第22話 黎明の賢者

夕日が沈む。辺りが白くなる。僕たちの周りも白い霧で覆われた。何か変だとすぐ気づけたのはカイルさんのおかげだ。トワが蹲っている。リンもカスミもだ。


何かが煌めく。剣だろうか。三人の前に空属性の障壁を設置する。障壁はあっさりと剣に切り裂かれる。だがそれでもリンが傷つくのを防ぐことはできた。


剣が迫ってくる方に向かい僕は魔弾を放つ。10連弾だ。剣だけではない、この靄を発生させた人もいる。全部で4人だろうか、全員に向かって魔弾を放った。


「レオナス、一人麻痺が効いていない。凄腕の魔法使いよ。ガルドとミリアが怪我をしたわ。そいつの相手をして」


声とともに霧が消え、4人の姿が見えた。30歳くらいだろうか、筋肉質だが決して太っていないイケメンの剣士。細身の体に長い耳、これがエルフと呼ばれる種族だろう。魔法使いのように杖を抱えている女性。控えめだけど整った顔の修道服の女性。そして大きな盾を持つ大柄な戦士だ。


神官が何かを唱えると神官と戦士の傷が消えた。4人は冷ややかな目で僕たちを見ている。


空魔法の障壁を張る。そしてトワの口にアウウレア様の水を含ませる。障壁が切り裂かれる。トワに水筒を渡す。そしてレオナスと呼ばれた男の剣を弾いた。


「こいつ魔法剣士だ。手加減したとはいえ俺の剣を弾くとはなかなかやるな」


「レオナスはそいつを抑えて。賢者はガルドと私で対応するわ」


襲撃者4人の連携は取れている。ガルドと呼ばた男がリンの方へ剣と盾を向ける。だがその間にトワがリンとカスミに水を飲ませる。リンもカスミも動けるようになっていた。


「ルミエール様」


リンがエルフの女性を見つめて言葉を零す。


「分かっているでしょう。リン。あなたたちが魔王を倒したのは立派だわ。だけどルミナリアの街が落ちたことで国からあなたを抹殺するよう依頼が出たのよ」


ルミエールと呼ばれた女性がリンに話しかける。それとともに、光魔法が放たれた。全てを眩い光で染める勢いでリンの方へ次から次へと流れてくる。


呆然としているリンを見て僕は空属性の魔法を使う。一度使ったことがある魔法だ。リンの手前の空間をリンの手前の空間と繋げる。逆向きでだ。


「えっ」

「セレナ。光の奔流が戻ってきてるぞ。一度止めろ」


ルミエール、名前はセレナなのだろう。エルフは戻ってくる光に驚いた表情を浮かべ、戦士が必死に盾で光を弾く。


剣が煌めく。月光の剣でなければ剣ごと斬られていたかもしれない。闇属性と光属性を纏わせた月光の剣で相対する。だが僕の方が非力だ。大きく押し込まれる。剣士は僕の剣を見て少し驚いたような表情をして、そして嬉しそうに笑った。


僕が剣士と打ち合っている隙に戦士がリンに迫る。それをトワが上手くいなす。ガルドと呼ばれる大男の方がトワよりずっと大きい。だけどトワは大きさの理不尽に打ち克つほどの努力をしている。


カスミは神官が手出しできないように上手く牽制する。エルフが魔法を放つ。リンが迎え撃つ。エルフの魔法の方がリンの魔法を少し押している。僕は剣を持っていない手から5つの魔弾を放った。


エルフが魔弾を避けようとしてバランスを崩す。ぶつかり合っていた光魔法と闇魔法が上空へと抜けていく。そしてエルフが驚いたように口を開いた。


「リン、あなた賢者の力が戻ったの?」


「はい。この3人が助けてくれました」


「それなら、国からの依頼は無効だわ。賢者の力を失った賢者を殺すことが依頼だったから。でも良かった。魔王を倒したあなたを殺すことにならなくて」


エルフが杖を下ろすとともに、剣士も戦士も剣と盾を下ろした。



「本当にぎりぎりだったのね。私からも礼を言うわ。ハルトにトワ、そしてカスミ。リンは私の弟子なのよ。殺さずに済んでよかった」


「ハルトだったか。手加減していたとはいえ、そんなに緩い剣を使ったつもりはない。努力を重ねれば勇者に届くだろう」


「トワもなかなかだぞ。その小さな身体で俺を足止めするとはな。かなり努力してきただろう」


「カスミと言ったかしら。セルバートも良い探索者を育てたものね。なかなか支援に回らせてもらえなかったわ」


僕たちを襲った4人は勇者と賢者を中心とする黎明の聖光というパーティだった。勇者がレオナス・ヴァルディス、賢者がセレナ・ルミエール、盾役も兼ねる戦士がガルド・ブラストハート、癒し手を兼ねる探索者がミリア・フェンリスという。


賢者ルミエールはエルフであり、長年の研鑽でその力は他の賢者よりも一歩も二歩も抜けており、黎明の賢者と呼ばれている。勇者レオナスが賢者を説得した際にパーティ名を黎明の聖光と名付けたようだ。


4人がお詫びも兼ねて僕たちを夕食に誘ってくれた。さすが国から依頼を受ける勇者パーティだけあり、町一番の宿で豪華な食事を頂いている。


「ハルトだったかな。剣を扱いながら5発の圧縮した魔弾を飛ばすなんて、魔法のセンスもかなりあるわね。賢者の道もあるわよ。魔剣士で大成した人はいないから、自分がどちらに進みたいか考えておくと良いわ」


4人は口々に僕たちを褒める。僕たちを無力化してリンを殺す予定だったようで、予想以上に抵抗されて驚いたようだ。手加減されていたのを知っていても、成長が認められたように感じ嬉しくなる。


「そういえば、麻痺の霧が効かなかったのは何故かしら」


「アウウレア様に守護の指輪を貰ったんです。状態異常を無効にしてくれると言っていたので、そのおかげかもしれません。この水筒は世界樹の水と繋がっていて癒しの効果があります」


「そう。世界樹に辿り着いたのね。あなたがもっとも臆病なものかしら?」


「はい。サクヤに勇気を貰って一歩ずつ成長してきました」


突然の霧はやはり麻痺の効果を持つものだった。アウウレア様から貰った指輪が無ければ、きっとリンは殺されていただろう。アウウレア様には感謝しかない。


「指輪と水筒を見せてもらっても良いかしら。私たちエルフにとって世界樹は特別な意味を持つわ」


「もちろんです」


黎明の賢者、エルフでリンの師匠の言葉だ。リンが頷いている。僕は水筒を取り出し机の上に置く。そして指輪を嵌めたまま手を差し出した。


「これが水筒ね。少し頂いても良いかしら」


そう言いながら、ルミエールさんが水筒からグラスに水を注ぎ口に含む。


「世界樹から零れ出ずる水ね。身体も心も満たされるわ。欲しいけれど取り上げるとアウウレア様に怒られてしまうわね。水筒一杯分だけ頂くわ。きっとそれくらいならアウウレア様も許してくれるでしょう」


ルミエールさんが蕩けるような表情で自分の水筒に水を注いでいく。それを見て他のパーティメンバーも水筒の水を口にする。


「これが世界樹の水か。美味しいな。臆病なものが魔物の森を超えて世界樹にたどり着くか。勇者を救ってくれてありがとな」


「国一番の勇者パーティと言われている俺たちこそが魔王を倒すべきだ。だが俺には家族もいる。国のしがらみもある。だから野鈴の花影が魔王を倒したって聞いたときはただ感謝したよ。それを助けられない自分たちが歯がゆかった。俺からも礼を言うよ」


「私からも。聖女ユイは在野の聖女としてたくさんの人を救ってきたわ。癒し手としてもっとも尊敬すべき人よ。助かって良かった」


真剣な表情でレオナス、ガルド、ミリアが僕たちに頭を下げる。そして嬉しそうにお酒と肉を勧めてきた。お酒はまだ飲めないけど、最高級の宿であり美味しい料理ばかりだ。


「収納箱のスキルもアウウレア様に貰ったのかしら」


「はい。賢者と聖女を助けるのに必要だって」


「もしかして枝を持っていない?」


ルミエールさんが水筒の水を飲み恍惚とした表情を浮かべている。エルフにとって世界樹とはきっと大切なものなのだろう。そう思っているとルミエールさんが枝について聞いてきた。もちろん持っている。正直に答えるべきか迷ってリンを見る。


「取り上げようというのではないのよ。世界樹の枝を使った杖を使うのは エルフにとって憧れなのよ。魔王と対峙しない賢者に世界樹の枝を使う権利なんてないのは分かっているわ。だけど見てみたくて」


リンが頷く。枝も10本以上持ってきている”必要なことには遠慮せずに使うのじゃ”。アウウレア様の言葉を思い出す。収納箱に入れっぱなしにしていても意味はない。リンの師匠だ。僕はそう思い世界樹の葉が数枚付いたままの枝を取り出し、ルミエールさんへ渡す。


「僕たちの仲間やサクヤのパーティが困ったときに力を貸して下さい。きっとアウウレア様も世界樹の枝も使われた方が喜んでくれると思います」


ルミエールさんが震えている。首を振ってこちらに戻そうとする手も震えている。そしてその手は世界樹の枝をしっかりと握っている。匂いを嗅いでは恍惚を通り越した何とも言えない表情を浮かべる。僕の言葉に何度も頷いて、ルミエールさんは枝を収納箱に仕舞った。


「言葉ではお礼を伝えきれないわ。お礼にはならないかもしれないけれど、あなたたち学園に来ない。サクヤやリンも通ったことがあるのよ」


「学園?」


「冒険者の学園よ。勇者や賢者の資質のありそうな若者が通っているわ。街の領主が推薦するんだけど、私たちパーティも推薦枠を持っているの。学園と言っても勇者候補を遊ばせておくわけにはいかないから3ヶ月と期間は短いけど密度は濃いわ。たくさんの知識も技術も見につくわよ。


戦技・魔法・魔物の知識・冒険に必要な知識、それにまだ分かっていないこともあるけど勇者の条件や賢者の条件、魔王についても学べるわ。


資質の有無を判定するのは貴族だから、街から選出されるのはほとんどが貴族や有力者の子弟なのが実情よ。だから平民が混ざると野良と言われて嫌な思いをすることもある。それでも十分なメリットがあるわ。


貴族や商人との繋がりも得られるし、冒険者カードに候補であることが記載されて信頼が高まるの。他国へも行きやすくなるわ」


「ハルト。私からも勧めるわ。基礎を見直す良い機会になる。サクヤも私も学園で成長できた」


「ありがとうございます。もう一人メンバがいるのですが4名でも大丈夫ですか?」


「もちろんよ。3ヶ月後に始まるからその前には王都に来てちょうだい。黎明の聖光のパーティハウスは街の人ならみんな知っている。こちらが推薦状。私の魔法印は誰にも偽造されないから信頼度が高いわよ。街に入るときに問われたら見せると良いわ」


頷く僕にルミエールさんが僕たちに王都に来るように伝える。その表情は火照ったままだ。トワとカスミもワクワクとした表情で話を聞いている。



「貴重な世界樹の水を酔い覚ましに使わないで」

「薬なんて使ってなんぼさ」


豪華な食堂で美味しい朝食をとっていると、賑やかな声が聞こえてくる。


「ハルト、水を頂戴。この男は世界樹の水の価値を分かっていないわ」

「分かっているさ。美味しい水じゃねえか」


賑やかさを保ったまま、ルミエールさんとレオナスさんが声をかけてくる。ルミエールさんの水筒に水を注ぎながら、ふと顔を上げると、入り口に懐かしい顔が見えた。


「ハルト。もったいない」


ルミエールさんの言葉に慌てて水筒を立て蓋をする。


「ハルト。ありがとう」


顔を上げると、サクヤがテーブルの側に立ち頭を下げていた。


「サクヤ」

「勇者さま」


僕がサクヤの名前を呼ぶとともに、トワがサクヤを見て驚いた表情をしていた。


「サクヤも座って。サクヤのことだから全然違うところを探していたんじゃないの」


「面目ない」


「サクヤには期待していないから大丈夫。ハルトを向かわせてくれた。それだけで十分」


リンがサクヤに声をかける。サクヤは心なしかしゅんとしている。ルミエールさんとレオナスさんが面白そうにサクヤとリンを見ながら隣に座った。


リンがサクヤを揶揄う。トワがサクヤに話しかける。カスミが父親を呼びに行く。ガルドとミリアが降りてきて世界樹の水を飲む。ルミエールがみんなを叱る。


騒々しさの中にある平穏に僕は冒険が一段落したことを実感した。サクヤの整った横顔を見ていると、急にサクヤが微笑んだ。達成感が胸に溢れてきた。

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