新規登録の予定だ」

「……またか。最近は難民が多くてな。入るなら怪しい真似はするなよ」


王都とは違い、ここでは身分証がないこと自体は珍しくないらしい。

なんとか中に入ることができた。


都市内部の空気は重かった。

活気がないわけではないが、誰もがどこか殺気立っている。

武器防具の店ばかりが目立ち、通りを行き交う人々も武装した冒険者や傭兵が多い。


「まずはギルドに行こうか。素材を換金して、宿を確保したい」

「はい。ギルドは中央広場の近くにあるはずです」


通りを歩いていると、広場の方が何やら騒がしいことに気づいた。

人だかりができている。

怒号と、悲痛な叫び声。


「なんだ?」


野次馬精神というよりは、嫌な予感がして足を向けた。

人混みをかき分けて最前列に出ると、そこでは一人の屈強な男が、数人の男たちを怒鳴りつけていた。


「できんとはどういうことだ! 明日までに直せと言っているんだ!」


怒鳴っているのは、四十代くらいの巨漢だ。

燃えるような赤髪に、立派な髭。身につけている鎧は傷だらけだが、最高級の素材で作られている。

ただの兵士じゃない。この街の支配者クラスの威圧感がある。


対して、怒鳴られているのは石工や大工といった職人たちのようだ。

彼らは青ざめ、地面に頭を擦り付けている。


「ご、ご無体です、辺境伯様! 北側の城壁は基礎から崩れています! 修復には最低でも一ヶ月はかかります!」

「一ヶ月だと!? 斥候の報告では、魔物の大軍勢(スタンピード)が迫っているのだぞ! 到着は明日の夜明けだ! それまでに壁が直らなければ、この街は蹂躙される!」


辺境伯と呼ばれた男――グラハム・バルガス伯爵は、ギリギリと歯を噛み締めた。

「住民を避難させる時間もない。なんとしても壁を塞げ! 瓦礫を積み上げるだけでもいい!」

「そ、そんなことをしても、オーガの突進一発で崩れます……我々にはもう、どうすることも……」


職人たちの言葉はもっともだ。

物理的に、崩壊した石壁を一晩で元通りにするなど、現代の重機があっても難しい。ましてや人力のこの世界では不可能だ。


絶望的な空気が広場を包む。

住民たちも「終わりだ」「逃げ場なんてない」と口々に嘆き始めている。


(……やれやれ)


俺はため息をついた。

見過ごして立ち去ることもできる。俺には関係ない話だ。

だが、目の前で「構造的に不可能な修理」を強いられている職人たちを見ると、かつての自分を思い出して胸クソが悪くなる。

それに、この街が明日滅びたら、俺の換金計画も宿探しもおじゃんだ。


「一ヶ月か。随分と余裕のある見積もりだな」


静まり返った広場に、俺の声が響いた。

全員の視線が一斉にこちらを向く。


「誰だ貴様は!」

バルガス辺境伯が鋭い眼光を向けてくる。殺気だけで人を殺せそうなプレッシャーだが、ドラゴンの前で昼寝をした俺には通用しない。


俺は人混みから進み出た。

「ただの通りすがりの建築士です。あまりに非効率な会話が聞こえたものでね」

「建築士だと? 小僧、状況がわかっているのか。我々は今、都市の存亡をかけているんだ。冷やかしなら斬るぞ」


「冷やかしじゃありませんよ。その壁、俺なら一晩……いや、夜明け前には直せます」


ざわっ、と周囲が揺れた。

「馬鹿な」「できるわけがない」という嘲笑と、「もしや」という縋るような視線が交錯する。


バルガス辺境伯が俺の前に歩み寄り、見下ろした。

「……貴様、名は?」

「タクミ・アイザワ」

「タクミか。その言葉、嘘であれば即座に処刑ものだぞ。今の壁の状態を見たのか?」

「ええ、入城時に遠目で見ました。北側の壁ですね? 基礎部分の地盤沈下によるクラック(ひび割れ)の拡大。そこに投石か何かの衝撃が加わって崩落した。従来の工法で直そうとすれば、一度全て解体して基礎を打ち直す必要があります。だから一ヶ月かかる」


俺がスラスラと現状を分析すると、職人たちが「お、おお……」と驚きの声を上げた。

「すげえ、一目見ただけで原因を……」

「確かにその通りなんだ。基礎が腐ってるから、上に何を積んでも無駄で……」


辺境伯の表情が変わる。

こいつはただの若造じゃない、と認識したようだ。


「それで? 基礎から直す必要があるのに、一晩でできると言うのか?」

「できますよ。俺の『技術』を使えばね。ただし、条件があります」

「条件?」

「一つ、俺をこの街の専属建築士として雇うこと。二つ、報酬は弾んでもらうこと。三つ――俺のやり方に一切口出ししないこと」


貴族相手にふてぶてしい態度。

普通なら不敬罪で首が飛ぶ。

だが、辺境伯はニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「面白い。背に腹は代えられん。もし本当に夜明けまでに壁を直し、魔物の群れを防ぎきれるなら、貴様の望みは何でも叶えてやる。だが、失敗すれば――」

「その時は、俺も一緒に魔物の餌になるだけです」


俺は肩をすくめた。

交渉成立だ。


          ◇


日が落ち、夜の帳が下りる頃。

俺は北側の城壁の前に立っていた。


状況は想像以上に悪かった。

幅五十メートルに渡って壁が崩れ落ち、巨大な風穴が空いている。

これでは「いらっしゃいませ」と言っているようなものだ。


「タクミさん、手伝いますか?」

フィオが心配そうに聞いてくるが、俺は首を振った。

「いや、これは俺一人の作業だ。フィオは辺境伯たちと一緒に、離れた場所で見物しててくれ」


後方には、バルガス辺境伯をはじめ、兵士や職人たちが固唾を飲んで見守っている。

松明の灯りが揺れる中、俺は崩れた瓦礫の山へと歩み寄った。


「さて、始めますか。大規模改修工事(リノベーション)」


俺は両手を広げ、瓦礫に触れた。

『構造解析』発動。


視界が青白く反転する。

崩れた石材、劣化したモルタル、その下の軟弱な地盤。

すべての情報(パラメータ)を把握する。


今回の敵は「時間」だ。

丁寧に石を積み直している暇はない。

ならば、どうするか。

答えは簡単だ。「一体化」させればいい。


「『解体』および『再構築』――対象範囲、北壁全域」


俺の体から、膨大な魔力が放出される。

レベルアップで増大した魔力(MP)を惜しみなく注ぎ込む。


ゴゴゴゴゴ……ッ!!


地面が震え出した。

見守っていた兵士たちが悲鳴を上げる。

「おい! 壁が動いてるぞ!?」

「溶けているのか!?」


崩れた瓦礫が、まるで泥のようにドロドロに融解していく。

それだけではない。無事だった左右の壁の一部も液状化し、崩落箇所と混ざり合う。


建築の常識では、既存のコンクリートと新しいコンクリートの継ぎ目(打ち継ぎ目)は弱点になりやすい。

だから俺は、継ぎ目をなくす。

壁全体を一度「素材」に戻し、一つの巨大な塊として再成形するのだ。


「さらに、オプション追加だ」


インベントリから、エルフの里でもらった「土の魔石」と、ワイバーンの骨の残りを投入する。

液状化した石壁の中に、骨を鉄筋のように配置。

魔石の力で、石材の密度を極限まで高める。


「イメージしろ。ただの壁じゃない。敵を拒絶する絶対の防壁を」


脳内で設計図(ブループリント)を描く。

垂直に切り立った壁。

表面は鏡のように滑らかで、爪をかける隙間もない。

上部には、弓兵が身を隠しながら攻撃できる「出し狭間(マチコリ)」を設置。

さらに、壁の内部には魔力循環回路を組み込み、衝撃を全体に分散させるショックアブソーバー機能を持たせる。


「固まれッ!!」


俺が両手を振り上げると、ドロドロだった壁が一気に隆起した。

高さ十五メートル。以前より五メートル高い。

月光を浴びて白く輝く、継ぎ目のない一枚岩の障壁。


ズゥゥゥン!!


定着完了の音が、夜の街に響き渡った。

作業時間、わずか三十分。


「……できた」


俺は額の汗を拭い、振り返った。

そこには、口をポカーンと開けて石化している辺境伯たちの姿があった。


「な……な……」

職人の親方が、震える手で壁に触れる。

「つ、継ぎ目がない……? 一体成型だと? しかもこの硬度……ミスリル合金並みじゃねえか……!」


バルガス辺境伯が、夢遊病者のように歩み寄ってくる。

彼は壁を見上げ、そして俺を見た。

その目は、猛獣を見るような警戒心から、理解を超えた存在を見る畏怖へと変わっていた。


「……貴様、本当に人間か?」

「一応、人間ですよ。ちょっと手先が器用なだけの」


俺がニヤリと笑うと、辺境伯は豪快に笑い出した。

「ハハハ! 手先が器用だと! 城壁一つを粘土細工のように作り替えておいてか! いいだろう、合格だ! いや、合格なんてものではない!」


辺境伯は俺の背中をバシバシと叩いた。痛い。筋力差がありすぎる。

「約束通り、貴様を雇おう! 報酬も言い値で払う! だがその前に――」


彼は東の空を指差した。

空が白み始めている。

そして、地平線の彼方から、黒い染みのようなものが押し寄せてくるのが見えた。

地響きが伝わってくる。


魔物の大軍勢だ。

オーク、ゴブリン、そして巨大なトロールの姿も見える。その数、数千。


「作ったばかりの壁の試運転だ。タクミ、貴様の作った壁がどれほどのものか、特等席で見せてもらおうか!」


「ええ、構いませんよ。傷一つ付きませんから」


俺たちは完成したばかりの城壁の上に登った。

兵士たちも慌てて配置につくが、その表情には先ほどまでの絶望はない。

足元にある圧倒的な「頼もしさ」が、彼らに勇気を与えていた。


「全軍、構えッ!!」


辺境伯の号令が飛ぶ。

魔物の先頭集団が、城壁の真下まで迫る。

トロールが巨大な棍棒を振りかぶり、壁に向かって叩きつけた。


ガギィッ!!


鈍い音が響く。

だが、壁は揺らぎもしない。

逆に、棍棒の方が衝撃に耐えきれずに砕け散った。


「グガッ!?」


トロールが痺れた手を抱えて後ずさる。

それを見た兵士たちが、一斉に歓声を上げた。


「弾いたぞ! あのトロールの一撃を!」

「傷一つついてねえ!」

「これならいける! 勝てるぞ!!」


俺は腕を組んで、眼下の戦場を見下ろした。

建築士として、自分の設計した構造物が機能するのを見るのは、いつだって最高の気分だ。


「言ったでしょう。俺が作ったからには、この街は世界で一番安全な場所になるって」


朝日が昇る。

白亜の城壁は、押し寄せる闇の軍勢を跳ね返し、燦然と輝いていた。

辺境都市バルガスにおける「伝説の建築士」の物語が、ここに幕を開けた。

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