第3話 第2階層――落ちこぼれ四人、覚醒の兆し

 迷宮砕石の坑道の奥へ進むたび、空気が乾いていく。

 壁を走る魔力導線の光が、呼吸するように脈を打っていた。


 ――いや、そう“見えている”のは、たぶん俺だけだ。


 俺には、魔力の流れが一本の線として視える。

 ただの光ではなく、太さも密度も、時には乱れ方まで。


(右の流路が太い。あれ、中型の巡回ルートだな)


 危険だ。だから今は左ルートを選ぶ。

 ここなら四人の初迷宮でも問題ない。


 足音が響く坑道で、リィナが俺へ振り返った。


「ねぇレオンくん。ずっと思ってたんだけど……なんでそんなに迷宮に詳しいの?」


「詳しくはないよ。ただ、流れが視えてるだけ」


「それが致命的に普通じゃないよ!?」


 ツインテールを揺らして叫ぶリィナ。見た目は完璧な魔術師なのに、中身は半分コメディだ。


 ガイアスが豪快に笑う。

 赤茶の短髪、筋肉モリモリ。だが、使っている《機械斧》の方が癖が強い。


「まあまあリィナ。レオンはレオンだろ? 気にすんな!」


「まとめ方雑すぎる!!」


「事実だろ!」


 その横で、ユートが一歩後ろを歩きながら、呆れたように言う。


「……“視える理由”を気にするってことは、リィナもそういう力が欲しいんじゃないのか」


「う゛っ……た、確かに魔力の流れ見えたら暴発しないかもだけど……っ」


「お前はまず詠唱をだな」


「ユートくんの言い方、氷属性より冷たくない!?」


 「ふふ……なんだか楽しそう」


ミナが控えめに笑う。

 薄金の髪。優しい顔。けれど回復魔法は二発でMP切れ、という致命的弱点持ち。


 落ちこぼれ四人組なのに、妙に仲がいい。

 こんなパーティーが迷宮に挑むなんて、普通ならあり得ないのに――それでも俺は、この空気が嫌じゃない。


 *


 しばらく歩くと、坑道がぽっかりと広がった。


 天井から細かな砂が落ち、壁の魔力が淡く明滅する。

 そして――足元の岩が、不自然なほど整列していた。


(……罠だ)


 ユートが俺の前へ出る。


「レオン、どう見る?」


「罠。……気をつけて。動く」


 ** ガキンッ!**


 岩が跳ねるように立ち上がり、腕を振りかぶる。

 《ミニロック》。初心者エリアの雑兵ゴーレムだ。


「来た!」


「ガイアス、正面から受けるな! 右に回れ!」

「任せろ!」


「リィナ、牽制だけ! 威力はいらない!」

「は、はいっ! ……あ、足元怖いから少しだけ下がるね!!」


「ミナは待機! 回復はガイアス優先!」

「う、うん!」


 ユートが矢をつがえ――放った瞬間、風が逆流して矢が横へ逸れた。


(あの風……いや、魔力流路だ。矢が引っ張られてる)


「ユート、左に半歩ずれろ! そこだけ流れが薄い!」


「……半歩で変わるのか?」


「撃て!」


 ユートは左へスライドし、再び矢を放つ。

 ヒュッ、と鋭い音。


 矢は迷いなく、ミニロックの“核石”へ突き刺さった。


「……当たった」


「ユートくんすごい!!」

「ほんとに……すごい……!」


「……位置取りだけで、こんなにも変わるのか」


「ただ流されてただけだよ。避ければ、ユートなら普通に当てられる」


 ガイアスも斧を構え、横合いから突っ込む。


「よっしゃああ!」


 重い一撃でミニロックを粉砕。

 罠光が収まり、静けさが戻った。


 *


「レオンくん、本当にすごい……」

 ミナが拍手する。控えめな動作なのに、妙に嬉しい。


「いや、俺は戦ってないよ」


「レオンがいたから全員生きてるじゃん!」

 リィナが笑う。


「まあ……悪くねぇよな」

 ガイアスは耳を掻いた。


「……今までの戦いとは別物になってる」

 ユートの評価は無駄がない。


 胸の奥が、じんわり熱くなる。

 “役に立てた”という感覚が、こんなに嬉しいなんて思わなかった。


 *


「おい、見ろ」


 ガイアスの指す先――

 坑道の終端には、巨大な鉄扉があった。


 魔力紋が複雑に走り、中央には数字。


《2》


「……第二階層の下降扉だな」

 ユートが低く呟く。


「この下が本番ルートか……」

「第1迷宮は五階層構造だよね……」

 ミナの声が震える。


 リィナが不安そうに聞く。


「お、降りるんだよね……?」


 俺は気づいていた。

 扉の奥へ、太い魔力流が続いている。

 “何か大きなもの”が動いている証だ。


(たぶん、両親が消えた迷宮も……こんな扉を越えていった)


「……俺は、行きたい。迷宮の奥を、自分の目で確かめたい」


 言った瞬間、四人が動いた。


「よっしゃ! レオンが行くなら決まりだ!」

 ガイアスが豪快に笑う。


「はぁ……わかったよ。死ぬなよ」

 ユートが矢筒を背負い直す。


「リィナも行きまーす!」

「ミナも……頑張るね……!」


 俺たちは横一列に並び、鉄扉へ手を伸ばした。


 *


 ――ギギィイ……ン……


 鉄扉が横にスライドし、奥から螺旋階段が現れる。

 中央には青白い魔力の滝。

 壁の紋章が一段降りるごとに脈打ち、足元に淡い震動が伝わる。


「すご……」

 ミナが息をのむ。


「うおお……こりゃ完全に生きてるな……迷宮ってやつは!」

 ガイアスが少年みたいに目を輝かせた。


「レオンくん、この光触っても――」

「感電する」

「ひえええぇぇぇ!!」


 ユートが周囲を確認して言う。


「……下層は風の乱れが強い。レオン、また頼む」


「任せろ」


 俺たちは一段ずつ慎重に階段を下る。

 魔力の鼓動が強まり、空気が変わる。


 そして――

 階段が終わると同時に、新たな通路が口を開けた。


《第2階層・砕石の中枢道》


 ここから先は、本格的に“迷宮”になる。


「ついたな……」

「気を引き締めていくぞ!」

「うんっ!」

「はぁ……緊張してきた……!」

「行こっ、迷わず行こうよ!」


 四人の声が絡む。


 俺は深呼吸し、前を見据えた。


 ――ここからが、本当の“探求”だ。

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