第5話 廃墟の村とエルフの少女。崩れかけた家を一瞬で新築要塞へ

「ガァァァッ!!」


追い詰められたレッドオーガは、恐怖に歪んだ顔を一変させ、捨て身の特攻を仕掛けてきた。

武器を失ってもなお、その巨体そのものが凶器だ。丸太のような腕を振り回し、俺を押し潰そうとする。


「交渉決裂か。なら、リサイクルさせてもらおう」


俺は冷静に杖を構えた。

相手の動きは単純な直進。質量に任せた暴力。

だが、その足元はすでに俺の【構造解析】によって丸裸だ。

地面の傾斜、土の摩擦係数、そしてオーガの重心移動。


「そこ、地盤が緩んでるぞ」


俺は杖で地面の一点を軽く小突いた。

『地盤操作』――局所的液状化。


「ガッ!?」


踏み込んだオーガの足が、ズブりと地面に沈んだ。

勢いに乗っていた巨体がつんのめる。

顔面から俺の足元へとスライディングする形になったオーガに対し、俺は無慈悲に杖を振り下ろした。


「【解体】」


ドサリ、と巨体が沈黙した。

生命活動を維持する心臓部の魔力循環を、物理的に停止させたのだ。

外傷はほとんどないが、中身はスクラップだ。


『経験値を獲得しました。Lv23→Lv25』

『ドロップアイテム:赤鬼の角、赤鬼の皮、剛力の指輪』


「ふぅ。さて、こっちは片付いたとして……」


俺は振り返り、倒れているエルフの少女を見た。

意識はないが、呼吸はしている。

ただ、その体は泥と傷だらけで、服もボロボロだ。放っておけば感染症や低体温症で危ないかもしれない。


「……仕方ない。連れて帰るか」


俺は少女を背負い上げると、リノベーションしたばかりの我が家へと戻った。


          ◇


「……ん……っ」


少女が目を覚ましたのは、翌朝のことだった。

朝日が差し込む部屋の中で、彼女はゆっくりと身を起こした。


「ここは……天国……?」


彼女が寝ていたのは、ワイバーンの羽毛(ダウン)を詰めた特製マットレスの上だ。

シーツは最高級のシルク(遺跡の宝物庫にあった布をリメイクした)。

天井には柔らかな光を放つ魔石の照明。

空調設備のおかげで、室温は常に快適な二十四度に保たれている。


森の中で野宿しながら逃げてきた彼女にとって、そこはあまりにも場違いな空間だった。


「目が覚めたか」


俺は湯気の立つマグカップを二つ持って、部屋に入った。

少女がビクリと肩を震わせ、警戒心を露わにする。

耳がピッと立っている。怯える小動物みたいで少し可愛い。


「あ、あなたは……? 私、死んだんじゃ……」

「生きてるよ。ここは俺の家だ。昨日の夜、オーガに襲われていた君を拾ったんだ」

「オーガ……ッ!」


記憶がフラッシュバックしたのか、彼女の顔が青ざめる。

俺はとりあえず、ホットミルク(のような木の実の絞り汁を温めたもの)を差し出した。

「落ち着け。ここには結界も張ってあるし、オーガはもういない。まずはこれを飲んで」


少女はおずおずとカップを受け取り、一口飲むと、ホッとしたように息を吐いた。

「……美味しい。温かい……」

「俺はタクミ。しがない建築士だ。君の名は?」

「私は……フィオ。フィオ・ウィンドルです」


フィオと名乗ったエルフの少女は、カップを強く握りしめながら、ポツリポツリと事情を話し始めた。


彼女は、この森の奥にある「隠れ里」の住人だった。

だが数日前、突然変異種のオーガ・ジェネラル率いる群れが里を襲撃したらしい。

里の戦士たちは必死に応戦したが、圧倒的な暴力の前に防衛線は崩壊。

フィオは長老の命を受け、援軍を求めて走っていたのだという。


「でも、人間の街までは遠くて……それに、人間がエルフを助けてくれるはずもないし……」

フィオは悔しそうに唇を噛んだ。

「私は、何もできませんでした。みんなが戦っているのに、私だけ逃げて……」


彼女の目から涙がこぼれる。

俺はその話を聞きながら、建築士としての思考を巡らせていた。


(オーガの群れか。建材としての『赤鬼の皮』や『角』は魅力的だが……それ以上に、エルフの里の建築様式には興味があるな)


不純な動機かもしれない。

だが、困っている人間(エルフだが)を前にして、知らんぷりを決め込むほど俺も落ちぶれてはいない。

それに、この森で快適なスローライフを送るなら、近隣住民とは仲良くしておいた方がいい。


「フィオ」

「は、はい」

「その里、まだ持ち堪えていると思うか?」

「……わかりません。でも、里の最奥にある『長老の館』は古代樹を加工して作られた要塞です。結界石もあるので、数日は持つはずですが……」

「なら、まだ間に合うな」


俺は立ち上がり、インベントリからワイバーンの骨で作った新しい杖を取り出した。

「案内してくれ。俺がその里、リフォームしに行ってやるよ」

「え……? リフォーム……?」


フィオは呆気にとられた顔をしたが、俺の目を見て、何かを感じ取ったようだった。

彼女は涙を拭い、力強く頷いた。

「お願いします! どうか、みんなを助けてください!」


          ◇


フィオの案内で森を駆け抜けること一時間。

俺たちはエルフの里に到着した。


「酷い……」


フィオが絶句する。

そこは、まさに地獄絵図だった。

木の上に作られた美しいツリーハウスの数々は破壊され、燃やされている。

地面には矢が突き刺さり、あちこちに血痕が残っていた。


里の中央広場には、三十匹ほどのレッドオーガが群がっていた。

彼らが取り囲んでいるのは、巨大な一本の大樹だ。

その根元にある大きな建物――『長老の館』に、生き残ったエルフたちが立て籠もっているらしい。


「ガァァァッ! 壊セ! 殺セ!」


一際巨大なオーガ――あれがジェネラルか――が怒号を飛ばす。

手下たちが丸太や岩を投げつけ、館の扉や壁を打ち据える。

館を覆う薄緑色の結界が、攻撃を受けるたびに悲鳴のような音を立てて明滅していた。


「ああっ、結界がもう限界です! あれが割れたら……!」

フィオが悲鳴を上げる。

確かに、あの結界の構造維持率は残り5%を切っている。

あと一発、強い衝撃が加われば崩壊する。


「タクミさん、どうしましょう!? 戦いますか!?」

フィオが短剣を構えようとする。

だが、俺は彼女の肩を掴んで制した。


「焦るな。真正面から突っ込んで乱戦になったら、中の人質も危険だ」

「で、でも!」

「俺に任せろ。戦うんじゃない。『修理』するんだ」


俺はニヤリと笑うと、茂みから飛び出した。

オーガたちの背後を取り、全速力で館へと走る。


「グルァ!?」

突然現れた人間に、オーガたちが反応するよりも速く。

俺はジェネラルの横をすり抜け、館の壁面に手を叩きつけた。


「おい、そこの住人たち! 今から緊急工事を始めるぞ! 揺れるから何かに掴まってろ!」


大声で叫ぶと同時に、スキルを発動させる。


『構造解析』――対象:長老の館。

状況確認。

壁面の耐久度はゼロに近い。柱も三本折れている。

だが、素材自体は悪くない。「千年樹」と呼ばれる超硬質木材だ。

ただ、加工技術が未熟で、素材のポテンシャルを活かしきれていない。

繊維の向きを無視して組んでいるせいで、強度が半減しているのだ。


「もったいない使い方しやがって。俺が正しい組み方を教えてやる!」


『再構築(リノベーション)』開始。


俺の魔力が館全体を包み込む。

バキバキバキッ! と凄まじい音が響いた。

オーガたちが驚いて動きを止める。


「な、なんだ!?」

「家ガ、動イテル!?」


目の前で、崩れかけていた館が変形を始めたのだ。

木材の繊維が一度解かれ、鋼鉄のように高密度に編み直される。

隙間だらけだった壁は、一枚板のような滑らかな曲面装甲へと変化。

窓には強化ガラス(近くの砂を錬成)がはめ込まれ、入り口には三重のロック機構を備えた鉄扉(俺の手持ちの鉄くずを使用)が出現した。


さらに、俺は館の周囲の地面にも干渉した。

『地盤隆起』。

館の周囲を囲むように、高さ三メートルの土塁が一瞬でせり上がる。

ただの土ではない。俺が魔力で圧縮し、石材並みの硬度を持たせた「版築(はんちく)」の壁だ。


「な……な……」


フィオが口をあんぐりと開けて見ている。

わずか十秒。

崩壊寸前だった木造建築は、白亜の壁と堅牢な土塁に守られた、難攻不落の「要塞」へと生まれ変わっていた。


「な、なんだこれはぁぁぁ!?」


オーガ・ジェネラルが喚く。

そりゃそうだ。目の前の獲物が、いきなり軍事基地みたいな要塞に引きこもったのだから。


「ふう、一次施工完了」


俺は要塞化した館の屋根の上に立っていた。

眼下には、呆然とするオーガの群れ。


「おい、赤鬼ども」

俺は見下ろすように告げた。

「ここは俺の管理物件になった。不法侵入及び器物損壊で、退去してもらう。さもなくば――」


俺は屋根に設置した、即席の迎撃システム(ワイバーンのブレス器官を加工した火炎放射器)に手をかけた。


「――害虫駆除の対象として処理する」


「フザケルナァァッ!!」


ジェネラルが激昂し、土塁に向かって突進してきた。

巨大な金棒を振り上げ、圧縮土の壁に叩きつける。


ガギィィィン!!


金属音が響き、金棒の方がへし折れた。

俺が作った壁は、衝撃を拡散させる「ハニカム構造」を内部に採用している。

単なる力任せの打撃など、痛くも痒くもない。


「バ、バカナ……!」

「構造を知らないってのは罪だな」


俺は屋根の上から指をパチンと鳴らした。

それを合図に、土塁の外壁に埋め込んでおいたトラップが作動する。

壁の一部がスライドし、無数の槍(スパイク)が飛び出した。


「ギャアアアッ!?」


壁に取り付いていたオーガたちが串刺しになり、悲鳴を上げて転げ落ちる。

一方的な蹂躙だ。

攻撃すれば武器が壊れ、近づけば串刺し。

これはもう、戦いではない。

セキュリティシステムによる、淡々とした排除作業だ。


「ひ、退けぇぇッ! ココハヤバイ!!」


賢しいジェネラルは、部下の惨状を見て即座に撤退を命じた。

だが、逃がすつもりはない。

我が家の資材になってもらう必要があるからな。


「フィオ、弓は使えるか?」

「は、はい!」

フィオが屋根の上に飛び乗ってきた。

俺は彼女に、即席で強化(弦の張力を三倍に調整)した彼女の弓を渡した。


「あのリーダー格を狙え。動きは俺が止める」

「わ、わかりました!」


俺は【構造解析】で地面の構造を読み取り、ジェネラルの逃走ルート上にある地面を泥沼化させた。

足を取られ、動きが鈍るジェネラル。


「今だ!」

フィオが矢を放つ。

風を纏った矢は、吸い込まれるようにジェネラルの眉間――俺が視線誘導で示した構造上の弱点(急所)――へと突き刺さった。


ドォォォン!


ジェネラルが倒れ、残ったオーガたちは散り散りに逃げ去っていった。

勝負ありだ。


静寂が戻った里に、館の鉄扉が開く音が響いた。

中から、恐る恐るエルフたちが出てくる。

彼らは変わり果てた自分たちの隠れ家を見上げ、そして屋根の上に立つ俺たちを見た。


「助かった……のか?」

「あの壁、オーガの攻撃を弾いたぞ……」

「一体、何が起きたんじゃ……」


白髭を生やした長老らしきエルフが、震える足取りで進み出てきた。

彼は俺を見ると、深々と頭を下げた。


「旅のお方よ……貴殿が、我々を救ってくださったのか」

「まあ、成り行きです。フィオさんに頼まれたので」


俺は屋根から飛び降り、フィオもそれに続いた。

フィオが長老に駆け寄る。

「長老様! ご無事ですか!」

「おお、フィオか。よくぞ戻った……それに、なんと強き助っ人を連れてきたことか」


長老は涙ぐみながらフィオを抱きしめ、再び俺に向き直った。

その目は、畏怖と尊敬に満ちていた。


「崩れかけた館を一瞬で城に変え、オーガの軍勢を退けるとは……貴殿は、伝説の『建築神』の使いか何かですか?」


「いえ、ただの建築士です。あと、修復士もやってます」


俺は淡々と答えた。

「それより長老さん。勝手にリフォームしちゃいましたけど、工事費の請求、させてもらってもいいですかね?」


俺がニヤリと笑うと、長老はキョトンとし、やがて大笑いした。


「ハハハ! 命の恩人に対して、金なぞで足りるものか! 我が里にあるものなら、何でも持っていくがよい! ……と言いたいが、見ての通り里は壊滅状態でのう」


「あー、それなら心配いりません」

俺は周囲の瓦礫の山――かつて家だったもの――を見渡した。

建築士の血が騒ぐ。

壊れたなら、もっと良く作り直せばいい。


「復興(リノベ)も俺の専門分野です。その代わり――この里の素材と技術、少し勉強させてもらいますよ」


こうして、廃墟となったエルフの里は、俺の次なる「現場」となった。

異世界の森の奥深く、後に「難攻不落の要塞都市」と呼ばれることになる場所の歴史は、ここから始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る