第19話 森の中で

テントを収納する。僕たちの跡を落ち葉で隠す。空魔法の障壁を消す。足元に湧き水を引き入れる。泥濘を深くする。そうして僕たちは森の奥へと山を登っていった。


「何だこれは」「沼だな」「こんなところに来させやがって」「お偉いさんたちは何を考えているんだ」


兵士たちの声を精霊が拾う。泥濘に足を取られて僕たちの痕跡を探そうともしていない。領主の兵と対立しなくて済むならそれに越したことはない。



「魔物は強くなるけど、ハルトの張っていた障壁があれば大丈夫よ。足手まといにしかならない私が言うことではないけど」


「分かった。それならまず人の動きや水場を探ってみる。それで僕たちの居場所を決めよう」


「さっきの魔法ね。ハルトが考えたの?」


「うん。リンを見つけるために考えたんだ」


「あの魔法なら見つけられたのも当然だわ。ハルト、あなた賢者になれるわよ。私が保証する。それと後で私が伝える魔法を唱えてみて」


「分かった。まずは人の動きを見てみるよ。土と水、そして風と闇の精霊たちよ森に隠れる人を見つけてくれ。水の流れる側で闇に潜みやすいそういった場所も教えてくれ」


リンを背負い山を登る。領主の兵たちが見えなくなったところで腰を下ろす。そして人の動きを探る。薄く広く、そして忍耐強く。


領主の兵以外にも2つほど人の集団がある。表層と中層の間くらいを探しているようだ。


「食事をしたり、魔法を使ったりしたんだ。優れた魔法使いであれば、私たちの痕跡くらい見つけるわよ」


リンの話を聞きながら、魔法を薄く広く広げる。そして僕は気づいた。真上だ。小さく息を潜めている人がいる。


キィン。抜いた剣にたまたま短剣が当たった。落ちてきた影は一回転し、こちらに向かって短剣を構えている。僕と同じくらいの年齢の少女だ。


音を出すのはまずい。距離があるとはいえ、金属音は森の中では異音だ。遠くまで聞こえるだろう。咄嗟に大きな水玉を作り、そのまま少女の顔を覆う。少女が水玉を振り切ろうとするがそれは無理だ。苦しくなってきたのだろう。しゃがみこんだ。そして短剣を手放す。


トワが短剣を拾い少女に剣を突き付けたところで僕は水魔法を解除した。水が少女の体にかかる。少女が鋭い目で僕たちを睨んだ。だが、すぐに視線を下に落とし項垂れた。トワが少女を後ろ手に縛る。


一人なのだろうか、五感をそして魔法を使って周りを警戒する。だが人の気配は見つからない。


「一人か?」

「一人よ」


意外にも少女は僕の問いに素直に答えた。


「殺しなさいよ。私も賢者を殺しに来たんだから」


「なぜ?」


「街が滅茶苦茶になったからよ」


「それは賢者のせいではない」


少女の言葉に思わず僕の口調が強くなる。声を下げないと、領主や叡智の塔の私兵に聞かれると厄介だ。そう思い自分を抑える。


「知っているわ。魔王を倒してくれたことには感謝している」


「ではなぜ?」


「父が捕まったのよ。レジスタンスを作って市民を守っていたら、あいつらが踏み込んできて。ニコランドから賢者の力が失われたら、きっと父は助かるの」


「お父さんが?」


「そうよ。父は勇者にはなれなかったけど、勇者の候補に挙げられるくらい勇敢だったのよ。踏み込んできた傭兵団も圧倒していたわ。だけど、ニコランドが魔法を使った瞬間、父の動きが鈍って、傭兵たちが父を殴っていた。殺されちゃうんじゃないかと思ったけど、ニコランドの側にいる男が止めたの。兄弟だと思うわ。


私は隠れて見ていることしかできなかった。父は、私は勇者じゃなく探索者向きだ、勇者を支える探索者になれば良い。そう育ててくれたの。気が利くし手先が器用、それに気配を消すのも上手だって。だからニコランドたちには気づかれなかったけど、父を助けるには無力だったの。


その後、街で張り紙を見たのよ。3日後、街中を曳きまわした後、馬割き刑だって。父は勇敢だった。魔王を倒した勇者様にも賢者様にも感謝していた。だから賢者様を殺すのは違うって分かっているけど、私には父が一番大切なの。賢者様、私を殺しても良いから 父を救ってください」


僕が仲間を大切に思っているように、この娘は父親が大切なんだ。政治的な打算や個人の欲ではなく、父親への愛情なんだ。そう思ったときに、僕の怒りは収まっていた。トワも複雑そうな表情をしている。


「リン、トワ。僕は僕のできることをやりたい。知恵を貸して欲しい」


リンの表情は変わらないがトワは少し嬉しそうな表情になった。どちらにしろ、賢者の力をリンに返すんだ。間に合えばそのときにこの娘の父親を助けたい。



「刑の執行はいつ頃?」


「3日後って書いてあった。昨日張り出してあったから、明後日だと思う」


騒いでしまった自覚はある。場所を変えて僕らは話し合った。


「これはチャンスともいえるし、罠ともいえる。引き回しの時に叡智の塔はレジスタンスのメンバーを炙り出したいんだと思う。大きな行事だから、もっとも愚かなもの、ニコランドも顔を見せる。レジスタンスが現れれば、強力な魔法と傭兵団で彼らを制圧する。


私は聖女のような結界魔法は使えない。だから私の力を取り戻すだけなら単純にニコランドを取り押さえて、強引に世界樹の葉を食べさせれば良いの。


問題はニコランド自身が賢者の魔法を使える上に、傭兵団たちに守られていることね。それに私たちは叡智の塔の組織を知らないわ」


リンが自身の見立てを伝えてくれる。もっとも愚かなものに加えて傭兵団か。知らずに突っ込むより事前に知ることができて良かった。前向きにとらえよう。相手の強大さに気後れする自分を励ます。


「いつかはやらなきゃならないことだ。それが早まっただけだ。今日明日で策をしっかり考えよう。4人で考えればきっと良い解決策が出る」


少女の手を縛っている縄を解きながら、僕は決意を示す。4人という言葉に少女は一瞬戸惑ったが、すぐに嬉しそうな表情になった。


「カスミって言います」


「僕はハルト、こちらがトワ。そして賢者のリンだ。言葉は崩してもらって構わない。これから一緒に活動するからね」



山を少し登る。テントを張りみんなで向かい合う。魔法の障壁は張る。念のため火は使わない。いつの間にか陽がかなり傾いている。


「どうやって街に入り、どうやってニコランドに近づき、そしてどうやってカスミの父親を救い出すか、とりあえず思いつくままに話してみよう」


「街への入り方については一つ案があるんだ。試してみてもらって良いかな?さっき言った通り私に倣って魔法を唱えて。私を見ながら唱えるんだよ」


「構わないけど、どんな魔法?」


「お楽しみだよ」


「それじゃいくよ。闇の精霊よ(闇の精霊よ)このものを(このものを)私の僕に(私の僕に)私には鍵を(私には鍵を)僕には印を(僕には印を)」


リンが何かに同意するように頷いた。そしてリンの手首に以前見た隷属の紋様が、僕の手首には鍵の紋様が浮かび上がった。リンが僕の手を取る。2つの紋様が共鳴するように薄く光った。


「紐無しで隷属の魔法を再現してみたんだ。使うのは初めてだったけど成功したよ。凄いでしょう。こうやってその奴隷が主人のものであることを証明するんだ。隠れていた賢者が奴隷になっているなんて彼らも思わないでしょう。門番も奴隷まで一人一人は確認しないはずよ。街に入るときには特にね」


隷属の紋様を見せながら、リンが子供のように微笑む。可愛い顔がさらに可愛くなる。だけど隷属の紋様だ。僕が戸惑った表情でいるとリンが嬉しそうな表情で話を続ける


「大丈夫よ。ハルトは才能があるのね。一回で成功させるのは凄い」


「だけど、隷属だよ」


「そんなことは気にしないわ。ハルトは悪いことはしないでしょう。助けに来てくれたしね」


「私もお願いしても良い?父セルバートは街で名前が知られている。私の顔を知っている門番がいても不思議は無いの 。門番の隙を見て出てきたの。だから入るときに不審に思われるかもしれない」


「確かにそうかもね。ハルト、やってあげてよ。魔力もそんなに使わないでしょ」


「分かった。不安は少ない方が良いからね。闇の精霊よ このものを 私の僕に 私には鍵を 僕には印を」


カスミの目を見て魔法を唱える。カスミが頷く。そして僕の手首に3つ目の紋様が浮き上がった。カスミが手首を触り不安そうな表情をする。


「隷属を解く魔法もあるんだよね」


「ある訳ないでしょ。さっき初めてって言ったよね。解き方はこれから考えるの。これ商人に持っていったらダメだからね。紐も無しに隷属できると言うことが分かると大騒ぎになっちゃう」


「私はハルトに捕まった。だからこのままでも大丈夫」


唖然とする僕にリンが悪戯っぽく笑う。カスミは不安そうな表情を消して何かを決意するように呟いた。


「これで一つ目の問題は解決よ。次にどうやってニコランドに近づくかよ」


「手段を考える前に、リンが得意としていた魔法を教えてくれないか。ニコランドがどんな魔法を使うかが知りたい。カスミには傭兵たちがどんな技量か、そしてレジスタンスが、市民がどう動きそうかを教えてほしい」


「そうね。私の属性は闇と火よ。闇は相手を弱体化させるデバフの魔法と相性が良いのよ。バフだと翌日に反動が来ちゃうでしょう。デバフは相手から自由度を少しずつ奪っていく。重ね掛けもできるし、慣れてくると利き手など部位を選んでかけることで相手のバランスを崩すこともできるわ。カスミのお父さんがかけられたのも何らかのデバフね。


火は闇と反対に強力な攻撃手段として使っていたわ。火玉だけではなく爆炎など広くて強力な範囲魔法もあるから、魔物が多い時には役に立ったわ。あとはさっきの隷属魔法のように趣味で遊んでいただけ。ニコランドに私の趣味を使いこなせる知恵があるとは思わないわ」


「傭兵たちは赤狼って呼ばれている。本当の名前は分からないけどボスが赤髪で狼の群れを単独で討伐するくらい強いことから名付けられたそうよ。ボスは父と同じくらいの強さだった。父より強い冒険者はこの街にはいなかったからかなり強いと思うわ。


レジスタンスだけど、父が信頼していた副官がいるの。彼は捕まっていない。父を救いに突っ込むような無茶はしないと思うけど、手助けはしてくれると思う。市民は火の粉が降りかからないように家に籠っているわ。臆病だから、叡智の塔がの張り紙を見て仕方なく出てくるんじゃないかな」


リンとカスミが情報を共有してくれる。攪乱して突っ込んでそれからどうなるだろう。突っ込むにしても目立たないように沿道の前の方にいなければいけないだろう。下見をしようにも街を歩き回ることの方がリスクが高い。


「街の地図を書いてくれないか。曳き回しのルート、処刑場所、道幅や、隠れやすい建物、カスミの記憶が頼りだ」


「分かったわ」


処刑と聞いて顔を曇らせながらも、カスミは頷いて地面に地図を書き始めた。


「処刑はきっと広場よ。広場は3000人くらいが集まれる。引き回しはこのルートでおこなわれるから、こちらからこうやって馬車が入ってくる。ニコランドたちは広場の中央に設置した台の上から市民を見下ろすと思うわ」


「そうすると赤髪の男は隣、それ以外は前後左右を固めるかな。私兵たちもかなり配置されるから、ニコランドまでの距離は遠いね。剣を持った市民が最前列にいるのも怪しまれるからその対策もしないといけない」


「剣は収納箱を使おう。市民全員に見られる訳ではないから、上手く隠し持っていたって思ってもらえば良い。僕はもともと薬草拾いだから、無害に見えるだろう。だから2列目くらいで目立たないようにしているよ」


「私は何をすれば良いかな」


「リンの護衛を頼みたい。トワは綺麗で目立ちすぎる。傭兵たちに目を付けられないように後ろの方でリンを守っていてくれないか。ニコランドに世界樹の葉を飲み込ませることができても、その後僕は傭兵たちに囲まれる。そのときにリンの力が必要になる」


「私は後方の中ほどにいるよ。隠れていると逆に目立つから。カスミは騒ぎを引き起こしてほしい。傭兵や私兵たちの警戒が少しでも別の方に向いていると、ハルトが突っ込みやすい。


レジスタンスと連絡がつけば、一斉に石を投げるようにお願いして欲しい。連絡がつかなくてもカスミなら場所を変えながら石を投げることはできるでしょう」


「「分かったわ」」


「カスミの父親はニコランドと僕が組み合っているタイミングでカスミが助けに向かってくれ。傭兵のほとんどは僕の方に来るから、きっとそっちは手薄になる。それで無理だったら僕かリンの助けを待って」


おおよその作戦を決める。細かいところは決められない。場所も見ていないし、当日の騒ぎがどうなるかも分からない。あとは気持ちだ。覚悟を決める。


一番危険なのは僕だ。いつものように怖さを感じる。だけど成功の鍵を握っているのも僕だ。責任の重さに逃げ出しそうになる。だけどトワがリンがそしてカスミが僕を信頼してくれている。そのことに僕は嬉しさも感じていた。

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