第2話 鑑定結果は不遇職「修復士」。王都からの即日追放

ロックリザードを解体してから一夜が明けた。

異世界での最初の夜は、思いのほか快適だった。


俺は遺跡の片隅で目を覚まし、大きく伸びをした。

背中の痛みはない。それもそのはず、俺が寝ていたのは、昨晩スキルで作った特製の石造りベッドの上だからだ。


「おはよう、異世界。……さて、現状確認といきますか」


朝食代わりの木の実(【構造解析】で毒がないことは確認済みだ)を齧りながら、俺は昨夜の成果を振り返る。

レベルは1から12に上昇。ステータスも全体的に底上げされていたが、相変わらず体力と筋力はEランク止まりだった。

代わりに、魔力と器用さはSからさらに伸びているようだ。


そして何より、検証すべきはもう一つのスキル『修復』だ。

俺は手元にある、昨日折れてしまったナイフを取り出した。柄だけが残り、刃は根元からポッキリと逝っている。


「頼むぞ……『修復(リペア)』」


イメージするのは、折れる前の完全な姿。

俺の体内から熱い奔流――魔力が指先へと流れ込む。

すると、光の粒子がナイフの断面に集まり始めた。失われたはずの刃が、空間から再構成されるように伸びていく。


数秒後。

そこには、新品同様の輝きを取り戻したナイフがあった。

いや、違う。


「【構造解析】……やっぱりな。ただ直っただけじゃない」


解析画面に表示された数値を見て、俺はニヤリと笑った。

刃の材質密度が均一化され、強度が以前の1.5倍に向上している。

俺の『修復』は、単に時間を巻き戻すのではない。俺が理解した「理想的な構造」へと、対象を再構築する能力なのだ。

元のナイフが鋳造ミスの安物だったから、その欠陥を取り除いて修復した結果、性能が上がったらしい。


「壊して、直す。この二つがあれば、なんとかなりそうだな」


衣食住の確保と、身を守る術。最低限の目処は立った。

あとは、情報を集める必要がある。

ここがどこなのか。人間はいるのか。そして、俺はどう生きていくべきなのか。


俺は荷物をまとめると、遺跡を後にした。

目指すは、遺跡から見えた高い塔のある方角だ。あんな目立つ建造物があるなら、そこには間違いなく文明があるはずだ。


          ◇


半日ほど歩くと、街道に出た。

さらに数時間歩くと、巨大な城壁に囲まれた都市が見えてきた。

石造りの重厚な城壁。天を衝く尖塔。行き交う馬車と、鎧をまとった人々。

間違いなく、ファンタジーRPGに出てくる「王都」そのものだ。


「おお……これぞ異世界」


感動しつつも、建築士としての職業病が疼く。

(あの城壁、目地(めじ)のモルタルが劣化してるな。震度4クラスの地震が来たら崩れるぞ。あと、あの塔の張り出し部分は荷重計算が甘いんじゃないか?)

見れば見るほど、粗(あら)が見えてしまう。

まあいい。今は観光に来たわけじゃない。


門番の列に並び、順番を待つ。

俺の番が来ると、髭面の兵士が訝しげな目を向けてきた。


「身分証は?」

「あー、ないです。田舎から出てきたばかりで」

「身分証なしか。なら、入場税として銀貨二枚だ。持ってないなら入れんぞ」


通貨がない。当然だ。

どうしようかと思案していると、兵士が俺の腰のナイフに目を留めた。

「金がないなら、そのナイフを置いていけ。それなら通してやる」

足元を見やがって。だが、背に腹は代えられない。

俺は強化したばかりのナイフを差し出した。兵士は「ふん、安物か」と鼻を鳴らしたが、通る許可はくれた。


王都の中は活気に満ちていた。

レンガ造りの建物が並び、露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。

とりあえずの目標は、冒険者ギルドだ。

テンプレ通りなら、ギルドで登録すれば身分証がもらえるし、金も稼げるはず。


通りがかりの人に場所を聞き、俺はギルドへと向かった。

木造三階建ての大きな建物。看板には剣と盾の紋章。

中に入ると、昼間から酒を飲む荒くれ者たちの視線が一斉に突き刺さる。

……怖い。正直、帰りたくなる雰囲気だ。

だが、勇気を出して受付カウンターへと進んだ。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」

受付嬢は愛想の良い笑顔を向けてくれた。

「冒険者登録をしたいんですが」

「はい、新規登録ですね。では、こちらの水晶に手を触れてください。ステータスと適性職業(ジョブ)を判定します」


言われるがまま、カウンターに置かれた透明な水晶玉に手を乗せる。

水晶が淡く発光し、空中に文字が浮かび上がった。


【名前:タクミ・アイザワ】

【職業:修復士(リペアラー)】

【レベル:12】


それを見た瞬間、周囲の空気が凍りついた。

そして次の瞬間、ドッと爆笑が巻き起こった。


「おい見ろよ! 『修復士』だってよ!」

「なんだそりゃ? 壊れた鍋でも直すのか?」

「ギャハハ! 戦闘職じゃねえのかよ! 坊主、ここは便利屋の受付じゃねえぞ!」


嘲笑の嵐。

受付嬢の笑顔も、困ったような苦笑いに変わっていた。

「えっと……修復士、ですか。非常に珍しい職業ですが……残念ながら、当ギルドでは戦闘能力のない方の登録は推奨しておりません」

「推奨してないだけで、禁止じゃないですよね?」

「それはそうですが……パーティを組むのは難しいかと。ソロでの活動も危険ですし、事実上、仕事の斡旋はできませんよ?」


やんわりとした拒絶。

要するに「お呼びじゃない」ということだ。

俺は食い下がった。

「戦闘だけが冒険者の仕事じゃないでしょう。ダンジョンの罠解除とか、装備のメンテナンスとか」

「そういうのは専門職の方にお願いしておりますので。それに、あなたのステータス……体力と筋力が低すぎます。これでは荷物持ちも務まりません」


受付嬢は冷ややかな目で書類を片付け始めた。

「悪いことは言いませんから、職人ギルドへ行かれた方がよろしいかと。……次の方ー!」


完全に門前払いだ。

後ろに並んでいた強そうな戦士に肩を突き飛ばされ、俺はカウンターから弾き出された。

「邪魔だ、雑魚(ザコ)。うろちょろすんな」

「……っ」


悔しさがこみ上げる。

だが、反論できる実績がないのも事実だ。

俺は唇を噛み締め、ギルドを出ようとした。


その時だった。

ギルドの外から、怒鳴り声と何かが砕ける音が聞こえてきた。


「なんだ!?」

野次馬たちが外へ飛び出す。俺もそれに続いた。


ギルド前の大通りで、豪華な馬車が立ち往生していた。

車輪の一つが外れ、車体が大きく傾いている。

周囲には、放り出されたらしい従者たちが痛そうに呻いていた。


「ええい、何事だ! わたくしの馬車になんたる失態を!」

馬車の中から、煌びやかなドレスを着た太った男が出てきた。貴族だ。

顔を真っ赤にして御者を怒鳴りつけている。

「申し訳ございません! 突然車軸が折れてしまって……!」

「言い訳無用! 整備を怠ったお前の責任だ! この役立たずめ、クビにしてやる!」

「そ、そんな……!」


御者の男が泣き崩れる。

周囲の冒険者たちは「うわ、ありゃボルトン男爵だ」「関わらんとこ」と遠巻きに見ているだけだ。


俺は、壊れた馬車を見た。

【構造解析】が自動的に発動する。

車軸の断面が見える。金属疲労による断裂。だが、それだけじゃない。

車体全体のバランスがおかしい。装飾過多で重心が高すぎるのだ。それに、使われている木材の乾燥処理が不十分で、湿気で歪みが生じている。


「……これじゃあ、直してもまた壊れるな」


思わず独り言が漏れた。

それが、運悪く男爵の耳に入ってしまったらしい。

「なんだと? 今なんと申した、そこの汚い平民!」


男爵が俺を睨みつける。

俺は一瞬怯んだが、建築士としての性分が勝った。

「あ、いえ。その馬車、構造に欠陥がありますよ。車軸が折れたのは整備不良じゃなくて、そもそも設計重量オーバーです。あの過剰な金の装飾を外して、サスペンション……ええと、緩衝材を入れないと、何度修理しても同じですよ」


親切心のつもりだった。

前世でも、無理な設計を強行しようとするオーナーには、こうしてリスクを説明してきたからだ。

だが、ここは日本ではなく、相手は話の通じるクライアントではなかった。


「ブ、ブレイモノォォォォ――ッ!!」

男爵の顔が怒りで紫色に変色した。

「わたくしの特注馬車にケチをつけるだと!? しかも設計ミスだと!? この馬車は王都一の職人に作らせた最高傑作だぞ! それを、どこの馬の骨とも知れぬ小僧が!」


「いや、事実を言っただけで……」

「衛兵! 衛兵はおらんか! この無礼者を捕らえろ!」


男爵の喚き声に、巡回中の衛兵たちが駆けつけてきた。

「どうされました男爵様!」

「こやつだ! わたくしを侮辱し、あまつさえこの事故もこやつの呪いのせいかもしれん! 即刻、街から叩き出せ!」


「はっ! おい貴様、来い!」

「ちょ、待てよ! 俺は何もしてないぞ!」


問答無用だった。

二人の衛兵に両腕を掴まれ、引きずられる。

周囲の冒険者たちは、助けるどころかニヤニヤと見ているだけだ。

「バカだなあいつ、貴族に逆らうから」

「『修復士』だっけ? 口だけは達者なんだな」


そのまま俺は、街の入り口まで引きずられ、門の外へと放り投げられた。

地面に転がる俺の足元に、砂埃が舞う。


「二度と王都の敷居を跨げると思うなよ!」

衛兵が唾を吐き捨て、重厚な門が音を立てて閉ざされた。


「……マジかよ」


呆然とするしかなかった。

異世界に来て二日目。

冒険者登録は拒否され、身分証も金もなく、貴族に絡まれて王都を追放。

ナイフすら取り上げられたままだ。

手元にあるのは、着の身着のままの服と、なけなしの体力だけ。


「最悪だ……」


膝をつきかける。

だが、閉ざされた門を見上げた時、俺の中にふつふつと湧き上がるものがあった。

怒りではない。もっと冷ややかで、確かな感情。


俺は立ち上がり、巨大な門扉に手を触れた。

【構造解析】が、その堅牢な門のすべてを丸裸にする。


「……やっぱりな」


さっきの男爵の馬車と同じだ。

見た目は立派だが、中身はガタガタだ。

巨大な扉を支える蝶番(ヒンジ)の心棒。長年の開閉による金属疲労で、目に見えない亀裂が無数に入っている。

今の衝撃で、亀裂の一つが臨界点に達しようとしていた。


「おい、中の衛兵さんよー」

俺は門に向かって声を張り上げた。

「聞こえるかー? 忠告してやるよ。その門、あと三回開け閉めしたら蝶番が砕けるぞ! 今のうちに補強しとかないと、開かずの扉になるからな!」


『うるさい! さっさと失せろ!』

中から罵声が返ってくるだけだ。


「……言ったからな。俺は知らんぞ」


俺は肩をすくめると、踵を返した。

もう未練はない。あんな見る目のない連中のいる街なんて、こっちから願い下げだ。

俺の技術を理解しないなら、それでいい。

俺は俺の力で、自分だけの居場所を作ってやる。


「さて、と」


行く当てはないが、広大な荒野が広がっている。

俺は視界を広げた。

【構造解析】の有効範囲(レンジ)を最大展開する。

すると、数キロ先に微弱だが奇妙な魔力反応を見つけた。

自然の魔力ではない。人工的な、整然とした構造体からの反応。


「遺跡か? いや、ダンジョンか」


面白そうだ。

少なくとも、あの腐った王都よりは居心地がいいかもしれない。

俺は背後の王都に中指を立てて別れを告げると、新たな反応の元へと歩き出した。


その直後だった。

背後で、ガギィィィン!! という凄まじい金属音が響き渡ったのは。


「な、なんだ!? 門が動かん!」

「蝶番が折れた!? 嘘だろ、そんな馬鹿な!」

「閉じ込められたぞ!」


微かに聞こえるパニックの声。

どうやら、三回も持たなかったらしい。

俺は一度も振り返ることなく、口笛を吹きながら歩を進めた。


「ざまぁみろ」


異世界リノベーション、まずは更地探しから始めるとしよう。

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