風死見村第4交差点

八木ヶ谷 風斗

プロローグ

「ちょっとわし思ったんですけどね。これは流行がつくられる原理とどこか似てないかと」

「ほう。どういう理由からでしょうか」

「大学で聞いたんですわ。社会学者のロジャースとかいう人が唱えた『普及過程の法則』ってのがありまして、何か全く新しい事を始める革新者がいたとすると、それをヤイヤイ広げていく人間が絶対おります。そのあとで前期追随者と後期追随者が共鳴を起こして、おおっぴらな事にしていくと。今回のこれだって、そうとしか考えられんくないですやろか?」

「なるほど。ご意見ありがとうございます。ところで満月がどうとかこうとか出ていたのは?」

「とりわけ、都会人より田舎人にこの傾向が強いのは、ソレが及ぼす狂気に対する脅威や何がしかを文字通り肌身で知っているからかもしれないです。例えばアメリカのニューヨークでは満月をサクセスムーンと呼んでいまして、仕事の成功にご利益があると信じられています。その証拠に大手企業は月の光が入る場所にオフィスを構えて、新月の晩に重要な会議や企画を建てます。格式高い企業が、いまだにそのような力を信じているんです」

「それ、すごいですね。日本でも月光浴させた満月水を使う美容法や天然石の浄化に月光浴をさせたりする方法がありますから、きっと似たようなものでしょうね。今の世の中にあるネットやテレビの余剰な電波を除きさえすれば、我々だって大自然の電波を再びしっかりと受信できるようになって、心身の健康に良い影響を齎すとも思われますけどねえ」

「それでは結論と致しましては、超常現象や思い込みの類らしきものも見受けられますが、どうやら現代の科学を以てしても解明しきれない何かがあるということになりそうです」

「……あーあ。抽象論には抽象論、ってか。これもまた一種の気休めやな」


 狼男ライカーン症候群スロビー。 

 ハンドルを捌きながら、ふとこの言葉が蘇る。

 夜中。気温、湿度ともに高い。

 龍の背を登る、赤い欧州製のセダン。

 煌々と前照灯を照らし、湿った落ち葉を巻き上げて蛇行する夜龍やりゅうとうげを疾走する。ふいにイタチが現れ、クラクションを鳴らす。墨汁を垂らしたような闇は一瞬間だけライトの光で切り裂かれ、再び車を包み込む。風死見村。かざしみむら、と読むらしいが、ふじみむら、とも読める。――それにしても、満月というだけでこんなにも明るいものか――

 ヘッドライトを消してみても、道路の輪郭だけで運転ができてしまう。

 前方に鄙びたトンネルが大口を開けている。蔦がコンクリート壁を覆い、経年の風雪による幾何学的な模様を浮き彫りにしている。三重県四日市市の西部――滋賀県との境に佇む御神山みかみやまを削り、山頂近くの盆地にある風死かざしむらへと注ぐふかがみトンネル。わざわざ名古屋から来てみれば、探偵事務所を開業して以来初めての難敵。そもそも依頼先がお門違いでは、とすら思う。

 見えない邪気を放つ洞穴の横には、朽ちた立て札が仄暗い明かりの下に佇む。

浸食の激しい板と対照的に、記された文字は墨痕淋漓、脈を打つ。

 街灯の明りが身震いした。まもなく、くぐもった衝突音が村に鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る