第23話 親と子

「王都で待っているわ」「鍛えて来いよ」


ルミエールさんたちの旅立ちを見送る。アストラルナで領主に挨拶をしてから王都に戻るようだ。ルミナリアの領主は王族で面倒だとがガルドが愚痴を言っていた。


「さて。私たちも街を出ようか。リンが悪い訳では無いけど、領主様にとっては私たちがここにいては心穏やかではないだろう。私とリンはユイを拾って王都に向かう。魔王を倒したから国へ報告する必要があるからね。ハルトたちはどうする?」


「ユイにリコを預かってもらっているんだ。迷惑じゃなければそこまでは一緒に行くよ。それから一度フロストヘイブンに戻ろうかな。トワとカスミが良いと言ってくれればだけど」


「私もフロストヘイブンには戻りたいと思っていたわ。友達もいるから。途中まで勇者様に、サクヤさんにいろいろ教えてもらいたいです」


「私も大丈夫。でも出発前にお父さんに会いに行っても良い?」


「もちろんだよ。みんなで行こう」


みんなでレジスタンスの拠点へ向かう。少しの会話の後、セルバートさんはカスミを抱きしめ、その背中を押した。親娘の仲の良さが伝わってきて、羨ましく感じる。


「カスミを任せたぞ」

「はい」


セルバートさん、そしてレジスタンスの人たちが真剣な目で僕を見ている。大人の目だ。怯みそうになる。だけどカスミを送り出すセルバートさんの気持ちを考え、僕も真剣な目でセルバートさんに頷いた。


出発の時、レジスタンスの人たちの賢者への思いは複雑だったようで、みんなが笑顔ではなかった。だけど、セルバートさんの掛け声でみんな揃って敬礼し、僕たちを送り出してくれた。



「お母さんの傷を治したい。ハルト様、お願い」


ミスティヴェールの街で再会したリコが遠慮がちに、だけどはっきりとした口調で僕にやりたいことを伝えてきた。


「カーバンクルは聖女が大好きなんだ。うちが一緒だから幸運の印はすぐ手に入ったよ。全てを照らす光、母なる海に繋がる水、そして私たちを育む大地。癒しに適した三属性さ。リコも頑張ったからあの母親の傷ならすぐに治せるさ」


「みんなから見たらあんなお母さんかもしれないけど、私にとってはお母さんなの。優しかったときは優しかったし、ここまで育ててくれた。ハルト様に会えたのもお母さんのおかげだから。傷を治して笑顔で別れたいなって思ったの」


聖女ユイがリコが癒し手として成長していると太鼓判を押す。そしてリコが母親の傷を治したい理由を伝えてきた。リコが自分で考えたことだ。その意見を尊重しよう。僕はリコの言葉に頷いた。


「分かった。リコのお母さんを治そう。一度サンライトリッジに戻ろうか」


「それなら王都の方向だね。私たちもそこまでは一緒に行くよ。三人揃ったからここでお別れかと思ったけど、もう少し一緒だね」


サクヤが心なしか嬉しそうに提案した。リンもユイも嬉しそうだ。



「大地、水、そして光。このものの傷を癒せ」


リコを見つけて喚きまくる母親を落ち着かせる。たくさんの人が聖女ユイを見て集まってくる。その中でリコは僕の手を一度握り、そして呼吸を整えて、癒しの言葉を唱えた。


大地と水が祝福しているようだ。光が集まる。そして数秒の後、母親の頬に残っていた傷は消え去っていた。そして喚いていた時よりも肌も艶やかとなっている。


「すごいな、嬢ちゃん。短期間でここまでの癒し手になるなんて。あとハルトも賢者の件で活躍したそうじゃないか」


ギルドのジルナークさんがリコを褒め、ついでのように僕も褒めてくれる。


「すごいな」「聖女の弟子か」「あの体格で棍棒は振り回さないだろうな」「まさに聖女だ」


集まっていた街の人や冒険者たちが口々に感嘆の声を上げる。


「リコ、さすが私の娘。 リコ、また私のところに来るかい。あんた、リコを連れていくならもう少し払いなさいよ。こんなに立派な癒し手よ。バッファロー1頭だなんて安すぎる」


「お母さん」


騒めきが収まらない中、手鏡で顔を確認した母親がリコを褒める。リコは一瞬戸惑った後嬉しそうに微笑んだ。だが、続く母親の言葉でリコの顔が曇る。


「リコが癒し手になったのはハルトの役に立ちたいと思ったからさ。うちが育てたんだ。自分の顔のために娘を売る母親に文句を言う資格はないね。あんたの顔を癒したのも、リコの優しささ。それに付け込むんじゃないよ」


「適切な取引だったと認識している」


ユイがそして周りで見ていたトステさんが出てきてリコを庇う。リコは複雑そうな表情だ。母親の服を見ても決して裕福な暮らしはしていないのが分かる。


「頑張ったリコへのご褒美だよ。母親に渡しても良い。リコの好きなものを買っても良い」


「ありがとうございます。ハルト様」


トワに確認し、リコに20万バルの硬貨を渡す。リコは戸惑ったが、何かを決めたように強く頷いた。


「お母さん。育ててくれてありがとうございました。これからはハルト様について行きます。これが私のできる精一杯の恩返しです。身体を大事にしてください」


「あんた。こんなに稼ぐなら、毎月仕送りできるでしょう。けちけちして」


リコが19枚の硬貨を母親に渡す。母親はそれに対して悪態をつく。


「ハルト様の優しさです。受け取ってください」


「分かったよ。あんたがしっかり育ったようで良かった。そこの男、リコを頼むよ。これでも自慢の娘なんだ」


リコは悪態をつく母親に怯むことなく硬貨を手渡す。母親は諦めたように硬貨を受け取り、そして僕を見た。リコは心なしか嬉しそうな表情だ。


誰かが拍手をする。それが拡がる。みんなが口々にリコを褒める。リコは戸惑いながらも嬉しそうに微笑んだ。



「すみません。ハルト様に頂いたお金をほとんど渡してしまって。何も役に立っていないのに、お金を使ってばっかりで。しばらく朝も昼も要りません。装備ももちろん要りません」


「装備なんだけど、私のお古でどうかな。癒し手だから本当はユイのが良いのだけどユイは大きいからね私も賢者だから良い装備を持っているんだ。このローブは弓矢を弾く。魔法耐性もあるよ」


「うちからは杖とお小遣い。この杖は水にも土にも相性が良い。頑張って癒し手になったリコへのご褒美さ」


それまで黙っていたリンが口を開く。そして収納箱からローブを出してリコに渡す。そしてユイがリコに杖と数枚の金貨を渡した。


「それじゃあ、みんなで屋台に行きましょう。リコも好きなものを買うのよ」


「はいっ」


トワが楽しそうに屋台に向かう。それに引きずられてリコも楽しそうに屋台を覗き込んでいた。


「ハルト、明日の朝私たちは王都に向けて出発する。私たちは魔王を倒した功績で貴族に名を連ねることになるだろう。そして、王たちは貴族を夫として押し付けてくることで私たちを利用しようとする」


楽しそうに買い食いをするリコたちを見ていたら、サクヤが隣に立って話してきた。貴族になることは仕方がない。だが夫という言葉を聞いて切ない気分になる。


「断れないの?」


「ルミエール様からユニコーンの裁きという話を聞いた。簡単に言うと相手がいるかをユニコーンの態度で判定するらしい。全くいない、しばらくいない、最近いる。それを判断してユニコーンは態度を変える。とんだ幻獣様だよ」


「サクヤはそれで良いの?」


「私は魔王を倒すと決めているんだ。それまでは誰にも縛られたくはない。それに私は私の意志で相手を決めたい。王都で遊びまわっている貴族なんて絶対にごめんだ。だからハルト、今夜ユイとリンも連れてお前の部屋に行くぞ」


「えっ」


サクヤが王都の貴族のものになる。もやもやした気持ちで会話をしていると、サクヤが突拍子もないことを言い出した。


「ハルトがそういうことをするのはもやもやするけど、勇者様が貴族に好き勝手されるよりは良いわ」


「師匠を助けて下さい」


いつの間にか困惑している僕の側にトワとリコが立っている。そしてサクヤの言葉を後押しした。



「ハルト、また会おう」「うちもまた会えるのを楽しみにしている」「私も」


サクヤたちを見送る。何となく寂しい。触れあった温もりがその寂しさを紛らわせてくれる。サクヤとの初めての時よりも、ユイとリンを上手くリードできた。それは僕の密かな自信になった。


「ハルト、私はこの距離感が良いんだ。ずっと勇者をやってきたから毎日女性をやっていると気が疲れてしまう。ユイもリンも私と一緒さ。ハルトを占有しない。時々だから嬉しい。また王都で会えるさ」


サクヤが僕に近づき話しかける。距離感は人によって違うのだろう。サクヤたちのように自立している女性ならなおさらだ。僕は少し寂しい。だけど、相手の距離感を尊重することもきっと大切だ。


「トワ、ハルトは任せたぞ」「リコ、うちに遠慮しなくて良いから」「カスミもね」


「サクヤさん、元気で」「師匠、また会いましょう」「リンさんもまた来てください」


サクヤたちの声にトワたちが複雑な表情で僕を見る。そして何かを吹っ切るようにみんなが別れの言葉を口にした。


「それじゃあ、私たちも出発しましょう」


切り替えるようなトワの掛け声に、僕たちはフロストヘイブン行きの馬車に乗車した。


「ハルトは休んでていいわ。寝不足でしょう」「私もしっかりと見張っています」


馬車とはいえ、知らない人との乗り合わせだ。多少の警戒は必要だ。そう思って気を張っていた僕にトワやカスミが優しい言葉をかけてくれる。その気遣いに複雑な気持ちになりながらも、僕は目を閉じていった。



馬車の揺れが眠気を誘う。まどろみながら夢を見る。父親が僕を怒鳴っている夢だ。だが、その後に父親が落ち込んだように部屋を出ていく。また夢を見る。父親が僕を森に連れていき、薬草の見分け方を教えてくれる。ナイフの使い方を教えてくれる。温かい眼差しで僕を見ている。


大きな揺れで目が覚める。リコが母親の傷を癒したからだろうか。僕も父親を意識するようになっている。怒鳴りたくて怒鳴った訳では無いかもしれない。殴りたくて殴った訳では無いかもしれない。温かい眼差しはきっと本当だったのだろう。そう思って切なくなった。


僕は人付き合いが苦手だ。すぐに自分の殻に閉じこもってしまう。サクヤと出会わなければ、元気なトワが側にいなければ、僕は今も一人で鬱屈を抱えたままだっただろう。


父親もそうなのかもしれない。子供に愛情をかけようとした。だけど人付き合いが苦手で上手くいかない。自分を表現できる場が小さな世界になってしまった。そして小さな世界で怒鳴って殴ってしまう。父親自身も鬱屈を抱えていたのだろうか。


一度、父親に会おう。サクヤたちに出会えた。トワたちにも出会えた。そして成長した。だから父親に怒鳴られてもきっと大丈夫だ。父親と会うことで何かが変わるかもしれない。


「ハルト、起きたの?もう大丈夫?」


「ありがとう。みんなは大丈夫だった?」


「大丈夫だったわ」


「突然だけど、フロストヘイブンに行く前に僕の生まれた村に寄っても良いかな?父親と会おうと思うんだ。リコを見て、僕もしっかりと向き合いたいとって思ったんだ」


「「もちろんよ」」


身体を起こした僕にトワたちが話しかけてくる。僕はみんなに生まれ育った村に行きたいことを伝えた。一瞬の戸惑いののち、みんなは嬉しそうに僕に答えを返してくれた。



畑が続く。味気のない光景、何もない村だ。トワやリコ、カスミの華やかさが殺風景な光景の中で奇妙なコントラストを生んでいる。農作業をしている人が手を止めて僕たちを見る。僕たちは気にせず育った家へと歩みを進めた。


古びた家だ。以前から古びていたが、もっと古びた印象を受ける。小さな家の側には崩れそうな物置が立っている。貧乏で小さな畑しか持っていない。畑にはいなかったからきっと家にいるだろう。扉を叩く。物憂げな声に、僕は扉を開けた。


「ハルトか。久しぶりだな」

「父さん。僕は冒険者として落ち着いてきたんだ。様子を見に来たんだけど、調子はどうかな?」


しばらくの後、呆けたような表情のまま父親が声を絞り出す。家を出てから2年弱だ。だけど、その顔からはずっと老いている印象を受けた。心配していたような怖さは感じない。


「そうか。落ち着いてきたか。それは良かった。俺は村に伝手もなく、何もしてやれなかった。しっかり職を手にして、顔を見せに来てくれただけで十分だ」


父親の思わぬ言葉に胸が詰まる。なんで怒鳴った。何で殴った。問い詰めたいこともある。だけど老いた父親が自分自身を責めるように発した言葉に僕は問い詰めることを忘れた。


「仲間もできたんだ。一緒に冒険をしているんだよ」


「そうか。俺は一匹狼でやってきたからな。苦労も多かった。良さそうな仲間じゃないか。みんなハルトを宜しくな。俺に似て気難しいところもあるだろう。だけど根は悪い奴じゃないんだ」


代わりに出てきた言葉は仲間を紹介する言葉だった。父親はすごく嬉しそうな顔になり、トワたちに向かい頭を下げる。トワたちは戸惑ったように頷いていた。


「生活はどうなの?冒険者として稼げるようになったから手助けできることがあったら言ってよ」


「大丈夫だ。何とか生きているよ」


家の状況を見ると決して芳しくない。だが父親は強がるように援助を断った。これは長所でもあり短所でもある。持ちつ持たれつだ。一人で生きていると言えば聞こえは良い。だけど助けられるときに小さなプライドが邪魔をする。そういったことを周りの人は感じて徐々に父親を避けたのだろう。


「お義父さん。私はハルト様と会えて幸せです。これ少ないですけど、私からのお礼です」


突然リコが父親に話しかける。 お義父さんという言葉に、僕もトワたちも困惑する。だけど父親は嬉しかったようだ。照れたように頭を掻いている。


「良いお嫁さんだ。ハルトは良い奴だ。これからも支えてやってくれ。気遣いありがとう。正直助かる。受け取るよ」


父親がリコの差し出す金貨を受け取る。そしてまた僕たちに頭を下げた。リコの素直さが父親の偏屈さを取り去ったのだろう。


柱を補強する。雨漏りしそうな屋根を張り替える。物置を建てなおす。頑固さの殻が外れた父親はそれからは僕たちの為すがままだった。トワもカスミも慣れない作業に楽しそうに取り組んでいる。父親がそれを見て嬉しそうに笑っていた。


責めることはできなかった。理由を聞くこともできなかった。でも僕の気持ちはずっと軽くなった。みんなに感謝だ。父親として良くないことはあったかもしれない。でもそれはお互い様だ。子供の僕は父親の怒鳴り声や暴力を躱せなかった。僕はもう大人だ。父親の良いところにも目を向けよう。そう思えた。


「お前が狩ったのか。美味しいな」


父親にもリコの母親にも、そしてトワやカスミの家族にもちょっとずつ関りを持とう。必要な手助けをしよう。きっとみんな今の僕たちが僕たちであることを支えてくれた人たちだ。夕食のときに父親が零した言葉に、そう思った。

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