「構造解析」スキルで異世界を修復(リノベーション)します~不遇職の建築士ですが、魔王城の耐震強度がゼロだと気付いたので指一本で崩壊させてもいいですか?~
第3話 魔の森での初戦闘。ドラゴンの骨格構造には欠陥が多すぎる
第3話 魔の森での初戦闘。ドラゴンの骨格構造には欠陥が多すぎる
王都を追放されてから数時間が経過していた。
俺の目の前には、鬱蒼と茂る巨大な木々の壁が立ちはだかっていた。
「ここが『魔の森』か。名前の割には、植生が豊かすぎて湿度が高いな」
王都の門番や冒険者たちが「あそこは死地だ」「入ったら二度と戻れない」と噂していた場所だ。
だが、俺にはそんな忠告など関係ない。むしろ、人間がいる場所の方がよほど生きづらいことがわかったからな。
それに、俺のスキル【構造解析】が示している「未知の建造物反応」は、この森の奥深さを指し示している。
森に足を踏み入れる。
空気が変わった。肌にまとわりつくような濃密な魔素。
普通の人間ならこのプレッシャーだけで動けなくなるかもしれないが、俺のステータスには異常は見られない。精神耐性が高いのか、それとも単に鈍感なのか。
「さて、まずは道を作らないとな」
目の前には、トゲだらけの蔦植物が道を塞いでいる。
俺は手近な木の枝を拾い、その蔦に触れた。
【構造解析】発動。
植物の繊維構造、水分供給のルート、そして急所となる「成長点」が青白いラインとなって視界に浮かぶ。
「ここを切れば枯れる」
拾った木の枝で、蔦の根元にある小さなコブを突く。
それだけで、鋼鉄のように硬いと噂の魔界植物が、シュルシュルと音を立てて萎びていき、地面に落ちた。
道が開く。
「便利だな。生物学的な構造も、建築構造も、根本は同じ『理(ことわり)』で出来ている」
俺は道なき道を進んだ。
時折、茂みから赤い目をした狼や、巨大な昆虫が襲いかかってきた。
だが、すべて問題ない。
飛びかかってくる狼の顎の筋肉構造を解析し、口が開かないように小石を噛ませて自滅させる。
巨大蜘蛛の糸は、張力のバランスを一点崩すだけで巣ごと崩壊させる。
レベルが12に上がったおかげか、動体視力も向上しているようだ。
何より、相手が襲ってくる「軌道」が、構造上の制約から予測できてしまう。
筋肉の付き方を見れば、右に飛ぶか左に飛ぶか、物理的に不可能な動きは排除できるからだ。
「経験値もそこそこ入るな。よしよし」
順調に進んでいた、その時だった。
ズゥゥゥ……ン。
空気がビリビリと震えた。
これまでの雑魚モンスターとは桁違いのプレッシャー。
鳥たちが一斉に飛び立ち、森が静まり返る。
「……なんだ?」
視線の先、森が開けた広場のような場所に出た。
そこには、巨大な岩山――いや、動く山があった。
「グルルルルゥゥ……ッ!」
緑色の鱗に覆われた巨体。背中にはコウモリのような巨大な翼。
長くしなやかな首の先にあるのは、凶悪な牙を剥き出しにした爬虫類の頭部。
「ドラゴン……いや、翼の形状からしてワイバーン(飛竜)か?」
鑑定スキルはないが、【構造解析】が情報を弾き出す。
【対象:フォレスト・ワイバーン】
【推定レベル:45】
【推定重量:8.5トン】
【状態:空腹、威嚇】
レベル45。
今の俺(レベル15)の三倍だ。
普通なら絶望して逃げ出す場面だろう。
だが、俺は冷静にその巨体を見上げていた。
「デカいな。……デカすぎる」
俺が呟いたのは、恐怖からではない。
建築士としての純粋な疑問からだ。
ワイバーンが翼を広げた。翼開長は二十メートル近いだろうか。
その巨大な質量が、風圧と共に俺を威圧する。
だが、俺の目は節穴じゃない。
「あの翼面積で、8.5トンの体重を浮かせる? 揚力計算が合わないぞ」
「それにあの首。長さに対して頸椎が細すぎる。重力モーメントを無視してるな」
「極めつけは脚だ。二足歩行であの上半身を支えるには、股関節の強度が物理的に足りてない」
結論が出た。
この生物は、自然界の物理法則においては「欠陥住宅」ならぬ「欠陥生物」だ。
なぜ存在できているのか?
解析を進める。視界がワイヤーフレームに切り替わり、ワイバーンの体内を巡る魔力の流れが見えた。
「なるほど。魔力による身体強化(ブースト)で無理やり構造を維持しているのか」
骨格の脆弱さを魔力の膜で補強し、揚力の不足を風魔法で補っている。
いわば、鉄筋を入れ忘れたコンクリート柱を、ガムテープでぐるぐる巻きにして立たせているようなものだ。
なんとも杜撰(ずさん)な設計だ。神様がいるなら、一度設計図を書き直させた方がいい。
「グオオオオオッ!!」
ワイバーンが咆哮し、口から緑色のブレスを吐き出した。
酸の霧だ。
俺は予測線に従って横に転がる。
背後の木々がジュワジュワと音を立てて溶解していく。直撃したら骨も残らないだろう。
「ッ、危ないな! 施工管理はどうなってる!」
俺は立ち上がり、懐から「魔鉱石」を取り出した。
第一話でロックリザードを倒した時に手に入れた、こぶし大の硬い石だ。
武器はない。この石ころ一つが、俺の全武装だ。
ワイバーンがこちらを向き直る。
獲物が逃げたことに苛立っているようだ。
巨大な翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がろうとする。
上空からの急降下攻撃(ダイブ)を狙うつもりか。
「させるかよ。お前のその翼、もう限界が来てるぞ」
俺は【構造解析】の焦点を、ワイバーンの右翼の付け根に絞った。
翼膜と骨を繋ぐ関節部分。
そこには、巨体を持ち上げるための凄まじい負荷がかかっている。
魔力によってギリギリ補強されているが、その一点にこそ、最大の歪みがある。
「魔力循環のパイプ詰まり……そこだ!」
ワイバーンが地面を蹴り、浮き上がった瞬間。
俺は右手の魔鉱石を全力で投げつけた。
狙うはワイバーンそのものではない。
ワイバーンの周囲に漂う、魔力場の「結節点」だ。
俺のスキルは、物理的な構造だけじゃない。魔力というエネルギーの構造すらも解析できる。
あいつが体を強化するために纏っている魔力の流れ、そのわずかな澱(よど)みに、異物である魔鉱石をぶつける。
ヒュッ――ガキンッ!
投げた石は、ワイバーンの体に当たることもなく、空中の何もないところで弾かれたように見えた。
だが、それで十分だ。
精密機械の歯車に小石を挟むようなもの。
循環していた強化魔力が、その一瞬の阻害によって乱流を起こす。
バヂヂヂヂッ!!
「ギャッ!?」
空中で青白いスパークが走った。
魔力の補強を失った右翼の関節が、自らの羽ばたく力に耐えきれず、生々しい音を立てて逆方向にひしゃげた。
「ギャオオオオオッ!?」
悲鳴と共に、浮き上がったばかりの巨体がバランスを崩す。
揚力を失い、きりもみ回転しながら地面へと墜落してきた。
ズドオオオオオン!!
地響きが森を揺らす。
「まだだ、まだ終わってないぞ」
俺は走った。
墜落の衝撃で脳震盪を起こしているワイバーンへ向かって。
止めを刺すには、近づいて直接「解体」するしかない。
ワイバーンがふらふらと鎌首をもたげる。
腐っても竜種、耐久力は異常だ。
俺の接近に気づき、地上戦に切り替えて牙を剥く。
長い首が鞭のようにしなり、俺を食いちぎろうと迫る。
「だから、その首の長さが設計ミスなんだよ!」
迫りくる巨大な顎。
俺は避けない。
真正面から、その鼻先へと手を伸ばす。
接触までコンマ一秒。
俺の指先が、ワイバーンの鼻先に触れる。
『スキル【構造解析】――対象の骨格構造を掌握』
『コマンド:【強制リノベーション】』
俺の脳内で設計図が書き換わる。
首の骨、第一頸椎から第七頸椎までの連結を解除。
同時に、重力のベクトルを顎先の一点に集中させる。
「眠ってろ」
トン、と指先で軽く押す。
バキキキキキッ!!
乾いた音が連鎖した。
ワイバーンの長い首が、まるで積み木崩しのように、カクン、カクンと不自然な角度で折れ曲がっていく。
自らの頭部の重さを支える構造(ロック)を外された結果だ。
「ガ、ア……ッ」
ワイバーンの瞳から光が消える。
巨大な頭部が、俺の足元にドサリと落ちた。
首の骨が複雑骨折どころか、粉砕されている。
即死だ。
『経験値を獲得しました』
『レベルが上がりました。Lv15→Lv23』
『称号【ジャイアントキリング】を獲得しました』
『ドロップアイテム:飛竜の皮、飛竜の牙、風の魔石(中)』
静寂が戻る。
俺は息を吐き、額の汗を拭った。
「ふう……危なかった。あと一歩遅れてたら食われてたな」
目の前には、動かなくなった巨大な山。
普通なら恐怖の対象でしかないドラゴンも、構造さえ理解してしまえば、ただの素材の塊だ。
「さて、と」
俺はワイバーンの死体にペタペタと触れた。
【素材鑑定】の結果が表示される。
【飛竜の皮:軽量で耐火性に優れる。最上級の防具素材】
【飛竜の骨:鉄よりも硬く、しなる。建材としても優秀】
【飛竜の肉:食用可。滋養強壮に良い】
「建材としても優秀、か。いいな」
俺の口元が緩む。
王都では家を持つことも許されなかったが、ここなら誰に気兼ねすることもない。
この最高級の素材を使って、俺だけの家を建てられる。
「よし、解体作業開始だ」
俺はスキルを発動させた。
巨大なワイバーンが光の粒子となって分解され、綺麗に加工された素材へと変わっていく。
皮はなめされた状態に。骨は規格の揃った柱や梁(はり)に。肉はブロック状に切り分けられていく。
血一滴すら無駄にしない、完璧な解体作業。
「あっちの遺跡に運ぶか」
大量の素材を【収納】(スキルはないが、レベルアップでインベントリ機能が解放されていた)に放り込み、俺は再び歩き出した。
ドラゴンを倒した高揚感よりも、これからどんな家を建てようかというワクワク感の方が勝っていた。
建築士・相沢匠。
異世界の魔の森にて、最初の「資材調達」完了。
彼の成り上がりは、まだ始まったばかりだ。
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